「あら瑠奈(るな)、おはよう。」
「おはよう。」
朝7時のアラームで目覚め、身支度をしようと1階に行くとトイレから出てきた母親と出くわした。
「今日バイト?何時から?」
「うん。9時から。」
「早いねぇ〜何時まで?」
「17時。」
「外が明るい内に行って暗い時に帰るのね。気をつけるんだよ。」
「うん。ありがと。」
適当に相槌をうち、角が立たないようにトイレに逃げた。
朝の私はあまり機嫌が良くない。だから朝に話しかけられるのはすごく辛い。家族と一緒に住んでいるのだから話しかけられるのは仕方のない事だが、こんなに素っ気なく返事をしているのだから察してくれてもいいのではないかと思ってしまう私は察してちゃんでキモイ。
「そういえば瑠奈、今日誕生日だったっけ?」
身支度を済ませ冷蔵庫から昨日作ったお弁当を取り出していると、母親が聞いてきた。自分が生んだのだからだったっけではなく覚えておいてほしい。
...無理か。私なんかより出来のいい弟の方を大事に思ってるもんね。
「そうだよ。18になりました〜」
その皮肉が表に出ないように。努めて明るくそう言った。ここで私の反応を間違えてしまえば母親の機嫌が悪くなり、最悪の誕生日になってしまう。誕生日に期待などしていないが、気持ち的に最悪な誕生日で終わるのは嫌だ。
「あら、もうそんなになるのね。全然18歳に見えないけどほんとに18歳かしら〜?12歳ぐらいじゃない?」
母親はからかいながらそう言ってきた。ぐうの音も出ない。その通りだから。
私は18でありながら身長が150もないというくそちびなのだ。そして男性であれば誰でも好きであろう部位もぺったんこだ。
「こんな身なりですけどちゃんと18です〜成人です〜」
おちゃらけながら言い返した。と言ってもこれに関しては本当の事なので本気で怒ってはいない。
「成人って言っても信じもらえなさそう。」
「それは私も思うけど!事実上成人なんでね。」
「成人、18に引き下がったけどタバコもお酒も買えないのに意味あったのかしらね。」
「それは私も思う。まあでも家借りれたり出来るようになったからね。」
「あー、学生で一人暮らししたい子にはいいのかもね。でも学生だったら親がお金払うだろうから親の名義でもいいのに。」
「どうだろう。人によっては自分でやりたい子もいるだろうからいいんじゃない?あ、私時間だから行くね。」
「あら、9時からなのに随分早く行くのね?」
「9時からだと思ってたら8時半からでさ。今日納品多いからその都合で。それじゃ、行ってきます!」
母親の返事など聞かず家を出た。危ない、一人暮らししたいと思っているのがバレる所だった。
「さー、どこで時間潰そう。」
最寄り駅に来たはいいものの、8時半からというのは嘘でバイトが始まる9時まで1時間半時間を持て余してしまった。
このままバイト先がある駅まで行ってもいいが、やる事がない。この時間はどのお店も閉まってるし。
「ま、行って事務所で時間潰しとけばいっか。」
ちょうど来た電車に乗り込み、バイト先に向かった。
私が働いているのは駅ビル内の少しお高めのレストランだ。なのに来る客層は頭がいかれている。高いからと言って客層も良いと思ったら大間違いだ。
ビルの1階で会員証を借り、エレベーターで更衣室がある5階まで上がる。
更衣室はそんなに広くなく、駅ビル内で働く人達との共同でしかも1人1個のロッカーではなく同じ店舗の人と一緒に使わなければならない。幸い私は一緒に使ってた人が違う店舗に移動したから1人で使えているけれど。
ファミレスの制服は白のブラウスと黒のズボンに黒チョッキ、黒サロン、黒の蝶ネクタイというお高めのお店でよく見かける制服だ。私はある事情で高校を中退しているので、ああいう全女子が好きそうなチェックのスカートとか履いて働きたいなと思う。
多分、スカートで働ける場所が少ないのは犯罪を予防しているからだろう。それと飲食店だと火を扱うから火傷とかを防ぐ為もある。
そんなくだらない事をぼんやり考えながらバ先に行くと、明かりがついていた。
「あれ、誰かいますか。」
声を掛けても返事はない。店内も1周して事務所の扉も開けたが誰も居ない。昨日のラストの人が明かりを消し忘れたのだろう。
店長、モール内の防災の人に怒られちゃうなぁという心配と昨日のラストが私じゃなくて良かったと人間として終わってる事も同時に考えてしまった。
すぐ自分に危機を回避出来た事を安堵する癖をやめたい。だから私はモテないのだ。
「はぁ、もう18かぁ...」
事務所の狭い所に置いてある椅子に座りながら独り言を呟いた。
この18年間、ほんとに色んな事があった。その中でも1番辛かったのは去年だ。もうあんな思いも生活もしたくない。
「家探そ。」
18になってやりたかった事。それは実家を出て1人で暮らす事だ。成人が18に引き下がったと知った時はほんとに嬉しかった。自分で家を借りれるから。親の手を煩わせず借りれて、尚且つ1人で暮らす理由も親に誤魔化しやすい。
まあそれでうちの両親(おもに母親)が納得するとは思えないがずっと夢見てきた自立。誰にも邪魔させない。
「やっぱ駅近ってなると家賃がなぁ...」
このレストランのバイトを辞めるつもりはまだない。だからこのバ先の近くに住みたいのだがそうすると家賃がそこそこする。家賃も程々で駅近ないかなぁ。
「あ、ここ良さそう。」
ほぼ機械的にスマホをスクロールしていると、目を引く物件があった。
このバ先から2駅先の物件だが、敷金礼金なしで家賃が5万と程よいし、家も築4年だ。白を基調としていてとても可愛い。
「よし、物件見に行く予約入れよ。」
ぼちぼち家は探していたが、こんなに好条件なのは出てこなかった。18になった日に見つかるなんて何かの縁だ。早く見に行って良かったらそこで契約しよう。
自分の休みが最短で4日後だったからそこに予約を入れ、再び先程の物件の画像を見る。この家賃で駅近なのにトイレとお風呂が別だし、クローゼットも私の荷物を考えると広い。全部の荷物を入れたとしてもスペースが余る。
絶対ここで契約したい。まだ中を見てもいないのにそう思った。その為にはもっとお金を稼がないと...。
「おはよう〜、ばやし来るの早くない?」
そう言って来たのはこのバ先の店長だ。ばやしというのは私のあだ名。名字が小林(こばやし)だからばやしと呼ばれている。
「おはようございます!いやー、散歩しようと思って家を出たら早く着いちゃいました!あ、そうだ来たら明かりつけっぱなしでしたよ。」
「まじ!?やばい、昨日のラスト俺もいたから絶対怒られるわ。」
「わー、それは怒られますね。」
「適当に謝っとこ。すいませーんって。」
「あはは!!」
ヘコヘコ頭を下げる仕草が面白すぎて声を出して笑った。店長らしからぬ事を言う人で本当に面白い。付き合うなら店長みたいな人がいい。これは本人にも言っている。
「てかばやし今日誕生日じゃない??おめでとう!」
出勤を打ち掃除機をかけようと動き始めた時に店長に言われて手が止まった。
「えぇー、覚えてくれてたんですか!!母親ですら忘れてたのに!!」
「俺と同じ月だし日にちも近いから覚えてる。」
「嬉しすぎます!プレゼントも待ってますね。」
両手を出すと店長は苦笑いした。
「それは彼氏に頼んでくれ。」
「彼氏いないの知ってるくせに!!酷い!!帰ります!!」
「帰られるの困るからやめて。今度おにぎり1個買ってあげるから。」
「許します帰りません働きます。」
「おにぎり1つで言うこと聞くのね。」
笑っている店長を置いて今度こそ店内の掃除機をかけた。
このバイトはお客さん単価は高いが、従業員の時給は最低賃金だ。同じ飲食店ならもっと時給が高い所もあるし現に前はここより高い所で働いていた。
ではなぜお金が欲しいのに最低賃金で働いているのか。それは至ってシンプルな理由だ。ここの従業員が好きだから。
それに前のバ先はバイトを平気で残業2時間とかさせるししかも勤怠は切らされる。ブラック企業もいい所だ。
「ダブルワークしなきゃなぁ...」
ここのバイトは辞めたくない。スキマバイトをやるとしても自分に都合のいい時間にバイトが出るとは限らない。ここの給料だけでは一人暮らしは厳しい所があるし。そうなるとダブルワークをするしかない。
生きるのってほんとに大変で面倒臭い。どうしてこんなに面倒臭いのにみんな必死で生きようとするのだろう。
...だめだめ、今はこの思考をしている場合じゃない。これを思考し始めたら私は何も出来なくなるって経験済みじゃない。
小さく頭を振って、今は目の前の仕事に集中する事にした。
「はぁー、疲れたぁ。」
バイトが終わり外に出て一息つく。まだ寒いには寒いが先月よりかは暖かい気がする。心なしかもうすぐ春になるのを感じ取れる。
「うわ、めっちゃLINEきてんじゃん。」
スマホを見ると母親から鬼LINEが入っていた。既読をつけずに読むと父親の愚痴やら弟の愚痴やらが沢山綴ってあった。そしてこんな生活が続くならもう死にたいとも書かれていた。
「だっっる。」
それが私の素直な感情だった。
いや、自分の親にこんな感情を向けるのはいけないとは思うが、こんなLINEが毎日バイト終わりにきてる身にもなってほしいし、同じような内容を家に帰ってからも長々と聞かされるのだ。それで何も思わず接しろは無理がある。
「今日は何時に寝れるかなぁ。」
せっかくの誕生日だが、誰からも祝われずに終わりそうだ。
「ただいま〜」
「おかえり、瑠奈。もー、聞いてよー!あいつがさ!」
家に入るとすぐ母親が玄関に出たきた。やはり予想した通り延々と愚痴を聞く事になりそうだ。
ちなみにあいつというのは私の父親の事だ。母親からしたら夫という事になる。
「今度はどうしたの。」
上着を廊下の隅に置き、洗面所で手を洗う。そしてリビングにあるソファーに座り、母親はダイニングテーブルのイスに座る。そして慢出来ないという調子で話し始めた。
「今月も生活の支払いと借金の支払い足りないからどうするつもりって聞いたらキレたの!!あいつ頭おかしいよ。」
...はぁ、またか。
なんとなくLINEの文面でそうだろうと予想はしていたし毎月大体この頃にその言い争いが始まるから驚きはしないけれど、なにも私の誕生日じゃなくてもいいではないか。
18の誕生日は一生に一度しかこないんだぞ?それがプレゼントとかケーキがあるならまだ許せるが、なにもないしなんなら誕生日も忘れていたぐらいだ。なのに自分が辛かったらそんなのどうでもいいと思っている素振りなのがほんと頭にくる。
「毎月それで言い争ってるじゃん。馬鹿じゃないの?そしてなんであの人は対処方法を考えないの?」
色んな思いが重なりつい強い言い方をしてしまった。
母親は黙ったまま俯いている。
やばい機嫌損ねたか...?母親は馬鹿って言われるのが大嫌いだ。それを言ってしまった。もし問い詰められたら父親の事を馬鹿と言いたかったと言おう。それが1番自分への被害が少なく済む。
「...ほんとに馬鹿よね、あいつ。毎月毎月私がお母さんにお願いしてお金仕送りしてもらってるから支払い回ってるだけなのに。なんにもわかってない。早く死んで欲しい。」
色んなシュミレーションをしていたが、どうやら母親は私が馬鹿と言ったのは父親の事だと思ったようだ。私がまさか自分に対して馬鹿と言う訳ないと思ったのかもしれない。
「馬鹿は死んでも治らないって言うからさ。仕方ないよ。それにあの人は当分死ななそうだよ。」
それに合わせて話を続けた。父親を馬鹿と思っているのも間違ってはないから。
「それじゃ困るのよ!仕事中に死んでくれたらお金が入るのに。瑠奈は18になっちゃったけどまだあの子は18になってないから...。」
あの子というのは私の弟の事だ。弟は私より2個下の16歳。現在高校1年生で、4月から高校2年生になる。
確か仕事中に親が死んだら子供が18になる前だったら300万は入るって言ってたような...。
だから母親は常日頃から私が18になる前に父親には死んでもらいたいと話していた。
父親の事をこんなに悪く言われて辛くないのかと問われそうだが、なんにも辛くない。母親の手前我慢しているとかではなく、本当に父親に対してなんの感情も湧かないのだ。
私自身、父親の事は好きではないから。むしろ嫌いだ。毎月毎月こんな心が貧しくなるような思いを妻だけでなく娘息子にまでさせて情けなくないのか。
「もう死を期待するのは難しそうだよ。真っ当な方法で稼いでもらおう。」
至極まともな事を言ったが、残念ながら母親には響かなかった。
「そう言ってもこれ以上どうすればいいんだよってキレられたの!そもそも給料が安すぎるのが悪いのに!なによ保険料とか色々引かれて24万って!一人暮らしじゃないんだから暮らせないわよ!」
「もう毎月こんな思いするなら死んじゃいたい。こんなんだから病院通っても治らないのよ。」
母親はテーブルに突っ伏して頭を抱えた。母親がそれをやる気持ちもわかるが、誕生日にこんなくだらない愚痴を聞かされてる私がその格好をしたい。
「あー、死にたい。なんで私がこんな辛い思いしなくちゃいけないのよ。若い頃はもっとお金もあって裕福だったのに...」
もうわかるとは思うが、母親はかなりやばめな鬱病患者だ。希死念慮もあり精神科に通って薬を処方されているが、家庭環境が改善されない以上どんなに病院に通っても薬を変えても良くならないと私は思っている。
まあ病院に通う前よりかは断然マシになっているから、そこだけ見ると通ってマイナスな事はない。そこそこなお金が2週間おきにかかっている事は一旦置いておこう。
「支払いにいくら足りないの?」
「10万ぐらいだったかな。借金を返す分が足りないって感じ。」
「...私今日、給料日だったからその分出すよ。はい。」
ちょうど給料日で下ろしてあった現金を母親の目の前に置いた。母親は私とお金を交互に見た。
「え、ほんとにいいの??」
「いいもなにもいつもの事じゃん。そこに固定費の5万円と携帯の使用料も入ってるから確認して。それじゃあ私、少し部屋でやる事あるから行くね。」
これ以上母親と、いや、母親の目の前に置いた現金を見ていると悲しくなってくる。だからそそくさと自分の部屋に逃げた。
「いつもありがとう、瑠奈。」
リビングを出る手前で母親から感謝の言葉が聞こえた。でも私はそれを聞こえなかったフリをして部屋に籠った。
「うっ...ぐすっ...」
すぐに毛布に包まり声を押し殺して泣いた。本当はあのお金は一人暮らしをする為の貯金にまわそうと思っていた。
2月は元々の日数が少ないのに頑張って働いたから、貯金にまわせるお金も多くなるはずだった。
なのに...
「なんでいつもこうなるのよ...」
私は毎月、固定費と携帯の使用料以外にも支払いに足りないお金を聞き、母親に渡していた。
誰かに頼まれている訳ではない。私が勝手にやっている事。なのに泣くのは違うとは思う。
けれどよく考えてみてほしい。毎月先程のような話をされ、辛いだの死にたいだの言われたら出さずにはいられないだろう。
前に一度、本当に助けられる程私自身にも給料がない月があった。その時は母親が自分の母親(私から見たら祖母)に必死に頭を下げて借りているのを見たら、自分さえ頑張れば母親がこんなに辛い思いする事ないのだとそれからは10万前後なら助けられるように扶養から抜けて働いている。
それに私が頑張れば弟に被害がいく事はないだろう。私は高校を家にお金がないからという理由で入学して半年で中退している。
特に学びたい事もなくみんなが行くから行っていただけだから未練などないが、たまに同級生やバ先で同い年の子を見ると自分もあのまま通っていればこうなっていたのかなと思うと悲しくはなる。弟には私みたいな思いをしてほしくない。
なんて、私が思っている程相手は思っていないのに。現に弟は私の事が大嫌いみたいだし。
だからこんなに必死に考えて働いて助けてあげる必要、本来ないのだ。ではなぜ助けるのか。簡単だ。そうしたら自分を見てもらえるから。
私は両親から愛情をもらって育ってきた方だとは思う。けれどよく考えてみるとその愛情には条件があった気がする。
両親の思い通りに動く子。それがこの家で愛情をかけてもらえる唯一の方法だ。
両親...と言っても主に母親かな。父親は仕事で子供の教育には1ミリも目を向けない人だし。だから母親が中心となって育ててくれたのだが、弟と私で育て方は平等ではなかった。
私では許されなかった事を弟は許されるなんてよくある事。弟は優秀だから。優遇されるのは仕方のない事。
その中でも私に愛情をかけてもらえる方法。それはお金を渡す事だ。そうしたら支払いも滞らないし私に愛情をかけてくれる。見てくれる。
なんにも持っていない私を見てくれる方法があるなら、お金だろうが命だろうが投げ出せる自信がある。
「え、こわぁ」
そこまで考えて自分の思考の怖さを実感した。親に見てもらいたいが為に命まで投げ出せるなんて。
変わりたい。親に依存する自分とはさよならしたい。
でもどうやって?一人暮らししたら少しは親に依存しなくなるだろうけれど、今のこの状況で家を出ると言ったら確実に母親は壊れるだろう。
そんな状況なのに物件を見に行く予約入れた朝の私は18になって浮かれていたのだろう。
私はどうしたらいいの?誰か、助けて。
ピロン。
不安と辛さで心が押しつぶされそうになっていると、スマホが通知を知らせた。アプリの通知はほぼ切っているからなんの通知だろうか。LINEの通知音ではないし。
恐る恐る見てみるとスキマバイトアプリからで、私の条件にあっている仕事が見つかった事を知らせていた。
「...これ良さそう。」
泣き腫らした目でスマホをスクロールしていると、1件の求人に目が止まった。
バ先の近くにある会議室で1時間だけやるバイト。バイトと言っても、説明文を読む限りバイトの面接みたいだ。スキマバイトで面接なんてあるんだ。
交通費の支給はないみたいだが、私はバ先まで定期を作っているから問題はない。たった1時間でそれも話を聞くだけでお金を貰えるなんてやらない訳がない。
「よし、応募完了っと。でも話聞くだけでお金貰えるなんて大丈夫なのかな。」
冷静に考えてみると、1時間で話を聞くだけでお金が貰えるなんて怪しいほかない。
「ま、大丈夫か。」
ちゃんとアプリを使って求人を出しているのだから変なバイトではないと自分に言い聞かせて、スマホを閉じた。
この時の私の判断は正しかったのだとわかるのはもう少し先の話だ。
「おはよう。」
朝7時のアラームで目覚め、身支度をしようと1階に行くとトイレから出てきた母親と出くわした。
「今日バイト?何時から?」
「うん。9時から。」
「早いねぇ〜何時まで?」
「17時。」
「外が明るい内に行って暗い時に帰るのね。気をつけるんだよ。」
「うん。ありがと。」
適当に相槌をうち、角が立たないようにトイレに逃げた。
朝の私はあまり機嫌が良くない。だから朝に話しかけられるのはすごく辛い。家族と一緒に住んでいるのだから話しかけられるのは仕方のない事だが、こんなに素っ気なく返事をしているのだから察してくれてもいいのではないかと思ってしまう私は察してちゃんでキモイ。
「そういえば瑠奈、今日誕生日だったっけ?」
身支度を済ませ冷蔵庫から昨日作ったお弁当を取り出していると、母親が聞いてきた。自分が生んだのだからだったっけではなく覚えておいてほしい。
...無理か。私なんかより出来のいい弟の方を大事に思ってるもんね。
「そうだよ。18になりました〜」
その皮肉が表に出ないように。努めて明るくそう言った。ここで私の反応を間違えてしまえば母親の機嫌が悪くなり、最悪の誕生日になってしまう。誕生日に期待などしていないが、気持ち的に最悪な誕生日で終わるのは嫌だ。
「あら、もうそんなになるのね。全然18歳に見えないけどほんとに18歳かしら〜?12歳ぐらいじゃない?」
母親はからかいながらそう言ってきた。ぐうの音も出ない。その通りだから。
私は18でありながら身長が150もないというくそちびなのだ。そして男性であれば誰でも好きであろう部位もぺったんこだ。
「こんな身なりですけどちゃんと18です〜成人です〜」
おちゃらけながら言い返した。と言ってもこれに関しては本当の事なので本気で怒ってはいない。
「成人って言っても信じもらえなさそう。」
「それは私も思うけど!事実上成人なんでね。」
「成人、18に引き下がったけどタバコもお酒も買えないのに意味あったのかしらね。」
「それは私も思う。まあでも家借りれたり出来るようになったからね。」
「あー、学生で一人暮らししたい子にはいいのかもね。でも学生だったら親がお金払うだろうから親の名義でもいいのに。」
「どうだろう。人によっては自分でやりたい子もいるだろうからいいんじゃない?あ、私時間だから行くね。」
「あら、9時からなのに随分早く行くのね?」
「9時からだと思ってたら8時半からでさ。今日納品多いからその都合で。それじゃ、行ってきます!」
母親の返事など聞かず家を出た。危ない、一人暮らししたいと思っているのがバレる所だった。
「さー、どこで時間潰そう。」
最寄り駅に来たはいいものの、8時半からというのは嘘でバイトが始まる9時まで1時間半時間を持て余してしまった。
このままバイト先がある駅まで行ってもいいが、やる事がない。この時間はどのお店も閉まってるし。
「ま、行って事務所で時間潰しとけばいっか。」
ちょうど来た電車に乗り込み、バイト先に向かった。
私が働いているのは駅ビル内の少しお高めのレストランだ。なのに来る客層は頭がいかれている。高いからと言って客層も良いと思ったら大間違いだ。
ビルの1階で会員証を借り、エレベーターで更衣室がある5階まで上がる。
更衣室はそんなに広くなく、駅ビル内で働く人達との共同でしかも1人1個のロッカーではなく同じ店舗の人と一緒に使わなければならない。幸い私は一緒に使ってた人が違う店舗に移動したから1人で使えているけれど。
ファミレスの制服は白のブラウスと黒のズボンに黒チョッキ、黒サロン、黒の蝶ネクタイというお高めのお店でよく見かける制服だ。私はある事情で高校を中退しているので、ああいう全女子が好きそうなチェックのスカートとか履いて働きたいなと思う。
多分、スカートで働ける場所が少ないのは犯罪を予防しているからだろう。それと飲食店だと火を扱うから火傷とかを防ぐ為もある。
そんなくだらない事をぼんやり考えながらバ先に行くと、明かりがついていた。
「あれ、誰かいますか。」
声を掛けても返事はない。店内も1周して事務所の扉も開けたが誰も居ない。昨日のラストの人が明かりを消し忘れたのだろう。
店長、モール内の防災の人に怒られちゃうなぁという心配と昨日のラストが私じゃなくて良かったと人間として終わってる事も同時に考えてしまった。
すぐ自分に危機を回避出来た事を安堵する癖をやめたい。だから私はモテないのだ。
「はぁ、もう18かぁ...」
事務所の狭い所に置いてある椅子に座りながら独り言を呟いた。
この18年間、ほんとに色んな事があった。その中でも1番辛かったのは去年だ。もうあんな思いも生活もしたくない。
「家探そ。」
18になってやりたかった事。それは実家を出て1人で暮らす事だ。成人が18に引き下がったと知った時はほんとに嬉しかった。自分で家を借りれるから。親の手を煩わせず借りれて、尚且つ1人で暮らす理由も親に誤魔化しやすい。
まあそれでうちの両親(おもに母親)が納得するとは思えないがずっと夢見てきた自立。誰にも邪魔させない。
「やっぱ駅近ってなると家賃がなぁ...」
このレストランのバイトを辞めるつもりはまだない。だからこのバ先の近くに住みたいのだがそうすると家賃がそこそこする。家賃も程々で駅近ないかなぁ。
「あ、ここ良さそう。」
ほぼ機械的にスマホをスクロールしていると、目を引く物件があった。
このバ先から2駅先の物件だが、敷金礼金なしで家賃が5万と程よいし、家も築4年だ。白を基調としていてとても可愛い。
「よし、物件見に行く予約入れよ。」
ぼちぼち家は探していたが、こんなに好条件なのは出てこなかった。18になった日に見つかるなんて何かの縁だ。早く見に行って良かったらそこで契約しよう。
自分の休みが最短で4日後だったからそこに予約を入れ、再び先程の物件の画像を見る。この家賃で駅近なのにトイレとお風呂が別だし、クローゼットも私の荷物を考えると広い。全部の荷物を入れたとしてもスペースが余る。
絶対ここで契約したい。まだ中を見てもいないのにそう思った。その為にはもっとお金を稼がないと...。
「おはよう〜、ばやし来るの早くない?」
そう言って来たのはこのバ先の店長だ。ばやしというのは私のあだ名。名字が小林(こばやし)だからばやしと呼ばれている。
「おはようございます!いやー、散歩しようと思って家を出たら早く着いちゃいました!あ、そうだ来たら明かりつけっぱなしでしたよ。」
「まじ!?やばい、昨日のラスト俺もいたから絶対怒られるわ。」
「わー、それは怒られますね。」
「適当に謝っとこ。すいませーんって。」
「あはは!!」
ヘコヘコ頭を下げる仕草が面白すぎて声を出して笑った。店長らしからぬ事を言う人で本当に面白い。付き合うなら店長みたいな人がいい。これは本人にも言っている。
「てかばやし今日誕生日じゃない??おめでとう!」
出勤を打ち掃除機をかけようと動き始めた時に店長に言われて手が止まった。
「えぇー、覚えてくれてたんですか!!母親ですら忘れてたのに!!」
「俺と同じ月だし日にちも近いから覚えてる。」
「嬉しすぎます!プレゼントも待ってますね。」
両手を出すと店長は苦笑いした。
「それは彼氏に頼んでくれ。」
「彼氏いないの知ってるくせに!!酷い!!帰ります!!」
「帰られるの困るからやめて。今度おにぎり1個買ってあげるから。」
「許します帰りません働きます。」
「おにぎり1つで言うこと聞くのね。」
笑っている店長を置いて今度こそ店内の掃除機をかけた。
このバイトはお客さん単価は高いが、従業員の時給は最低賃金だ。同じ飲食店ならもっと時給が高い所もあるし現に前はここより高い所で働いていた。
ではなぜお金が欲しいのに最低賃金で働いているのか。それは至ってシンプルな理由だ。ここの従業員が好きだから。
それに前のバ先はバイトを平気で残業2時間とかさせるししかも勤怠は切らされる。ブラック企業もいい所だ。
「ダブルワークしなきゃなぁ...」
ここのバイトは辞めたくない。スキマバイトをやるとしても自分に都合のいい時間にバイトが出るとは限らない。ここの給料だけでは一人暮らしは厳しい所があるし。そうなるとダブルワークをするしかない。
生きるのってほんとに大変で面倒臭い。どうしてこんなに面倒臭いのにみんな必死で生きようとするのだろう。
...だめだめ、今はこの思考をしている場合じゃない。これを思考し始めたら私は何も出来なくなるって経験済みじゃない。
小さく頭を振って、今は目の前の仕事に集中する事にした。
「はぁー、疲れたぁ。」
バイトが終わり外に出て一息つく。まだ寒いには寒いが先月よりかは暖かい気がする。心なしかもうすぐ春になるのを感じ取れる。
「うわ、めっちゃLINEきてんじゃん。」
スマホを見ると母親から鬼LINEが入っていた。既読をつけずに読むと父親の愚痴やら弟の愚痴やらが沢山綴ってあった。そしてこんな生活が続くならもう死にたいとも書かれていた。
「だっっる。」
それが私の素直な感情だった。
いや、自分の親にこんな感情を向けるのはいけないとは思うが、こんなLINEが毎日バイト終わりにきてる身にもなってほしいし、同じような内容を家に帰ってからも長々と聞かされるのだ。それで何も思わず接しろは無理がある。
「今日は何時に寝れるかなぁ。」
せっかくの誕生日だが、誰からも祝われずに終わりそうだ。
「ただいま〜」
「おかえり、瑠奈。もー、聞いてよー!あいつがさ!」
家に入るとすぐ母親が玄関に出たきた。やはり予想した通り延々と愚痴を聞く事になりそうだ。
ちなみにあいつというのは私の父親の事だ。母親からしたら夫という事になる。
「今度はどうしたの。」
上着を廊下の隅に置き、洗面所で手を洗う。そしてリビングにあるソファーに座り、母親はダイニングテーブルのイスに座る。そして慢出来ないという調子で話し始めた。
「今月も生活の支払いと借金の支払い足りないからどうするつもりって聞いたらキレたの!!あいつ頭おかしいよ。」
...はぁ、またか。
なんとなくLINEの文面でそうだろうと予想はしていたし毎月大体この頃にその言い争いが始まるから驚きはしないけれど、なにも私の誕生日じゃなくてもいいではないか。
18の誕生日は一生に一度しかこないんだぞ?それがプレゼントとかケーキがあるならまだ許せるが、なにもないしなんなら誕生日も忘れていたぐらいだ。なのに自分が辛かったらそんなのどうでもいいと思っている素振りなのがほんと頭にくる。
「毎月それで言い争ってるじゃん。馬鹿じゃないの?そしてなんであの人は対処方法を考えないの?」
色んな思いが重なりつい強い言い方をしてしまった。
母親は黙ったまま俯いている。
やばい機嫌損ねたか...?母親は馬鹿って言われるのが大嫌いだ。それを言ってしまった。もし問い詰められたら父親の事を馬鹿と言いたかったと言おう。それが1番自分への被害が少なく済む。
「...ほんとに馬鹿よね、あいつ。毎月毎月私がお母さんにお願いしてお金仕送りしてもらってるから支払い回ってるだけなのに。なんにもわかってない。早く死んで欲しい。」
色んなシュミレーションをしていたが、どうやら母親は私が馬鹿と言ったのは父親の事だと思ったようだ。私がまさか自分に対して馬鹿と言う訳ないと思ったのかもしれない。
「馬鹿は死んでも治らないって言うからさ。仕方ないよ。それにあの人は当分死ななそうだよ。」
それに合わせて話を続けた。父親を馬鹿と思っているのも間違ってはないから。
「それじゃ困るのよ!仕事中に死んでくれたらお金が入るのに。瑠奈は18になっちゃったけどまだあの子は18になってないから...。」
あの子というのは私の弟の事だ。弟は私より2個下の16歳。現在高校1年生で、4月から高校2年生になる。
確か仕事中に親が死んだら子供が18になる前だったら300万は入るって言ってたような...。
だから母親は常日頃から私が18になる前に父親には死んでもらいたいと話していた。
父親の事をこんなに悪く言われて辛くないのかと問われそうだが、なんにも辛くない。母親の手前我慢しているとかではなく、本当に父親に対してなんの感情も湧かないのだ。
私自身、父親の事は好きではないから。むしろ嫌いだ。毎月毎月こんな心が貧しくなるような思いを妻だけでなく娘息子にまでさせて情けなくないのか。
「もう死を期待するのは難しそうだよ。真っ当な方法で稼いでもらおう。」
至極まともな事を言ったが、残念ながら母親には響かなかった。
「そう言ってもこれ以上どうすればいいんだよってキレられたの!そもそも給料が安すぎるのが悪いのに!なによ保険料とか色々引かれて24万って!一人暮らしじゃないんだから暮らせないわよ!」
「もう毎月こんな思いするなら死んじゃいたい。こんなんだから病院通っても治らないのよ。」
母親はテーブルに突っ伏して頭を抱えた。母親がそれをやる気持ちもわかるが、誕生日にこんなくだらない愚痴を聞かされてる私がその格好をしたい。
「あー、死にたい。なんで私がこんな辛い思いしなくちゃいけないのよ。若い頃はもっとお金もあって裕福だったのに...」
もうわかるとは思うが、母親はかなりやばめな鬱病患者だ。希死念慮もあり精神科に通って薬を処方されているが、家庭環境が改善されない以上どんなに病院に通っても薬を変えても良くならないと私は思っている。
まあ病院に通う前よりかは断然マシになっているから、そこだけ見ると通ってマイナスな事はない。そこそこなお金が2週間おきにかかっている事は一旦置いておこう。
「支払いにいくら足りないの?」
「10万ぐらいだったかな。借金を返す分が足りないって感じ。」
「...私今日、給料日だったからその分出すよ。はい。」
ちょうど給料日で下ろしてあった現金を母親の目の前に置いた。母親は私とお金を交互に見た。
「え、ほんとにいいの??」
「いいもなにもいつもの事じゃん。そこに固定費の5万円と携帯の使用料も入ってるから確認して。それじゃあ私、少し部屋でやる事あるから行くね。」
これ以上母親と、いや、母親の目の前に置いた現金を見ていると悲しくなってくる。だからそそくさと自分の部屋に逃げた。
「いつもありがとう、瑠奈。」
リビングを出る手前で母親から感謝の言葉が聞こえた。でも私はそれを聞こえなかったフリをして部屋に籠った。
「うっ...ぐすっ...」
すぐに毛布に包まり声を押し殺して泣いた。本当はあのお金は一人暮らしをする為の貯金にまわそうと思っていた。
2月は元々の日数が少ないのに頑張って働いたから、貯金にまわせるお金も多くなるはずだった。
なのに...
「なんでいつもこうなるのよ...」
私は毎月、固定費と携帯の使用料以外にも支払いに足りないお金を聞き、母親に渡していた。
誰かに頼まれている訳ではない。私が勝手にやっている事。なのに泣くのは違うとは思う。
けれどよく考えてみてほしい。毎月先程のような話をされ、辛いだの死にたいだの言われたら出さずにはいられないだろう。
前に一度、本当に助けられる程私自身にも給料がない月があった。その時は母親が自分の母親(私から見たら祖母)に必死に頭を下げて借りているのを見たら、自分さえ頑張れば母親がこんなに辛い思いする事ないのだとそれからは10万前後なら助けられるように扶養から抜けて働いている。
それに私が頑張れば弟に被害がいく事はないだろう。私は高校を家にお金がないからという理由で入学して半年で中退している。
特に学びたい事もなくみんなが行くから行っていただけだから未練などないが、たまに同級生やバ先で同い年の子を見ると自分もあのまま通っていればこうなっていたのかなと思うと悲しくはなる。弟には私みたいな思いをしてほしくない。
なんて、私が思っている程相手は思っていないのに。現に弟は私の事が大嫌いみたいだし。
だからこんなに必死に考えて働いて助けてあげる必要、本来ないのだ。ではなぜ助けるのか。簡単だ。そうしたら自分を見てもらえるから。
私は両親から愛情をもらって育ってきた方だとは思う。けれどよく考えてみるとその愛情には条件があった気がする。
両親の思い通りに動く子。それがこの家で愛情をかけてもらえる唯一の方法だ。
両親...と言っても主に母親かな。父親は仕事で子供の教育には1ミリも目を向けない人だし。だから母親が中心となって育ててくれたのだが、弟と私で育て方は平等ではなかった。
私では許されなかった事を弟は許されるなんてよくある事。弟は優秀だから。優遇されるのは仕方のない事。
その中でも私に愛情をかけてもらえる方法。それはお金を渡す事だ。そうしたら支払いも滞らないし私に愛情をかけてくれる。見てくれる。
なんにも持っていない私を見てくれる方法があるなら、お金だろうが命だろうが投げ出せる自信がある。
「え、こわぁ」
そこまで考えて自分の思考の怖さを実感した。親に見てもらいたいが為に命まで投げ出せるなんて。
変わりたい。親に依存する自分とはさよならしたい。
でもどうやって?一人暮らししたら少しは親に依存しなくなるだろうけれど、今のこの状況で家を出ると言ったら確実に母親は壊れるだろう。
そんな状況なのに物件を見に行く予約入れた朝の私は18になって浮かれていたのだろう。
私はどうしたらいいの?誰か、助けて。
ピロン。
不安と辛さで心が押しつぶされそうになっていると、スマホが通知を知らせた。アプリの通知はほぼ切っているからなんの通知だろうか。LINEの通知音ではないし。
恐る恐る見てみるとスキマバイトアプリからで、私の条件にあっている仕事が見つかった事を知らせていた。
「...これ良さそう。」
泣き腫らした目でスマホをスクロールしていると、1件の求人に目が止まった。
バ先の近くにある会議室で1時間だけやるバイト。バイトと言っても、説明文を読む限りバイトの面接みたいだ。スキマバイトで面接なんてあるんだ。
交通費の支給はないみたいだが、私はバ先まで定期を作っているから問題はない。たった1時間でそれも話を聞くだけでお金を貰えるなんてやらない訳がない。
「よし、応募完了っと。でも話聞くだけでお金貰えるなんて大丈夫なのかな。」
冷静に考えてみると、1時間で話を聞くだけでお金が貰えるなんて怪しいほかない。
「ま、大丈夫か。」
ちゃんとアプリを使って求人を出しているのだから変なバイトではないと自分に言い聞かせて、スマホを閉じた。
この時の私の判断は正しかったのだとわかるのはもう少し先の話だ。



