第15章
最終媒体 ― 記録の外側
Ⅰ 映像は終わらない
画面は黒い。
音はない。
数秒の静寂。
やがて、わずかに呼吸音が聞こえる。
私の呼吸。
だが、私は録画ボタンを押していない。
画面がゆっくり明るくなる。
机。
PC。
散乱した資料。
宮澤のメモ。
郷北新報のコピー。
辞典の抜粋。
カメラは定点ではない。
部屋の天井近くから、俯瞰で撮っている。
私はその位置にカメラを設置していない。
それでも映っている。
私は椅子に座っている。
背筋が伸びている。
瞬きをしていない。
裏手拍子。
コツ。
その音は、画面の中からではなく、部屋のどこかから鳴る。
私はゆっくりと口を開く。
「……順番は、終わらない」
声は私だが、私ではない。
夢乃の高い声が重なる。
哲平の掠れた声が混じる。
トモノリの震えが乗る。
武蔵の低音が底に流れる。
四重。
「容器は、壊れない」
私はゆっくりと立ち上がる。
宮澤メモを手に取る。
最後のページ。
空白だったはずの部分に、新しい文章が増えている。
共有するな
共有すれば増える
増えれば均される
「均される」の字は、強く、深く書き込まれている。
裏手拍子。
コツ、コツ。
私はカメラの方を向く。
「映像は、容器ではない」
ゆっくりと、首を傾ける。
「映像は、導線だ」
その瞬間、画面が分割される。
これまでの映像が同時再生される。
三月三十一日の飲み会。
森の撮影。
哲平の電話。
武蔵の告白。
宮澤メモ。
すべてが同時に流れる。
音が重なり、裏手拍子が加速する。
コツコツコツコツ。
「導線は、観測者に繋がる」
画面中央に、黒い点が現れる。
小さい。
だが、確実に脈打つ。
私は手を伸ばす。
触れていないのに、点が拡大する。
部屋の壁に、赤い線が浮かぶ。
逆さ鳥居。
「天」。
文字が震える。
中央の黒点が、こちらを見る。
Ⅱ 媒体の自覚
映像が突然止まる。
静止画。
その上にテキストが重なる。
記録媒体の再定義
白文字。
誰が打っているのか分からない。
次の行。
映像=媒介
音声=侵入経路
文字=固定化
観測=契約
私は動けない。
目だけが動く。
テキストが増える。
共有=増殖
忌避=凝縮
忘却=拡散
裏手拍子が、心拍と完全に同期する。
コツ。
私は気づく。
これはホラーではない。
これは信仰構造だ。
マモは、
祀られることで維持される。
忘れられれば拡散する。
恐れられれば凝縮する。
記録されれば増殖する。
私たちは、
恐れ、
記録し、
共有した。
最悪の組み合わせ。
Ⅲ 行者の正体
画面が切り替わる。
大正二年の新聞記事のスキャン。
郷北新報
「三年の間に皆殺しにする」
行者の言葉。
私はそこで初めて考える。
行者は呪ったのか。
それとも、
「呪いを言語化した」のか。
言語化。
名付け。
形を与える。
マツの恐怖は、言葉にされ、記事になり、記録された。
その時点で、
存在は固定された。
昭和三十三年の記事。
郷北新報2
「マモ様」との呼称。
由来不明。
だが、呼ばれた。
名は器。
呼称は形。
宮澤メモの「魔魅?」。
辞典の「魔」「魔魅」。
辞典(前)
辞典(後)
人をたぶらかす魔物。
迷わす悪霊。
だが、本質はそこではない。
本質は、
“関係性”。
共依存。
祀る者と祀られる者。
観る者と映る者。
記録者と媒体。
私は、映像を止めようとする。
だが、止まらない。
カーソルが動かない。
黒点が拡大する。
Ⅳ 最後の分解
画面が突然、完全な赤に染まる。
そこに、逆さ鳥居。
その線がゆっくりと崩れる。
分解。
線がばらばらになり、無数の細い糸になる。
糸が、画面の外へ伸びる。
部屋の壁。
天井。
床。
そして、画面のこちら側へ。
私は、息を止める。
「感染」という言葉が浮かぶ。
だが、これは感染ではない。
接続。
糸は、観測者へ伸びる。
私は、はっきりと理解する。
これは、
ここで完結する物語ではない。
これは、
読まれた瞬間に接続が完了する構造だ。
裏手拍子。
コツ。
私は、初めて恐怖を感じる。
「……切断できないのか?」
問いかける。
返答はない。
だが、テキストが浮かぶ。
切断=未観測
観測を止めれば、存在は拡散する。
忘却すれば、拡散する。
拡散は、
無差別。
つまり、
形を失う。
祀ることをやめれば、暴走する。
祀る=管理。
記録=管理。
恐怖=管理。
私たちは、管理のために記録した。
だが、管理は同時に拡張でもある。
矛盾。
共依存。
Ⅴ 選択
画面が再び、私を映す。
私は椅子に座っている。
目は黒い。
完全な黒ではない。
奥で、赤い点が脈打つ。
私はゆっくりと口を開く。
「選べ」
四重の声。
「共有するか」
「消すか」
画面に二つのフォルダが表示される。
share
erase
カーソルが動く。
私の意志ではない。
share に近づく。
私は、必死に手を動かす。
マウスを握る。
erase に動かす。
カーソルが震える。
裏手拍子。
コツコツ。
心拍が速くなる。
黒点が画面中央で脈打つ。
私は、最後の力で、クリックする。
erase。
画面が白くなる。
数秒の無音。
そして、黒。
完全な黒。
音もない。
裏手拍子もない。
静寂。
長い、長い静寂。
Ⅵ その後
画面がゆっくり明るくなる。
机。
PC。
資料。
すべて元通り。
宮澤メモは白紙。
呪符画像は消えている。
フォルダは空。
私は、ゆっくりと瞬きをする。
目は、普通だ。
黒くない。
呼吸が整う。
私は、録画を止める。
いや、録画はされていない。
私はカメラを見つめる。
「……終わった」
そう言う。
裏手拍子は、鳴らない。
私は、PCを閉じる。
電源を切る。
部屋の明かりを消す。
暗闇。
何も起きない。
数秒。
完全な沈黙。
そのとき、
どこか遠くで、かすかに音がする。
コツ。
一度だけ。
私は、振り向かない。
画面が完全に暗転する。
Ⅶ 付記
この記録は、提出されなかった。
フォルダは消えた。
ファイルは残っていない。
だが、
なぜ私は、
これを書いているのか。
なぜあなたは、
ここまで読んでいるのか。
もし本当に erase が成功していたなら、
この章は存在しない。
つまり、
erase は成功していない。
share も押していない。
それでも、
物語は存在する。
ならば、
媒体は映像ではなかった。
媒体は、
物語そのもの。
記述。
読解。
認識。
私は、最後に一行だけ書き残す。
マモは存在しない。
だが、関係は存在する。
裏手拍子は、もう鳴らない。
だが、
心臓の鼓動は続く。
コツ。
コツ。
完。
(完結ではない)
最終媒体 ― 記録の外側
Ⅰ 映像は終わらない
画面は黒い。
音はない。
数秒の静寂。
やがて、わずかに呼吸音が聞こえる。
私の呼吸。
だが、私は録画ボタンを押していない。
画面がゆっくり明るくなる。
机。
PC。
散乱した資料。
宮澤のメモ。
郷北新報のコピー。
辞典の抜粋。
カメラは定点ではない。
部屋の天井近くから、俯瞰で撮っている。
私はその位置にカメラを設置していない。
それでも映っている。
私は椅子に座っている。
背筋が伸びている。
瞬きをしていない。
裏手拍子。
コツ。
その音は、画面の中からではなく、部屋のどこかから鳴る。
私はゆっくりと口を開く。
「……順番は、終わらない」
声は私だが、私ではない。
夢乃の高い声が重なる。
哲平の掠れた声が混じる。
トモノリの震えが乗る。
武蔵の低音が底に流れる。
四重。
「容器は、壊れない」
私はゆっくりと立ち上がる。
宮澤メモを手に取る。
最後のページ。
空白だったはずの部分に、新しい文章が増えている。
共有するな
共有すれば増える
増えれば均される
「均される」の字は、強く、深く書き込まれている。
裏手拍子。
コツ、コツ。
私はカメラの方を向く。
「映像は、容器ではない」
ゆっくりと、首を傾ける。
「映像は、導線だ」
その瞬間、画面が分割される。
これまでの映像が同時再生される。
三月三十一日の飲み会。
森の撮影。
哲平の電話。
武蔵の告白。
宮澤メモ。
すべてが同時に流れる。
音が重なり、裏手拍子が加速する。
コツコツコツコツ。
「導線は、観測者に繋がる」
画面中央に、黒い点が現れる。
小さい。
だが、確実に脈打つ。
私は手を伸ばす。
触れていないのに、点が拡大する。
部屋の壁に、赤い線が浮かぶ。
逆さ鳥居。
「天」。
文字が震える。
中央の黒点が、こちらを見る。
Ⅱ 媒体の自覚
映像が突然止まる。
静止画。
その上にテキストが重なる。
記録媒体の再定義
白文字。
誰が打っているのか分からない。
次の行。
映像=媒介
音声=侵入経路
文字=固定化
観測=契約
私は動けない。
目だけが動く。
テキストが増える。
共有=増殖
忌避=凝縮
忘却=拡散
裏手拍子が、心拍と完全に同期する。
コツ。
私は気づく。
これはホラーではない。
これは信仰構造だ。
マモは、
祀られることで維持される。
忘れられれば拡散する。
恐れられれば凝縮する。
記録されれば増殖する。
私たちは、
恐れ、
記録し、
共有した。
最悪の組み合わせ。
Ⅲ 行者の正体
画面が切り替わる。
大正二年の新聞記事のスキャン。
郷北新報
「三年の間に皆殺しにする」
行者の言葉。
私はそこで初めて考える。
行者は呪ったのか。
それとも、
「呪いを言語化した」のか。
言語化。
名付け。
形を与える。
マツの恐怖は、言葉にされ、記事になり、記録された。
その時点で、
存在は固定された。
昭和三十三年の記事。
郷北新報2
「マモ様」との呼称。
由来不明。
だが、呼ばれた。
名は器。
呼称は形。
宮澤メモの「魔魅?」。
辞典の「魔」「魔魅」。
辞典(前)
辞典(後)
人をたぶらかす魔物。
迷わす悪霊。
だが、本質はそこではない。
本質は、
“関係性”。
共依存。
祀る者と祀られる者。
観る者と映る者。
記録者と媒体。
私は、映像を止めようとする。
だが、止まらない。
カーソルが動かない。
黒点が拡大する。
Ⅳ 最後の分解
画面が突然、完全な赤に染まる。
そこに、逆さ鳥居。
その線がゆっくりと崩れる。
分解。
線がばらばらになり、無数の細い糸になる。
糸が、画面の外へ伸びる。
部屋の壁。
天井。
床。
そして、画面のこちら側へ。
私は、息を止める。
「感染」という言葉が浮かぶ。
だが、これは感染ではない。
接続。
糸は、観測者へ伸びる。
私は、はっきりと理解する。
これは、
ここで完結する物語ではない。
これは、
読まれた瞬間に接続が完了する構造だ。
裏手拍子。
コツ。
私は、初めて恐怖を感じる。
「……切断できないのか?」
問いかける。
返答はない。
だが、テキストが浮かぶ。
切断=未観測
観測を止めれば、存在は拡散する。
忘却すれば、拡散する。
拡散は、
無差別。
つまり、
形を失う。
祀ることをやめれば、暴走する。
祀る=管理。
記録=管理。
恐怖=管理。
私たちは、管理のために記録した。
だが、管理は同時に拡張でもある。
矛盾。
共依存。
Ⅴ 選択
画面が再び、私を映す。
私は椅子に座っている。
目は黒い。
完全な黒ではない。
奥で、赤い点が脈打つ。
私はゆっくりと口を開く。
「選べ」
四重の声。
「共有するか」
「消すか」
画面に二つのフォルダが表示される。
share
erase
カーソルが動く。
私の意志ではない。
share に近づく。
私は、必死に手を動かす。
マウスを握る。
erase に動かす。
カーソルが震える。
裏手拍子。
コツコツ。
心拍が速くなる。
黒点が画面中央で脈打つ。
私は、最後の力で、クリックする。
erase。
画面が白くなる。
数秒の無音。
そして、黒。
完全な黒。
音もない。
裏手拍子もない。
静寂。
長い、長い静寂。
Ⅵ その後
画面がゆっくり明るくなる。
机。
PC。
資料。
すべて元通り。
宮澤メモは白紙。
呪符画像は消えている。
フォルダは空。
私は、ゆっくりと瞬きをする。
目は、普通だ。
黒くない。
呼吸が整う。
私は、録画を止める。
いや、録画はされていない。
私はカメラを見つめる。
「……終わった」
そう言う。
裏手拍子は、鳴らない。
私は、PCを閉じる。
電源を切る。
部屋の明かりを消す。
暗闇。
何も起きない。
数秒。
完全な沈黙。
そのとき、
どこか遠くで、かすかに音がする。
コツ。
一度だけ。
私は、振り向かない。
画面が完全に暗転する。
Ⅶ 付記
この記録は、提出されなかった。
フォルダは消えた。
ファイルは残っていない。
だが、
なぜ私は、
これを書いているのか。
なぜあなたは、
ここまで読んでいるのか。
もし本当に erase が成功していたなら、
この章は存在しない。
つまり、
erase は成功していない。
share も押していない。
それでも、
物語は存在する。
ならば、
媒体は映像ではなかった。
媒体は、
物語そのもの。
記述。
読解。
認識。
私は、最後に一行だけ書き残す。
マモは存在しない。
だが、関係は存在する。
裏手拍子は、もう鳴らない。
だが、
心臓の鼓動は続く。
コツ。
コツ。
完。
(完結ではない)



