記入者:神崎 啓太
備考:研究室内部資料
古屋さんの考察メモ(FU-MEMO-02)を拝読しました。
全体として、資料を丁寧に読み込もうとする姿勢は評価できますし、
民俗学的枠組みを参照しようとする意識も見られます。
ただし、現段階ではいくつか重要な点で飛躍が見られるため、
研究ノートとしては整理が必要だと感じました。
以下、項目ごとにコメントします。
1. 「一致点が多すぎる」という判断について
まず、七件の夢記録における
「霧」「川」「水音」「覗き込む」といった要素の一致についてですが、
それを「多すぎる」と評価する根拠が、
現時点では感覚的な印象に留まっています。
一致している/いない、という判断は、
必ずしも直感だけで行うべきではありません。
たとえば、
同時期に提出された他の夢記録(未掲載分)との比較
同年代・同地域における夢記述の一般的傾向
「水」に関する夢が全体の中で占める割合
など、比較対象を設定した上での分析が必要です。
七件すべてに共通点がある、という事実自体は確かですが、
それが「異常」なのか「よくある偏り」なのかは、
現段階では判断できません。
2. 日本の夢文化における「川」の位置づけについて
古屋さんが指摘しているように、
日本の民俗において川が
「境界」「異界との接点」として語られてきたことは事実です。
黄泉比良坂や三途の川といった例を挙げた点も、
方向性としては妥当です。
しかし、ここで注意すべきなのは、
それらが主に語りや儀礼、死生観の文脈で現れるものであり、
夢の記録そのものと直結させるには慎重さが必要だという点です。
夢に現れる「川」と、
説話や宗教的世界観における「川」とを、
やや安易に連続させている印象があります。
民俗学では、
象徴が似ているからといって、
すぐに同一の意味を与えることは避けます。
むしろ、
夢の中で川がどう語られているか
それが日常語の延長なのか、伝承的語彙なのか
語り手が意識的に「意味づけ」しているか
といった点を、
語りのレベルで分析する必要があります。
3. 夢占い・象徴解釈への接近について
考察メモ中盤では、
水=生命力、無意識、感情
といった一般的な夢占い的解釈にも触れています。
ただし、
本研究が民俗学的立場を取る以上、
心理学的・象徴解釈的な説明を前面に出すことは、
研究の軸を曖昧にする危険があります。
夢占い的言説そのものを
「現代における夢の語られ方」として分析対象にするのであれば問題ありませんが、
それを研究者側の解釈として用いる場合は、
慎重な位置づけが必要です。
現段階では、
「水は無意識を表す」という説明が、
やや便利に使われている印象を受けました。
4. 「音」に関する指摘について
水が視覚よりも聴覚として語られている点に注目したことは、
今回のメモの中で最も興味深い部分です。
霧によって視界が遮られ、
音だけが残る、という状況は、
確かに民俗的想像力と親和性があります。
ただし、ここでも
「異界接近のサイン」といった表現は、
やや結論を急ぎすぎています。
まずは、
夢記述において「音」がどの程度具体的に書かれているか
音の表現が比喩なのか、感覚描写なのか
他の夢記録でも音が強調される傾向があるのか
といった、
テキストそのものの分析を優先してください。
解釈は、その後でも遅くありません。
5. 「同じ川」であるという前提について
七名が見ている夢が
「同じ川」である、という前提は、
現段階では仮説に留めるべきです。
現実には、
地名が一致していない
川の規模や形状も曖昧
観光地的要素の有無にも差がある
といった違いがあります。
それらをひとまとめにして
「同じ川」と呼ぶことは、
分析の精度を下げる恐れがあります。
むしろ、
どこが一致し
どこが一致していないのか
を丁寧に列挙することで、
「一致しているように見える理由」そのものが
研究対象になる可能性があります。
6. 「場所に紐づいた何か」という表現について
メモ後半で述べられている
「場所に紐づいた何か」という表現についてですが、
これは非常に慎重に扱う必要があります。
学術的文章において、
「何か」という言葉は、
説明を保留するための便利な逃げ道にもなり得ます。
仮にこの表現を使うのであれば、
それは記憶なのか
語りの型なのか
土地の歴史なのか
メディアを通じた影響なのか
といった、
少なくとも複数の可能性を並列で提示する必要があります。
現段階では、
やや怪異的な方向へ読者を誘導する言い回しになっており、
研究ノートとしては抑制が足りません。
7. 暫定結論について
「私はまだ、これを怪異だとは考えていない」
という一文は、
研究者としての自制を示そうとした意図は理解できます。
しかし、直前までの記述で、
かなり踏み込んだ示唆を行っているため、
やや自己矛盾的にも読めます。
結論部分では、
何が分かっていて
何が分かっていないのか
を、もう少し整理して書く必要があります。
総評
全体として、
古屋さんの考察は素材としては面白いですが、
現時点では仮説が先行しすぎています。
民俗学的研究として成立させるためには、
印象や違和感を
データと比較によって裏付ける
という工程を、
丁寧に積み重ねる必要があります。
夢という対象は、
研究者自身をも巻き込みやすい。
その点は、以前にも指摘しました。
次回は、
解釈を一段階抑え、
資料の整理と分類に重点を置いたメモを提出してください。
以上。



