翌朝、乃愛と待ち合わせて登校した。
校門の前には昨日と変わらず桜が咲いていて、でも同じ景色なのに、胸の中はまるで違った。
「おはよ、ひなの」
「おはよう」
二人で並んで歩く。それだけなのに、昨日までの心細さが少し薄れる。
教室に入ると、すぐに気配を感じた。視線を向けなくてもわかる。窓際の後ろから二番目。神谷朔は、今日もそこにいた。
「……見てるよ」
乃愛が小声で言う。
「え?」
「神谷くん。ずっとひなのの方」
慌てて視線を逸らす。でも、胸がざわついた。
見られているなら、どうして話しかけないの。
授業中、何度も視線を感じた。顔を上げるたび、目が合いそうになって、でもいつも直前で逸らされる。
まるで、見たいのに見てはいけないものを見るみたいに。
昼休み、乃愛が机に頬杖をついた。
「ねえ、今日の放課後さ」
嫌な予感がした。
「私、ちょっと用事あるから先帰るんだけど」
もっと嫌な予感。
「ひなの、神谷くんと話してきなよ」
「無理!」
即答だった。
「だってさ」
乃愛は私の目を真っ直ぐ見る。
「このまま何も聞かないでいたら、ずっと苦しいままだよ」
正論だった。
放課後、教室の人数が少しずつ減っていく。朔はまだ席に座って、スマホを見ていた。
帰り支度を終えた乃愛が、私の肩を軽く叩く。
「大丈夫。廊下で待ってるから」
そう言って、教室を出ていった。
逃げ道は、なくなった。
深呼吸して、彼の席に近づく。
「……神谷くん」
名前で呼ぶと、彼の指が一瞬止まった。
「昨日のこと、ちゃんと話したい」
沈黙。
立ち上がる気配がして、彼は無言で教室を出る。
「……来いよ」
短く、それだけ。
校舎裏の桜の木の下。人の少ない場所だった。
「どうして、あんなこと言ったの」
声が震える。
「忘れてるなら、忘れてるでいい。でも——」
「忘れてない」
遮るように、朔が言った。
心臓が跳ねた。
「じゃあ、なんで」
彼は拳を強く握る。
「関わらないほうがいい」
また、その言葉。
「理由も言わずに?」
私は一歩、近づいた。
「私、幼なじみだったよね。毎日一緒にいて、約束したよね」
桜の花びらが、二人の間に落ちる。
「……ひなの」
名前を呼ばれて、息が止まった。
「覚えてるじゃん」
笑おうとした。でも、涙が先に出た。
朔は、苦しそうに目を伏せる。
「覚えてるからだよ」
低い声。
「覚えてるから、突き放した」
「それ、優しさだと思ってる?」
沈黙が答えだった。
遠くで、誰かの笑い声が聞こえる。
普通の放課後。普通の春。
でも、私たちは普通じゃなかった。
「私は」
涙を拭って、顔を上げる。
「知らない人になるより、嫌われるほうがマシ」
朔は何も言えなかった。その背中を見て、確信する。
この人は、私を守ろうとして、自分を壊している。
「逃げないから」
そう言って、私は踵を返した。
「勝手に遠ざけないで」
桜の下で、初恋は終わらなかった。
むしろ、ここから本当の物語が始まるんだと、春の風が教えていた。
校門の前には昨日と変わらず桜が咲いていて、でも同じ景色なのに、胸の中はまるで違った。
「おはよ、ひなの」
「おはよう」
二人で並んで歩く。それだけなのに、昨日までの心細さが少し薄れる。
教室に入ると、すぐに気配を感じた。視線を向けなくてもわかる。窓際の後ろから二番目。神谷朔は、今日もそこにいた。
「……見てるよ」
乃愛が小声で言う。
「え?」
「神谷くん。ずっとひなのの方」
慌てて視線を逸らす。でも、胸がざわついた。
見られているなら、どうして話しかけないの。
授業中、何度も視線を感じた。顔を上げるたび、目が合いそうになって、でもいつも直前で逸らされる。
まるで、見たいのに見てはいけないものを見るみたいに。
昼休み、乃愛が机に頬杖をついた。
「ねえ、今日の放課後さ」
嫌な予感がした。
「私、ちょっと用事あるから先帰るんだけど」
もっと嫌な予感。
「ひなの、神谷くんと話してきなよ」
「無理!」
即答だった。
「だってさ」
乃愛は私の目を真っ直ぐ見る。
「このまま何も聞かないでいたら、ずっと苦しいままだよ」
正論だった。
放課後、教室の人数が少しずつ減っていく。朔はまだ席に座って、スマホを見ていた。
帰り支度を終えた乃愛が、私の肩を軽く叩く。
「大丈夫。廊下で待ってるから」
そう言って、教室を出ていった。
逃げ道は、なくなった。
深呼吸して、彼の席に近づく。
「……神谷くん」
名前で呼ぶと、彼の指が一瞬止まった。
「昨日のこと、ちゃんと話したい」
沈黙。
立ち上がる気配がして、彼は無言で教室を出る。
「……来いよ」
短く、それだけ。
校舎裏の桜の木の下。人の少ない場所だった。
「どうして、あんなこと言ったの」
声が震える。
「忘れてるなら、忘れてるでいい。でも——」
「忘れてない」
遮るように、朔が言った。
心臓が跳ねた。
「じゃあ、なんで」
彼は拳を強く握る。
「関わらないほうがいい」
また、その言葉。
「理由も言わずに?」
私は一歩、近づいた。
「私、幼なじみだったよね。毎日一緒にいて、約束したよね」
桜の花びらが、二人の間に落ちる。
「……ひなの」
名前を呼ばれて、息が止まった。
「覚えてるじゃん」
笑おうとした。でも、涙が先に出た。
朔は、苦しそうに目を伏せる。
「覚えてるからだよ」
低い声。
「覚えてるから、突き放した」
「それ、優しさだと思ってる?」
沈黙が答えだった。
遠くで、誰かの笑い声が聞こえる。
普通の放課後。普通の春。
でも、私たちは普通じゃなかった。
「私は」
涙を拭って、顔を上げる。
「知らない人になるより、嫌われるほうがマシ」
朔は何も言えなかった。その背中を見て、確信する。
この人は、私を守ろうとして、自分を壊している。
「逃げないから」
そう言って、私は踵を返した。
「勝手に遠ざけないで」
桜の下で、初恋は終わらなかった。
むしろ、ここから本当の物語が始まるんだと、春の風が教えていた。



