黒幕に白字で、
四月十七日 深夜
と表示される。
車内の映像から始まる。
フロントガラス越しに、街灯のない道路が続く。ライトが照らす範囲だけが世界で、それ以外は完全な闇だ。
トモノリが運転している。ハンドル越しに、彼の横顔が青白く浮かぶ。
助手席に武蔵。後部座席に哲平と夢乃。
夢乃がスマホを自撮りモードにして笑う。
「未公開シーン撮るよ〜」
「やめろって、事故るぞ」
トモノリが笑う。
武蔵は前を向いたまま、静かに言う。
「もう少しで着くよ。ここから先、街灯ないから」
その声が、妙に落ち着いている。
初めての廃墟探検に向かうテンションではない。
哲平が身を乗り出す。
「武蔵、ほんとにそんなとこあんの?Googleマップにも出てこないんだけど」
「昔の集落跡だからな。地元じゃ有名だよ。幽霊屋敷って」
夢乃が笑う。
「幽霊屋敷って言い方がもう雑なんだよ」
笑い声が車内に広がる。
だが、その直後、映像に微かな歪みが入る。
車内の音が一瞬だけ消える。
無音。
そして、遠くで裏手拍子のような音が混じる。
コツ、コツ。
次の瞬間、音は戻る。
エンジン音、タイヤの擦れる音。
誰も気づいていない。
車が止まる。
エンジンを切る。
闇が押し寄せる。
ヘッドライトの光が消えた途端、画面はほぼ真っ黒になる。
数秒後、懐中電灯の光が灯る。
廃墟は、山の中腹にあった。
二階建ての木造家屋。屋根は半分崩れ、窓は割れている。
蔦が壁を覆い、玄関の扉は外れて斜めに立てかけられている。
夢乃が小声で言う。
「思ってたより、ガチじゃん……」
哲平が冗談めかす。
「帰る?」
「今さら?」
武蔵が振り向き、わずかに笑う。
「せっかく来たんだから、撮ろう。二手に分かれた方が怖くない?」
トモノリが頷く。
「俺もそれ思った。四人だとホラー感薄いし」
哲平が夢乃を見る。
「じゃあ俺と夢乃、屋内いく?」
夢乃がため息をつく。
「はあ……私先とか言うなよ」
武蔵が静かに付け加える。
「気をつけろよ。中、神棚あるらしいから」
「え?」
哲平が振り向く。
「なんで知ってんの?」
武蔵は一瞬だけ黙る。
「……昔入ったことあるから」
その間。
ほんのわずかだが、空気が止まる。
トモノリが笑って誤魔化す。
「経験者かよ。頼りになるな」
二組に分かれる。
カメラは二台。
哲平がスマホで撮影。
トモノリがビデオカメラを持つ。
映像は交互に切り替わる。
――屋内。
夢乃が玄関をくぐる。
床板が軋む。
「うわ、かび臭い……」
懐中電灯の光が廊下をなぞる。
襖は外れ、畳は黒ずんでいる。
家具は倒れ、埃が舞う。
哲平が冗談めかす。
「ほら、夢乃。幽霊出てこいよ」
「やめてって言ってんじゃん」
二人の会話は軽いが、声は小さい。
廊下の突き当たりに、座敷がある。
襖を押し開ける。
そこに、神棚がある。
小さな木製の棚。
中央に、何かの偶像。
夢乃が息を飲む。
「……これ、なに?」
哲平がズームする。
偶像は人型にも見えるが、顔の部分が削れている。
黒く焦げたような跡がある。
その背後の壁に、墨のような線が走っている。
逆さ鳥居に似た形。
哲平が小声で言う。
「……これ、マンモ様じゃね?」
その瞬間、画面が一瞬だけ歪む。
音が消える。
――屋外。
武蔵とトモノリが雑木林を進む。
「暗っ……」
トモノリがライトを動かす。
木の幹の根元に、石碑がある。
武蔵が足を止める。
「トモノリ、あれ撮って」
「なに?」
「近くで」
カメラが近づく。
石碑には、文字が刻まれている。
風化して読めない。
だが、下部に小さな刻印がある。
“天”
トモノリが息を呑む。
「……偶然だよな」
武蔵は笑わない。
「写したら呪われるかもな」
その声は、冗談に聞こえない。
カメラがさらに近づいた瞬間、
女の叫び声が響く。
高く、引き裂くような声。
トモノリが振り向く。
「今の、夢乃!?」
武蔵が廃墟の方へ走る。
――屋内。
哲平が振り返る。
「夢乃?」
返事がない。
神棚の前にいたはずの夢乃が、いない。
「……は?」
哲平の呼吸が荒くなる。
「冗談やめろって」
部屋を見回す。
畳。襖。神棚。
誰もいない。
そのとき、背後の廊下で足音がする。
コツ。
ゆっくり。
哲平が振り向く。
誰もいない。
だが、廊下の奥の壁に、赤い線が浮かぶ。
一瞬だけ。
消える。
哲平は気づかない。
外からトモノリの声が聞こえる。
「哲平!」
哲平が駆け出す。
――廃墟前。
三人が合流する。
「夢乃いなくなった!」
「叫び声したぞ!」
武蔵が冷静に言う。
「林の方かもしれない」
哲平がライトを握る。
「探すぞ!」
三人は雑木林へ向かう。
懐中電灯の光が揺れる。
枝が顔に当たる。
「夢乃ー!」
返事はない。
そのとき、廃墟の二階の窓に、白い顔が現れる。
夢乃。
微動だにしない。
哲平が震える声で言う。
「……夢乃?」
ライトが点滅する。
カチ、カチ。
一瞬、闇。
再び光が戻ると、窓には誰もいない。
三人が息を呑む。
背後で、手を打つ音がする。
コツ、コツ。
振り向く。
橋の向こう側に、夢乃が立っている。
後ろ向き。
片足を引きずっている。
哲平が叫ぶ。
「なんでそこに!?」
夢乃がゆっくりと首を後ろに倒す。
顔は見えない。
そのまま、裏手拍子を始める。
コツ、コツ。
武蔵が呟く。
「……死人の手拍子だ」
夢乃の顔が一気に上がる。
光が当たる。
目がない。
黒い空洞。
次の瞬間、走り出す。
「逃げろ!」
カメラが揺れる。
地面。枝。闇。
叫び声。
そして、
カメラが落ちる。
地面に横たわったまま、夢乃の足元が映る。
足が、不自然な角度に曲がっている。
裏手拍子が近づく。
画面が砂嵐になる。
映像はそこで途切れる。
私は再生を止めた。
四月十七日。
ここで、何かが決定的に“入った”。
侵入は終わらない。
廃墟に行ったのではない。
廃墟が、連れて帰る。
私は、無意識に背後を確認する。
部屋は静かだ。
だが、窓ガラスに、赤い線が映っている。
逆さ鳥居。
瞬きした瞬間、消えた。
次のファイル名は、
「0418_midnight」
四月十八日、深夜。
哲平の自宅。
私は、再生ボタンに指を伸ばした。
四月十七日 深夜
と表示される。
車内の映像から始まる。
フロントガラス越しに、街灯のない道路が続く。ライトが照らす範囲だけが世界で、それ以外は完全な闇だ。
トモノリが運転している。ハンドル越しに、彼の横顔が青白く浮かぶ。
助手席に武蔵。後部座席に哲平と夢乃。
夢乃がスマホを自撮りモードにして笑う。
「未公開シーン撮るよ〜」
「やめろって、事故るぞ」
トモノリが笑う。
武蔵は前を向いたまま、静かに言う。
「もう少しで着くよ。ここから先、街灯ないから」
その声が、妙に落ち着いている。
初めての廃墟探検に向かうテンションではない。
哲平が身を乗り出す。
「武蔵、ほんとにそんなとこあんの?Googleマップにも出てこないんだけど」
「昔の集落跡だからな。地元じゃ有名だよ。幽霊屋敷って」
夢乃が笑う。
「幽霊屋敷って言い方がもう雑なんだよ」
笑い声が車内に広がる。
だが、その直後、映像に微かな歪みが入る。
車内の音が一瞬だけ消える。
無音。
そして、遠くで裏手拍子のような音が混じる。
コツ、コツ。
次の瞬間、音は戻る。
エンジン音、タイヤの擦れる音。
誰も気づいていない。
車が止まる。
エンジンを切る。
闇が押し寄せる。
ヘッドライトの光が消えた途端、画面はほぼ真っ黒になる。
数秒後、懐中電灯の光が灯る。
廃墟は、山の中腹にあった。
二階建ての木造家屋。屋根は半分崩れ、窓は割れている。
蔦が壁を覆い、玄関の扉は外れて斜めに立てかけられている。
夢乃が小声で言う。
「思ってたより、ガチじゃん……」
哲平が冗談めかす。
「帰る?」
「今さら?」
武蔵が振り向き、わずかに笑う。
「せっかく来たんだから、撮ろう。二手に分かれた方が怖くない?」
トモノリが頷く。
「俺もそれ思った。四人だとホラー感薄いし」
哲平が夢乃を見る。
「じゃあ俺と夢乃、屋内いく?」
夢乃がため息をつく。
「はあ……私先とか言うなよ」
武蔵が静かに付け加える。
「気をつけろよ。中、神棚あるらしいから」
「え?」
哲平が振り向く。
「なんで知ってんの?」
武蔵は一瞬だけ黙る。
「……昔入ったことあるから」
その間。
ほんのわずかだが、空気が止まる。
トモノリが笑って誤魔化す。
「経験者かよ。頼りになるな」
二組に分かれる。
カメラは二台。
哲平がスマホで撮影。
トモノリがビデオカメラを持つ。
映像は交互に切り替わる。
――屋内。
夢乃が玄関をくぐる。
床板が軋む。
「うわ、かび臭い……」
懐中電灯の光が廊下をなぞる。
襖は外れ、畳は黒ずんでいる。
家具は倒れ、埃が舞う。
哲平が冗談めかす。
「ほら、夢乃。幽霊出てこいよ」
「やめてって言ってんじゃん」
二人の会話は軽いが、声は小さい。
廊下の突き当たりに、座敷がある。
襖を押し開ける。
そこに、神棚がある。
小さな木製の棚。
中央に、何かの偶像。
夢乃が息を飲む。
「……これ、なに?」
哲平がズームする。
偶像は人型にも見えるが、顔の部分が削れている。
黒く焦げたような跡がある。
その背後の壁に、墨のような線が走っている。
逆さ鳥居に似た形。
哲平が小声で言う。
「……これ、マンモ様じゃね?」
その瞬間、画面が一瞬だけ歪む。
音が消える。
――屋外。
武蔵とトモノリが雑木林を進む。
「暗っ……」
トモノリがライトを動かす。
木の幹の根元に、石碑がある。
武蔵が足を止める。
「トモノリ、あれ撮って」
「なに?」
「近くで」
カメラが近づく。
石碑には、文字が刻まれている。
風化して読めない。
だが、下部に小さな刻印がある。
“天”
トモノリが息を呑む。
「……偶然だよな」
武蔵は笑わない。
「写したら呪われるかもな」
その声は、冗談に聞こえない。
カメラがさらに近づいた瞬間、
女の叫び声が響く。
高く、引き裂くような声。
トモノリが振り向く。
「今の、夢乃!?」
武蔵が廃墟の方へ走る。
――屋内。
哲平が振り返る。
「夢乃?」
返事がない。
神棚の前にいたはずの夢乃が、いない。
「……は?」
哲平の呼吸が荒くなる。
「冗談やめろって」
部屋を見回す。
畳。襖。神棚。
誰もいない。
そのとき、背後の廊下で足音がする。
コツ。
ゆっくり。
哲平が振り向く。
誰もいない。
だが、廊下の奥の壁に、赤い線が浮かぶ。
一瞬だけ。
消える。
哲平は気づかない。
外からトモノリの声が聞こえる。
「哲平!」
哲平が駆け出す。
――廃墟前。
三人が合流する。
「夢乃いなくなった!」
「叫び声したぞ!」
武蔵が冷静に言う。
「林の方かもしれない」
哲平がライトを握る。
「探すぞ!」
三人は雑木林へ向かう。
懐中電灯の光が揺れる。
枝が顔に当たる。
「夢乃ー!」
返事はない。
そのとき、廃墟の二階の窓に、白い顔が現れる。
夢乃。
微動だにしない。
哲平が震える声で言う。
「……夢乃?」
ライトが点滅する。
カチ、カチ。
一瞬、闇。
再び光が戻ると、窓には誰もいない。
三人が息を呑む。
背後で、手を打つ音がする。
コツ、コツ。
振り向く。
橋の向こう側に、夢乃が立っている。
後ろ向き。
片足を引きずっている。
哲平が叫ぶ。
「なんでそこに!?」
夢乃がゆっくりと首を後ろに倒す。
顔は見えない。
そのまま、裏手拍子を始める。
コツ、コツ。
武蔵が呟く。
「……死人の手拍子だ」
夢乃の顔が一気に上がる。
光が当たる。
目がない。
黒い空洞。
次の瞬間、走り出す。
「逃げろ!」
カメラが揺れる。
地面。枝。闇。
叫び声。
そして、
カメラが落ちる。
地面に横たわったまま、夢乃の足元が映る。
足が、不自然な角度に曲がっている。
裏手拍子が近づく。
画面が砂嵐になる。
映像はそこで途切れる。
私は再生を止めた。
四月十七日。
ここで、何かが決定的に“入った”。
侵入は終わらない。
廃墟に行ったのではない。
廃墟が、連れて帰る。
私は、無意識に背後を確認する。
部屋は静かだ。
だが、窓ガラスに、赤い線が映っている。
逆さ鳥居。
瞬きした瞬間、消えた。
次のファイル名は、
「0418_midnight」
四月十八日、深夜。
哲平の自宅。
私は、再生ボタンに指を伸ばした。



