檻の中の恋人(アバター・ラバー)

檻の中の恋人(アバター・ラバー)

1. 創世

藤崎悠斗(29)の指先が、モニターの中で微笑む「アバター・イオ」の輪郭をなぞる。彼が愛せるのは、このノイズのない完璧な世界だけだった。 そこへ、佐伯詩織(25)が現れた。 かつて「佐伯詩織」として拒絶された彼女は、今、悠斗の理想をその身に宿し、イオとして彼の前に立っている。 「君は、僕の理想の、その先を行く存在だ」 悠斗の言葉は、詩織にとって甘い麻薬であり、同時に彼女を縛り上げる冷たい鎖の音でもあった。

2. 監視者

沈黙を破ったのは、一本のメッセージだった。 《おめでとう。見事に悠斗の愛を手に入れたね。でも、そろそろイオの”収益”について話さないか?》 送り主は篠田(35)。イオの誕生を知る唯一の第三者だ。 スマートフォンを握りしめる詩織の指先が白く震える。愛を失う恐怖と、暴かれる恐怖。彼女の「完璧な日常」に、黒い染みが広がり始めていた。

3. 劇薬

悠斗の手が、詩織の目の下のわずかな隈に触れた。検品するかのような、静かな手つき。 「詩織、少し影が見える。イオの微笑みに、そんな不純物はなかったはずだよ」 「ごめんなさい、少し疲れて……」 「安心して。僕が愛しているのは、完璧な君だ。君が崩れることは、僕の正解が失われることと同じなんだ。だから――大丈夫だと言ってくれ。僕のためにも」 悠斗の瞳には、詩織ではなく、彼女の背後にそびえ立つ偶像だけが映っている。 「……ええ。大丈夫よ。私は、あなたの理想そのものだもの」 詩織は、口角を理想の角度まで吊り上げた。内側で何かが砕ける音を、悠斗のキスが塞いだ。

4. 暴走

篠田の脅迫と、悠斗の渇望。追い詰められた詩織は、イオにさらなる「神性」を注ぎ込んだ。 不眠不休で撮影される知的な動画、三ヶ国語のライブ配信。裏側で詩織はカフェイン剤を噛み砕き、虚ろな目でモニターを見つめ続けた。 「素晴らしい! イオ、君はついに人間を超越したんだ!」 悠斗は子供のように熱狂した。目の前の詩織の指先が、病的に細り、震えていることには、一瞥もくれなかった。

5. 共犯

「もう無理よ、悠斗! 見て、これが私なの!」 篠田から「最終通告」を受けた夜、公園の街灯の下で詩織は叫んだ。完璧な仮面を剥ぎ取り、地べたに這いつくばる。 「私はイオじゃない! あなたの理想に怯えるだけの、ただの女なのよ!」 悠斗は瞬き一つせず、鏡のような瞳で彼女を見下ろした。 「知っていたよ」 その声には、驚きも怒りもなかった。彼は詩織の肩を掴み、その耳元に唇を寄せる。 「君がイオをやめたら、僕の理想は死ぬ。僕の人生は無価値になる。……君も望んでいるだろう? 惨めな佐伯詩織としてではなく、永遠に愛されるイオとして生きることを」

そこへ、闇の中から篠田が自転車を滑らせてきた。 「おやおや、修羅場かな? さあ、イオの正体を世界にバラされたくなければ……」 悠斗は詩織の手を握りしめ、無機質な目で篠田を見据えた。提示されたスマートフォンの画面には、篠田が過去に犯した横領の証拠がびっしりと並んでいる。 「僕たちは、イオを守るためなら何でもする。君も、無用なトラブルは避けたいだろう?」 篠田の顔が引き攣り、彼は無言で闇の中へ消えていった。 悠斗は詩織の頬に優しく触れた。 「これでいいんだ。私たちは、永遠にイオと共にある」 詩織の瞳から光が消え、深い諦念が宿った。彼女はゆっくりと、悠斗の首に腕を回した。 「……ええ、そうね。私たちは、イオを守らなければならないわ」

エピローグ

数年後。イオは「AIではないか」と囁かれるほど、人間離れした完璧さでSNSの女王として君臨していた。 詩織の肉体は、もはやイオを維持するための「容れ物」だ。食欲も睡眠も、感情の起伏さえも、悠斗の手によって厳密に調整される。 「君は幸せかい、詩織?」 詩織は、彼が求める通りの、ノイズ一つない笑顔を浮かべた。 「ええ、もちろんよ、悠斗。これ以上の幸せなんてありえないわ」 その声は、イオの動画と同じく、どこまでも透明で、何の感情も混ざっていなかった。 窓に映る二人の姿は、世界で最も幸福な、そして誰よりも空虚な一枚の肖像画だった。

【AI補助利用】