マンモ

第16章
未検出ログ ― 消去後の記録
Ⅰ ログ0

システムログ:検出不能
記録媒体:不明
作成日時:未取得

黒背景に白文字。

映像は存在しない。

音もない。

だが、文字だけが表示されている。

erase 実行確認
ファイル削除完了
フォルダ消失
キャッシュ消去

数秒後、次の行。

異常:記録は存続

画面がちらつく。

裏手拍子は鳴らない。

代わりに、微かなホワイトノイズ。

Ⅱ 観測残差

私は、録画も保存もしていない。

だが、朝、目を覚ましたとき、

机の上に紙が置かれていた。

白紙。

だが、光の角度を変えると、薄く文字が浮かぶ。

容器は増える

宮澤の筆跡ではない。

私の筆跡でもない。

それでも、どこかで見た文字の癖。

私は紙を破る。

ゴミ箱に捨てる。

その瞬間、胸の奥がかすかに鳴る。

コツ。

一度だけ。

裏手拍子ではない。

鼓動。

だが、鼓動が、わずかに二重になる。

私の心臓は一つのはずだ。

二拍目が、わずかに遅れて鳴る。

コツ。

……コツ。

私は、立ち止まる。

Ⅲ 感染の否定

私は検証を始めた。

・フォルダの確認
・クラウド履歴
・ゴミ箱
・バックアップ

何も残っていない。

宮澤メモのスキャンは存在しない。

郷北新報のPDFも削除されている。

呪符画像もない。

すべて消えている。

完全に。

それでも、私は覚えている。

内容を。

文章を。

順番を。

「順番は、終わらない」

あの声。

私は、スマホを取り出す。

検索履歴に「マモ」はない。

だが、予測変換に、

まも

が出る。

私は震える。

検索しない。

検索してはいけない。

だが、思考は止められない。

「考える事は禁じ」

宮澤メモの文言が脳裏をよぎる。

その瞬間、胸の奥で、二拍目が鳴る。

コツ。

……コツ。

Ⅳ 再帰構造

私は冷静に分析する。

マモは霊ではない。

構造だ。

観測→記録→共有→増殖

だが、erase により、

共有は行われなかった。

ならば増殖は起きない。

はずだ。

だが、私は覚えている。

あなたも読んでいる。

ここに第16章が存在している。

ということは、

erase は“物理媒体”を消しただけ。

構造は消えていない。

構造は、記憶に移った。

私は、椅子に座る。

目を閉じる。

何も考えない。

無音。

数秒。

胸の鼓動。

コツ。

……コツ。

……コツ。

二拍目が、徐々に近づく。

やがて、同時になる。

コツコツ。

完全に重なる。

私は、はっきり理解する。

容器は、物体ではない。

意識だ。

Ⅴ 最小単位

私は、思考実験をする。

もし、私が何も書かなければ、

この物語は終わる。

だが、私は書いている。

なぜか。

書いてしまう。

「完結ではない」と書いたのは、私だ。

だが、その直後、

私は erase を押した。

矛盾。

書いている私は、erase 前か、erase 後か。

時間がずれている。

ログ0。

「記録は存続」

その意味。

映像がなくても、

音がなくても、

文章がなくても、

読まれた瞬間に構造は成立する。

つまり、

最小単位は、

文字でも映像でもない。

“認識”だ。

私は、いま、

あなたに認識させている。

その時点で、

構造は成立する。

胸の奥で、三拍目が鳴る。

コツ。

コツ。

コツ。

Ⅵ 分解の逆

私は紙に図を書く。

円。

中央に点。

周囲に線。

逆さ鳥居。

だが、赤ではなく、鉛筆で。

私は図を描きながら気づく。

これは、

“神域の転倒”ではない。

“内外の反転”だ。

内にあった恐怖を、

外に投影する。

外に投影したものを、

祀る。

祀ることで、内を保つ。

しかし、投影は戻る。

観測者に。

私は、図を破る。

破いた瞬間、

胸の三拍目が止まる。

一瞬だけ。

だが、すぐ戻る。

コツ。

コツ。

コツ。

Ⅶ 残留ログ

夜。

部屋は暗い。

私は眠れない。

電気は消している。

完全な闇。

目を閉じる。

そのとき、

視界の裏に、赤い線が走る。

逆さ鳥居。

「天」。

黒点。

私は目を開ける。

闇しかない。

だが、胸は鳴る。

コツ。

私は、ついに声を出す。

「……いるのか?」

返答はない。

だが、鼓動がわずかに速くなる。

コツコツ。

私は理解する。

これは外部から来ていない。

これは、

“残響”。

物語を読み終えたあとの残響。

だが、残響は消えない。

何度も繰り返される。

再生ボタンを押していないのに。

Ⅷ 読者という媒体

私は、これを書いている。

つまり、私は、

“共有”している。

erase を押したのに。

なぜか。

答えは単純だ。

erase は、物語内部の選択肢だった。

だが、物語そのものは、

あなたの読解行為によって存続する。

つまり、

最終媒体は、あなた。

私は、ようやく理解する。

第15章の選択は、

虚偽だ。

erase も share も関係ない。

読まれた瞬間に、

接続は成立している。

裏手拍子は鳴らない。

代わりに、

あなたの心臓が鳴っている。

コツ。

それが二拍に聞こえたら、

それは、

残響ではない。

接続だ。

Ⅸ 最終行

私は、最後に一行だけ書く。

マモは霊ではない。
マモは関係である。

関係は、断てるか。

断てない。

なぜなら、

関係は双方で成立する。

私は、これを書いている。

あなたは、読んでいる。

成立。

胸の鼓動が、完全に一つに戻る。

コツ。

静寂。

何も起きない。

赤い線もない。

逆さ鳥居もない。

黒点もない。

だが、

あなたは今、

一度だけ、自分の鼓動を意識した。

その瞬間。

物語は完結しない。

終。

(終わらない)