『名前と声を伏せたまま、私たちは繋がっている』

 
 時計を見た。いつものログイン時間が迫ってきている。

 杏瑞は、昼休みの一件のせいで、ログインすることに躊躇していた。

(本当に、ちょろぎさんは安房くんなのかな……)

 今日は一日、そんなことばかり考えていて、何も手につかなかった。
 このままプレイしても、ちょろぎのことが気になり、グダグダな結果になるのは目に見えている。

(今日はログインするの、やめようかな……)

(でも、きっといつものように待機して待っていてくれているんだろうな……)

 しばらく考えた末、ちょろぎに心配をかけることになるが、『体調が悪いのでプレイできない』という体で行こう、と決めた。

(ある意味、本当だし……ちょろぎさんを無視しない方法は、これしか思いつかないし……)

 時計を見ると、いつものログイン時間から三十分ほど過ぎていた。

(あっ……時間、過ぎちゃった。ちょろぎさん、いるかな?)

 杏瑞はスマホを手に取り、[MMモバイル]を起動させた――――――――

 ロビー画面が表示され、フレンド欄を確認する。
 ちょろぎは待機中だった。

(やっぱり……待っていてくれたんだ……)

(あれ?ペンペンさんがいない……どうしたんだろう……)

 三人がきっちり時間を合わせてログインしているわけではないが、『なんとなくこの時間』という感じで、いつも集まっていた。

 ほどなく、ちょろぎから招待が届き、画面に二人が並ぶ。


――――――――――――――――――――


[ルーム内チャット]


こんばんは。今日は少し遅かったですね。

こんばんは。ちょっと体調が悪かったんです。

大丈夫ですか?
今日はやめておきますか。無理しない方がいいですよ。

ありがとうございます。そうしようかな?


(あっ……そうだ。今なら聞けるかも)


 杏瑞は二人きりの今なら、『少し話がしたい』と言って、間接的に[ちょろぎ=安房]なのか、確かめられるかもしれないと考えた。


ちょろぎさんに、聞きたいことがあるんですけど。
プライベートなことなので、嫌なら答えなくていいです……

なんですか?
ちょっと怖いですね 笑

怖くはないんですが 笑
ちょろぎさんって、何歳なんですか?
私は16なんですが。

同じですね。俺も16です。


(……やっぱり……)


 心拍数が上がっていくのが、自分でも分かる。


(この勢いで……もう少し、聞けるかな)


唐突にどうしたんですか? 笑


(え……なんて言えばいいかな……あっ!)


言葉づかいが丁寧だから、年上なのかなって、前から思っていたので。

なるほど。
普段の口調はキツいって、言われますけど 笑


 もっともな疑問に、もっともらしい返事ができたことに、ほっとする。
 その勢いのまま、さらに踏み込もうと考えた。


(よし……返しは完璧。次は……住んでる場所かな?)


「ちょろぎさんの住んでいるところは……」
 文字を打ち込んでいる、その時だった。
 入力途中で、ペンペンがルームに入ってきたことを知らせる音が鳴った。


バイトお疲れ様。来るのが遅かったね。

ちょっとトラブルがあって。

大丈夫だった?

うん、無事に片付いたよ。


(あっ……ペンペンさんだ)


 慌てて書きかけの文字を消し、挨拶を打ち込む。


こんばんは。


 その直後、チャットログを見て、杏瑞は小さく息をのんだ。

(……ペンペンさんがバイトだったこと、ちょろぎさんは、なんで知っているんだろう……)

こんばんは。結構時間が過ぎてるけど、
もしかして、私のこと待っててくれたの?


 何も知らないペンペンが、無邪気に聞いてくる。


待っていたわけじゃないよ 笑
アプリコットさんの体調が悪いから、
プレイせずに話をしていただけ。

あら。私、お邪魔でした?

そんなことないですよ 笑
雑談です。


(……聞きそびれちゃったな)


そうそう。


 ペンペンが合流したことで、これ以上踏み込めなくなった。
 それに、ログアウトのタイミングにも悩んでしまう。


(今、落ちたら……ペンペンさん、気分悪いよね。どうしよう……)


 すると、まるで助け船を出すように、ちょろぎから書き込みが入った。


ペンペンが来たばかりで悪いんだけど、
アプリコットさんの具合が、これ以上悪くならないよう、今日は解散しますか。


(ナイス……ちょろぎさん。タイミング、ばっちり……)


 追撃とばかりに、杏瑞も続ける。


本当にごめんなさい。
早く寝て、明日は一緒にできるようにします。


 ペンペンと、ちょろぎが続けて返す。


無理しないでね。ゆっくり休んでね。

アプリコットさん、お大事に。


 罪悪感を覚えながら、最後に一言。


はい、ありがとうございます。
それでは、また明日。


 画面の中のアプリコットが、ぺこりと頭を下げ、
続けて手を左右に振り、バイバイするモーションのまま退場した。


「はぁ……」 

 スマホを机に置き、そのままベッドにダイブする。

(年齢が聞けただけでも……よかったの、かな)

(ペンペンさん、バイトしてたんだ……でも、今日がバイトだって、ちょろぎさんはなんで知ってたんだろう……そんな話、してなかったはずなのに……)

(私がいない時に、二人でログインして話してたのかな……)

 疑問は残ったが、今はそれより、気になることがある。

(ちょろぎさんには、変に思われないように……少しずつ聞いていこう)

(今日は……少し疲れたかも。早めに寝よう)


 翌日、杏瑞は自分でも想像していなかったほど感情を揺さぶられることになるとは知らず、静かに眠りについた……。