マンモ

黒幕。
白字で、

四月二十五日 現地調査(トモノリ)

映像は昼間の山道から始まる。
夜とは違い、木々の緑がはっきり見える。だが、光があることで逆に“何かが隠れている”気配が強い。

トモノリの息遣いが荒い。

「……来た」

カメラを自分に向ける。
顔色は悪い。だが決意は消えていない。

「夜に来るのはさすがにやばいと思って、昼にした」

苦笑する。

「でも、昼でも嫌な感じするわ」

廃墟の前に立つ。
夜に見たときより、建物の傷みがはっきり分かる。
壁は剥がれ、柱は傾き、屋根の一部は落ちている。

「……ここが、武蔵の言ってた場所」

カメラがゆっくりとパンする。

そのとき、映像の奥に、黒い影が横切る。

トモノリは気づかない。

――

画面が切り替わる。

畳の間。
地元民への聞き取り。

カメラは低い位置に固定され、話者の顔は映らない。
声は年配の女性。

「んだなあ……マモってのは、昔から言われてるもんだべ」

方言混じりの声。

「暗ぇとこさ、いるって。わりぃことすっと、マモ来るぞって、ばあやに言われだもんだ」

トモノリの声。

「マモって、幽霊ですか?」

「幽霊だがどうがは分がらねぇ。形は見えねぇ。だけんど、入るんだと」

「入る?」

「人さ、入る。憑くんでねぇ。入るんだ」

沈黙。

「入ったら、どうなるんですか」

「……憑代になる」

その言葉に、空気が重くなる。

「憑代が足りねぇと、家系さ回る。順番だべ」

トモノリが息を呑む。

「順番?」

「昔、あの山の下に小さい集落あった。戦後、火事で焼けでな。三人、行方不明だべ。新聞にも載った」

映像が切り替わる。

古い新聞記事の写真。
白黒。紙は黄ばんでいる。

見出し:

山間部集落火災 三名行方不明

本文の一部がアップになる。

“不可解な失踪。遺体は発見されず――”

トモノリの声が被る。

「……三人」

夢乃、哲平、武蔵。
そして自分。

映像が戻る。

地元民の声。

「火事の後、その家系は絶えた。だけんどな、絶えたわけでねぇ。マモは、家さ付ぐもんだ」

「武蔵って人、知ってますか」

一瞬の沈黙。

畳を擦る音。

「……ああ」

声が低くなる。

「黒い服ばっか着てる子だべ」

トモノリの呼吸が止まる。

「知ってるんですか」

「祖母が、よぐ山さ来てた。あの家の人間だべ」

映像が揺れる。

トモノリの手が震えている。

「その家って……」

「憑代を出す家だ」

裏手拍子。

遠くで、コツ、と鳴る。

地元民の声が続く。

「マモは、呼んだら来る。呼ばねば来ねぇ。だけんど、形描いて、天って書いて、火さ消したら……」

声が途切れる。

カメラがブレる。

地元民の声が、急に小さくなる。

「……それは、やっちゃなんねぇ」

ノイズ。

映像が一瞬暗くなる。

――

再び、廃墟前。

トモノリがカメラを持ち直す。

「武蔵の家系……憑代を出す家」

唇を噛む。

「だから、あいつ……」

廃墟の中へ入る。

昼間なのに、室内は暗い。

座敷へ向かう。

神棚はそのままだ。

だが、偶像がない。

空っぽ。

「……ない?」

トモノリが近づく。

神棚の中央に、赤い線が刻まれている。

逆さ鳥居。

中央に、「天」。

黒い点。

トモノリが後ずさる。

裏手拍子。

コツ、コツ。

天井から。

振り向く。

二階へ続く階段。

そこから、低い声が聞こえる。

「オンハラレイキャ……」

武蔵。

トモノリの呼吸が荒くなる。

カメラを構え、ゆっくり階段を上る。

足音を立てないように。

二階の入り口から覗く。

武蔵が、祭壇の前に座っている。

黒い服。

両手を床につけ、土下座の姿勢。

口から、聞き慣れない真言が流れる。

「……ズイキエンメイソワカ……」

祭壇の中央に、偶像。

夢乃の顔に似ている。

トモノリが息を呑む。

武蔵の声が止まる。

ゆっくりと振り向く。

目が、黒い。

「来たか」

低い声。

武蔵の声ではない。

トモノリが後退する。

「武蔵、お前何やってんだよ!」

武蔵が立ち上がる。

動きがぎこちない。

「憑代は足りない」

裏手拍子。

コツ、コツ。

二階の壁に、赤い線が広がる。

逆さ鳥居。

「天」

黒い点。

トモノリが階段を駆け下りる。

足音が追う。

「やばいやばいやばい……」

カメラが揺れる。

廃墟を飛び出す。

昼間の光。

だが、光が赤い。

裏手拍子が速くなる。

コツコツコツ。

背後で武蔵の声。

「順番だ」

トモノリが振り向く。

武蔵は立っていない。

代わりに、神棚の偶像が、廃墟の入り口に立っている。

夢乃の顔。

笑っている。

「ハイレタ」

画面が歪む。

砂嵐。

――

私は再生を止めた。

マモ。

入る存在。

憑代が必要。

武蔵の家系。

順番。

夢乃。

哲平。

トモノリ。

三人。

足りない。

武蔵は黒幕なのか。

それとも、次の順番を待つ家系の子か。

私は、自分の部屋を見回す。

壁は白い。

だが、視界の端に赤い線が揺れる。

逆さ鳥居。

「天」

黒い点。

私は目を閉じる。

開く。

消える。

気のせいだ。

だが、耳元で、はっきりと裏手拍子が鳴る。

コツ。

私は、ようやく理解し始めている。

マモは、呼ばなければ来ない。

だが、呼ぶのは言葉だけではない。

見ること。

記録すること。

再生すること。

私は、もう何章も再生している。

順番は、どこまで進んだのだろう。

次のファイル名は、

「0425_night」

同じ日、夜。

トモノリの最終映像。

私は、再生を押す。

コツ。

すぐ近くで、音がした。