HxMx ESCAPE 小説版

 ビル街の一角にある小洒落てはいるが、小さな二階建てのアパート。トバはその階段を上がっていく。手前から三番目の二〇三号室。そこの表札には『相馬』と書いてある。

「アイバ?」
「あ、うん……カツイくんの名字だよ。一応カツイくんが今は家出人のリーダーだからね」

 玄関を入ってすく、左に流し台とコンロ、右に脱衣所があった。奥には二つの部屋があって、右側の部屋には二段ベッドと一つのベッドがあった。左側の部屋は暗くてよく分からなかった。
 トバにすすめられとりあえず中央のテーブルの椅子に座ったゲッカは、そのままカツイを待つ。向かい側の椅子にトバが座り、二人は無言のままカツイを持っていた。

「おい、帰ったぞ」

 カツイの声がしたのは夕方五時過ぎだった。ハッとしたゲッカが顔を上げると、そこには小さな子供を抱かかえたカツイがいた。

「お帰りカツイくん」
「お帰りなさい」

 トバは立ち上がると、カツイの手からその子どもがをうけとり、優しく背中を叩く。少なくとも幼稚園生よりはもっと小さい。
「ミナリくん、大丈夫だった?」

 しかしカツイはそのトバの言葉を聞いていなかったらしい。ただ一つ目に入ったのは、ちゃっかりと居座っていたゲッカだった。

「おい、トバ、何であいつ……」
「あの人がいいって言ったんたよ。ゲッカくんを『家出人』に入れていいって」
「あいつが!?」

 急にキッとなってカツイに見られたゲッカはおずおずと口を開く。

「あの……やっぱりご迷惑ですか?」
「いや、そうじゃねぇけどよ……」

 なぜカツイはきょとんとしてゲッカを見る。どうやらカツイが怒ったのはゲッカに対してではなく、『あの人』らしい。しかしゲッカはその『あの人』という人が誰なのか全く分からなかった。

「で?」
「はい?」
「お前が『家出人』に入りたかった理由って?」

 ゲッカの体がぴくんと固まる。

「あの、実は……」

 ゲッカはカツイ、トバ、ミナリを順に見る。

 「ある女の子を家出させて欲しいんです」

 相馬宅に何とも言い表せないような空気が漂う。きょとんとした顔でゲッカを見るカツイとトバの二人と、訳も分からずはしゃいでいるミナリ。それからたっぷり十秒、ようやくカツイが動き出す。

「おい、ゲッカ……」
「は、はいっ!」

 ゲッカは背筋を伸ばす。カツイが怒っているかのように見えたからだ。

「その女の子って……」

 ごくんと唾を飲み込む音が響く。トパも、何かを言いたそうに口を開くが、言葉が出てこない。

「もしかしてお前のかのj」
「彼女じゃありませんよ」

 即答。ニッコリと微笑むゲッカに、トバも拍子抜けしてしまう。
 ほっと一息ついたトバは、ミナリを左の部屋のベビーベッドに寝かせようと席を立つ。ミナリを目で追いながらゲッカも口を開く。

「ところで先輩」
「あ?」
「さっきから気になってたんですとその赤ちゃん……」

 トバはぎくりとする。同様にカツイもぎくりとして、思わずその場に立ち上がる。

「もしかして……」

 ミナリを抱いたまま、トバは動けなかった。ゲッカの大きな瞳で見つめられ、カツイも唾を飲み込む。

「先輩の子どm」
「オレのガキじゃねーからな」

 またしても即答。最早緊張するのが馬鹿らしく思えてきたトバは半分呆れ顔で、ミナリをベビーサークルの中に入れる。

「そ、それでゲッカくん。その家出させたい女の子って?」

 トバに言われて、ゲッカはカバンの中から一枚の写真を出すと、カツイに向けて置いた。

「?」

 二人は同時に写真を覗き込む。そこに写っているのは、黒髪のゲッカと同い年位の少女だった。

「呉林花乃。ぼくの大切な人です」

 そう言って、ゲッカは微笑む。