黒幕。
白字で、
四月二十二日 午後九時十四分
映像は、室内のデスク前から始まる。
トモノリがカメラを自分に向けている。
背後は本棚と白い壁。生活感はあるが、整っている。
彼の顔はやつれている。目の下に影がある。
「……えっと」
深呼吸。
「夢乃ちゃんは、あの日、森でいなくなった。哲平とも、武蔵とも、連絡が取れない」
言葉を選びながら、話している。
「哲平は、あのあと何回かLINE既読ついたんだけど、返信はない。電話も出ない。武蔵も……」
一瞬、言葉が止まる。
「武蔵は、最初は普通だった。『大丈夫だろ』『警察に言うなよ、騒ぎになる』って」
トモノリが視線を落とす。
「でも、二日前から、既読もつかない」
机の上にスマホを置き、画面を見せる。
グループLINE。既読は三日前で止まっている。
「正直、俺も信じてなかった。ドッキリだと思ってた。武蔵が仕込んでるって」
苦笑する。
「でも……あれは、仕込みじゃない」
沈黙。
トモノリはカメラに近づく。
「俺、映像全部見返した。あの日の、森のやつ」
手がわずかに震えている。
「夢乃ちゃん、窓にいたあと……橋に移動してる。カットなしで。あり得ない」
画面が切り替わる。
彼が再生している映像の一部がインサートされる。
夢乃の後ろ姿。
橋の向こう側。
フレームは揺れているが、編集の跡はない。
トモノリの声が被る。
「俺、編集やってるから分かる。あれ、合成じゃない」
映像が戻る。
「それに……」
言葉が詰まる。
「哲平の最後の映像。あれ、俺に送られてきたんだよ」
画面に、哲平から送信された動画の履歴が映る。
時刻は、四月十八日午前三時。
「送信時間、あいつが電話してた時間と同じ」
トモノリが唇を噛む。
「俺、出なかった」
その言葉に、重さがある。
「寝てた。気づかなかった」
視線がカメラから外れる。
「……出てたら、何か変わったのかな」
沈黙。
背後の壁に、わずかに赤い線が浮かぶ。
逆さ鳥居の片側。
トモノリは気づかない。
「で、俺、武蔵の地元調べた」
ノートを取り出す。
「廃墟の場所、地図にない。昔の集落跡って言ってたけど、町史にも載ってない」
ページをめくる。
「代わりに出てきたのが、“マモ”って言葉」
スマホの画面に、検索結果が映る。
「方言らしい。暗いところにいる何か。悪いことすると来るって」
苦笑する。
「ガキの脅し文句だろ、普通」
そのとき、机の上のペンが転がる。
コツ。
トモノリが振り向く。
「……今の、聞こえた?」
カメラを部屋に向ける。
何もない。
だが、壁の赤い線が、少し伸びている。
「気のせいか」
自分に言い聞かせるように言う。
「俺、明日、もう一回あの場所行く」
視線がカメラに戻る。
「一人で」
息を吸う。
「怖いけど。行かないと、終わらない」
言葉に、決意がある。
「武蔵が何か知ってるのは間違いない。でも、あいつも……」
言いかけて、止まる。
「……あいつも、様子おかしい」
回想のインサート。
四月十九日のLINE。
トモノリ「武蔵、あれ何だったんだよ」
武蔵「マンモ様はシンレイ遊びじゃない」
トモノリ「は?」
武蔵「憑代が必要なんだ」
既読がついたまま、返信はない。
映像が戻る。
トモノリの顔が青ざめる。
「憑代って、なんだよ」
背後で、裏手拍子。
コツ、コツ。
今度ははっきりと。
トモノリが立ち上がる。
「……誰かいる?」
部屋を見回す。
何もない。
だが、カメラのフレームの端に、黒い影が映る。
逆さ鳥居の形。
トモノリは気づかない。
「……多分、気のせい」
再び座る。
「とにかく、明日、現地行く。廃墟と、その周り」
ノートを閉じる。
「マモが何なのか、調べる」
カメラに近づく。
「もし俺が帰ってこなかったら……」
言葉が詰まる。
「この映像、誰か見つけてくれ」
その瞬間、スマホが震える。
非通知。
トモノリが凍る。
画面を見つめる。
震え続ける。
出ない。
数秒後、止まる。
トモノリが息を吐く。
「……出ねえよ」
笑おうとするが、引きつる。
「もう、入らせない」
その言葉と同時に、背後の壁の赤い線が完成する。
逆さ鳥居。
中央に、「天」。
黒い点が、中央に浮かぶ。
カメラが自動的にズームする。
トモノリはまだ話している。
「武蔵、あいつ黒幕かもしれない。でも……」
突然、映像が乱れる。
ノイズ。
裏手拍子。
コツ、コツ、コツ。
トモノリが振り向く。
「……やめろ」
黒い影が背後に立つ。
逆さ鳥居の形。
トモノリの肩に、見えない手が触れる。
「……触んな」
声が震える。
カメラが床に落ちる。
天井が映る。
赤い線が、天井いっぱいに広がる。
「憑代」
女の声。
夢乃。
低い男の声が重なる。
哲平。
「足りない」
トモノリが叫ぶ。
映像が激しく揺れる。
机が倒れる音。
裏手拍子が速くなる。
コツコツコツコツ。
突然、静止。
無音。
画面は暗い。
数秒後、カメラが自動で再起動する。
部屋は静かだ。
トモノリはいない。
椅子が倒れている。
机の上のノートは開いたまま。
最後のページに、赤い線が描かれている。
逆さ鳥居。
中央に、「天」。
黒い点。
私は、再生を止めた。
トモノリは、このあと廃墟へ向かう。
だが、この時点で、もう侵入されている。
侵入は、森でも廃墟でもない。
部屋。
画面。
視線。
武蔵は言った。
「マンモ様はシンレイ遊びじゃない」
憑代が必要。
夢乃。
哲平。
トモノリ。
三人。
足りない。
私は、画面の中央を見る。
赤い線が、うっすらと残像のように見える。
気のせいだ。
だが、耳元で、はっきりと音がする。
コツ。
私は、振り向かない。
次のファイル名は、
「0425_field」
現地調査。
トモノリは、まだ生きているのか。
それとも、もう。
私は、再生を押す。
コツ。
どこかで、また音が鳴った。
白字で、
四月二十二日 午後九時十四分
映像は、室内のデスク前から始まる。
トモノリがカメラを自分に向けている。
背後は本棚と白い壁。生活感はあるが、整っている。
彼の顔はやつれている。目の下に影がある。
「……えっと」
深呼吸。
「夢乃ちゃんは、あの日、森でいなくなった。哲平とも、武蔵とも、連絡が取れない」
言葉を選びながら、話している。
「哲平は、あのあと何回かLINE既読ついたんだけど、返信はない。電話も出ない。武蔵も……」
一瞬、言葉が止まる。
「武蔵は、最初は普通だった。『大丈夫だろ』『警察に言うなよ、騒ぎになる』って」
トモノリが視線を落とす。
「でも、二日前から、既読もつかない」
机の上にスマホを置き、画面を見せる。
グループLINE。既読は三日前で止まっている。
「正直、俺も信じてなかった。ドッキリだと思ってた。武蔵が仕込んでるって」
苦笑する。
「でも……あれは、仕込みじゃない」
沈黙。
トモノリはカメラに近づく。
「俺、映像全部見返した。あの日の、森のやつ」
手がわずかに震えている。
「夢乃ちゃん、窓にいたあと……橋に移動してる。カットなしで。あり得ない」
画面が切り替わる。
彼が再生している映像の一部がインサートされる。
夢乃の後ろ姿。
橋の向こう側。
フレームは揺れているが、編集の跡はない。
トモノリの声が被る。
「俺、編集やってるから分かる。あれ、合成じゃない」
映像が戻る。
「それに……」
言葉が詰まる。
「哲平の最後の映像。あれ、俺に送られてきたんだよ」
画面に、哲平から送信された動画の履歴が映る。
時刻は、四月十八日午前三時。
「送信時間、あいつが電話してた時間と同じ」
トモノリが唇を噛む。
「俺、出なかった」
その言葉に、重さがある。
「寝てた。気づかなかった」
視線がカメラから外れる。
「……出てたら、何か変わったのかな」
沈黙。
背後の壁に、わずかに赤い線が浮かぶ。
逆さ鳥居の片側。
トモノリは気づかない。
「で、俺、武蔵の地元調べた」
ノートを取り出す。
「廃墟の場所、地図にない。昔の集落跡って言ってたけど、町史にも載ってない」
ページをめくる。
「代わりに出てきたのが、“マモ”って言葉」
スマホの画面に、検索結果が映る。
「方言らしい。暗いところにいる何か。悪いことすると来るって」
苦笑する。
「ガキの脅し文句だろ、普通」
そのとき、机の上のペンが転がる。
コツ。
トモノリが振り向く。
「……今の、聞こえた?」
カメラを部屋に向ける。
何もない。
だが、壁の赤い線が、少し伸びている。
「気のせいか」
自分に言い聞かせるように言う。
「俺、明日、もう一回あの場所行く」
視線がカメラに戻る。
「一人で」
息を吸う。
「怖いけど。行かないと、終わらない」
言葉に、決意がある。
「武蔵が何か知ってるのは間違いない。でも、あいつも……」
言いかけて、止まる。
「……あいつも、様子おかしい」
回想のインサート。
四月十九日のLINE。
トモノリ「武蔵、あれ何だったんだよ」
武蔵「マンモ様はシンレイ遊びじゃない」
トモノリ「は?」
武蔵「憑代が必要なんだ」
既読がついたまま、返信はない。
映像が戻る。
トモノリの顔が青ざめる。
「憑代って、なんだよ」
背後で、裏手拍子。
コツ、コツ。
今度ははっきりと。
トモノリが立ち上がる。
「……誰かいる?」
部屋を見回す。
何もない。
だが、カメラのフレームの端に、黒い影が映る。
逆さ鳥居の形。
トモノリは気づかない。
「……多分、気のせい」
再び座る。
「とにかく、明日、現地行く。廃墟と、その周り」
ノートを閉じる。
「マモが何なのか、調べる」
カメラに近づく。
「もし俺が帰ってこなかったら……」
言葉が詰まる。
「この映像、誰か見つけてくれ」
その瞬間、スマホが震える。
非通知。
トモノリが凍る。
画面を見つめる。
震え続ける。
出ない。
数秒後、止まる。
トモノリが息を吐く。
「……出ねえよ」
笑おうとするが、引きつる。
「もう、入らせない」
その言葉と同時に、背後の壁の赤い線が完成する。
逆さ鳥居。
中央に、「天」。
黒い点が、中央に浮かぶ。
カメラが自動的にズームする。
トモノリはまだ話している。
「武蔵、あいつ黒幕かもしれない。でも……」
突然、映像が乱れる。
ノイズ。
裏手拍子。
コツ、コツ、コツ。
トモノリが振り向く。
「……やめろ」
黒い影が背後に立つ。
逆さ鳥居の形。
トモノリの肩に、見えない手が触れる。
「……触んな」
声が震える。
カメラが床に落ちる。
天井が映る。
赤い線が、天井いっぱいに広がる。
「憑代」
女の声。
夢乃。
低い男の声が重なる。
哲平。
「足りない」
トモノリが叫ぶ。
映像が激しく揺れる。
机が倒れる音。
裏手拍子が速くなる。
コツコツコツコツ。
突然、静止。
無音。
画面は暗い。
数秒後、カメラが自動で再起動する。
部屋は静かだ。
トモノリはいない。
椅子が倒れている。
机の上のノートは開いたまま。
最後のページに、赤い線が描かれている。
逆さ鳥居。
中央に、「天」。
黒い点。
私は、再生を止めた。
トモノリは、このあと廃墟へ向かう。
だが、この時点で、もう侵入されている。
侵入は、森でも廃墟でもない。
部屋。
画面。
視線。
武蔵は言った。
「マンモ様はシンレイ遊びじゃない」
憑代が必要。
夢乃。
哲平。
トモノリ。
三人。
足りない。
私は、画面の中央を見る。
赤い線が、うっすらと残像のように見える。
気のせいだ。
だが、耳元で、はっきりと音がする。
コツ。
私は、振り向かない。
次のファイル名は、
「0425_field」
現地調査。
トモノリは、まだ生きているのか。
それとも、もう。
私は、再生を押す。
コツ。
どこかで、また音が鳴った。



