王子様は食欲旺盛!


 巨大特大お好み焼きは、やはり作るのに時間がかかるらしい。

 その前にと、俺はトイレに行くフリをして北大路(きたおおじ)を連れ出した。


「北大路、何であんなこと言い出したんだよ? お前が大食いだってわかっても、あいつらは引いたりしないと思うけどさ……北大路はそれでいいのか?」


 男子トイレには誰もいなかったけれど、一応は北大路の秘密に関わることなので、俺は水で手を洗う音に紛れさせながら、ひそひそ小さな声で尋ねた。


「だって、(みなみ)くんが困ってるみたいだったから……」


 北大路も俺に倣って手を洗いながら、ぼそぼそと答える。


「でもあの雰囲気じゃ、断るに断れなかっただろうし……俺が助けになれれば、と思って」


 自動で水が止まる。俺はもう一度センサーに手を翳して、水を出した。


「で、でも俺のせいで、北大路に嫌な思いさせるのは」
「南くんのせい、じゃないよ。南くんのため、だよ。そこ、間違えないでね?」


 北大路は横から俺の顔を覗き込み、いたずらっぽく笑って言った。


「嫌な思いなんてしないよ。南くんと一緒にご飯を食べるんだから、楽しいに決まってる。南くんと一緒にいて、楽しくなかったことなんてないよ。南くんと一緒なら、何だって楽しいんだから」

「あう……あ、そ、そう? それなら、いい、けど」


 ここでまた、水が止まる。ギリギリで、俺の声が上擦っていたのは、北大路にバレなかった……と思う。バレてたら気まずすぎて死ねるわ。


 だけどさー! これは北大路が悪いよな!?

 そうやって特別扱いっぽく言うの、やめーや!

 いやもうマジで、俺が女だったら本気で恋してるぞ!? しかも盛大に勘違いして、自分のこと好きなのかも……とまで思うぞ!?


「あれ? 南くん、ハンカチ持ってないの? じゃ、手出して」


 濡れた手で顔をぺちぺち叩いて、赤くなった頬を誤魔化そうとしていた俺に、北大路が言う。促されるがまま、俺は素直に両手を揃えて差し出した。


「南くんって、手まで可愛いね。ぷにぷにしてて柔らかくて気持ち良い。ずっと触っていたくなるな」


 嬉しそうに笑いながら、北大路は持参していたハンカチで俺の手を綺麗に拭いてくれた。何、この至れり尽くせり状況。

 しかもあれこれ褒めながら、あちこち触れながら、時折上目遣いで見つめるのも忘れないって……超絶イケメンにこんなことされたら、女だけじゃなくて男でもグラッとするんじゃねーか? こいつ、どこまで無自覚たらしなの? やっぱり無限? イケメン魅了パワーは無限大なの?

 …………本当にこういうところだぞ、北大路トワ!



「うっわ……」


 巨大特大お好み焼きとやらを前に、俺の喉から出た感想はその一言だった。

 まず土台がデカイ。通常サイズ四個分ほどの大きさのお好み焼きが五段。そして何故か一番上には、大量の焼きそばが乗っている。

 これが二つ、ででんと隣り合って並んでいるんだ。大食漢の俺だって圧倒されるよ……。

 しかし北大路は、怒涛のデカお好み焼きを見ても顔色一つ変えず、むしろ嬉しそうですらあった。


「トッピングは自由? ソースとマヨネーズとかつお節と青のりと……あ、調味料もあればほしいです。それと取皿も。ね、南くん、記念に写真撮ろ。ほら、笑って」


 お願いしたトッピングや調味料や皿を受け取り、スマホのカメラで引き攣り笑いの俺と撮影して『母さんにも送るんだー』と言って笑う奴の姿に、俺ははっとさせられた。

 そ、そうだぞ、俺! 食事は楽しむものだって、北大路に教えたのは自分じゃないか。こんなにたくさん食べられることを、幸せに思おう!


「それじゃ今から三十分ね! 用意、スタート!」


 リコさんが開始を告げ、目の前に置かれたタイマーを押した。


「頑張れ、南!」
「北大路、無理すんなよ!」
「ヤバくなったらデブに任せろ! デブは全て包み込んでくれる! 南というデブは、そういうデブだ!」


 坂井(さかい)上尾(かみお)高野(たかの)がそれぞれ声援を送ってくる。坂井と上尾はいいとして、高野はまじで後でしばく!

 学生が作るものなんだから、お店の味と比べるのは失礼だ。わかってはいたものの、てっぺんに乗っていた焼きそばを一口食べるや、俺のやる気は軽く萎えた。不味くはない。でも大量に食べるとなると、やっぱキツイなぁぁぁ……。


「はい、南くん」


 サラダ油の味しかしない焼きそばをもそもそ噛み締めていたら、隣から北大路が焼きそばの乗った皿を手渡してきた。


「味付けし直してみた。食べてみて」


 半信半疑で箸を付けてみたらば……美味い!

 何だこれ、ソースの味が生き生きとしてスパイシーかつ香ばシー! 油っぽいだけだった焼きそばが、ジューシー極上焼きそばに大変身なされたぞ!?


「すっげー、北大路! これなら無限に食える気がする!」

「南くん、俺の味付け好きだって言ってくれたからね。お好み焼きもいろいろ味変してみる」


 お好み焼きも味は今ひとつといった感じだったけれど、北大路マジックで次々と食べられた。もちろん、北大路もしっかり食べ進めている。俺よりもペースが早いくらいなんだけど、食べ方が上品で綺麗だから汚く見えない。

 毎度ながら、見慣れた今でも感心する……って見とれてないで、俺も食べねば!

 残り時間はもう僅か。

 お腹はいっぱいだったけれど、北大路の余裕の顔を見てたら負けられないって気持ちに燃えたし――それ以上に、北大路が俺のために味付けしてくれたのが嬉しかったし、北大路と一緒に同じことに挑戦しているって状況が楽しかったし、おかげで普段以上に頑張れたと思う。


 でもさぁ……。


「はい、最後の一口は南くんに」


 箸でつまんだ一欠片のお好み焼きを、俺に向けてくるってどうなの?

 これって、あーんってやつだよな? イケメン王子様相手に、衆人環視の中であーんしろと? いやいや、いくら何でもそれはちょっと……。


「南、もう時間がない!」
「急げ、あと三十秒切った!」
「ここで負けたらただのデブだぞ!」


 囃し立てる悪友達の声に急かされ、俺は北大路に向かって口を開いた。北大路が微笑み、箸で俺の舌にお好み焼きを乗せる。

 初めてのあーんを皆の前で披露する恥ずかしさと共にそれを噛み締めて飲み下したところで、ちょうどタイムアップとなった。


「初の成功だよ! おめでとう!」


 リコさんの明るい声に、俺と北大路は顔を見合わせて笑い、力強くハイタッチした。


「やったな、お前ら! この学校に歴史を刻んだぞ!」

「北大路、まじすげえじゃん! ただのイケメンじゃなかった!」

「南、よくやった! お前もただのデブじゃねえ、走って食えるスーパーデブだ!」


 坂井と上尾には笑顔でハイタッチに応えたけれど、高野にだけは頭突きを食らわせておいた。

 褒めるならまともに褒めろや、アホ!

 それと、あーんのシーンを勝手に撮影したことも許さないからな……わざわざラインで送ってきやがって!!