幼馴染が「お願い」って言うから


「あー、よく寝た」

 夏の名残かと思う暑さに見舞われた週末。
 少しだけ昼寝のつもりが夕方までぐっすり寝てしまった。キッチンの冷蔵庫を開けると、真っ白な箱が入っていた。箱の横には金色のBlancaの文字。

「お、ケーキか。ブランカのじゃん」
 
 ブランカは雀山商店街の中にあるケーキ屋だ。店舗は小さいが客足は途絶えず、常に賑わっている。子どもの時から、うちではケーキと言えばブランカだった。

 麦茶とグラスを出していると、汗を拭きながら母が帰ってきた。買い物帰りらしく、ぱんぱんのエコバッグを抱えている。

「ただいまぁ」
「お帰り。母さん、ブランカのケーキあるけど、どうしたの?」
「ああ、それ。買い物行く前に清良くんが持ってきたのよ」
「え。やった!」
「だめ! あんたのじゃないの。緋鶴にって言ってた」
「な、何で」
「御礼だって言ってたわよ。すぐ帰っちゃったから、何の御礼かは知らないけど」

(何てことだ、俺に断りもなく緋鶴にケーキを貢ぐとは!)

 思わず隣に殴り込みに行こうかと思ったが、御礼という言葉が引っかかった。緋鶴は今日、友達と出かけている。あいつに話をきいてからでも遅くない。

 緋鶴はそう待つこともなく帰ってきた。母が早速ケーキのことを話すと、「ひえっ」と叫んだ。そして、すぐにリビングのソファで寝転んでいた俺に気付く。びくっと体を震わせたのを俺は見逃さなかった。

(……おかしい)

 普段は妹に押され気味の俺だが、長年兄をやってきたのだ。妹が挙動不審な時は、何かヤバいことをした時だと知っている。

「緋鶴」
「な、なに?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。ま、そこに座って」

 俺が起き上がると、緋鶴は素直に向かい側のソファに座った。明らかに居心地が悪そうで目を合わせようとしない。

「ブランカのケーキさ」
「……あ、あれは」
「清良がお前に御礼って持ってきたんだ」
「う」
「でも、すっごい早さで帰って」
「……」
「俺とは話もしなかったんだけど」

 まるでその場に居合わせたような嘘を並べ立てると、緋鶴はうろうろと目を動かした。

「お前のしたことはさ……」
「ごめんッ! 一枚だけだから!」

 緋鶴はいきなり両手を合わせて俺を拝み、がばっと頭を下げた。

「一枚?」

 俺に睨まれた緋鶴は、申し訳なさそうに目を伏せた。

「きよくんと文化祭の感想メッセージしてたら、りんりんのメイドの話になって。そういえばリメイクの時、おにいにメイド服着てもらったのを思い出したんだよ。その話をしたら、きよくんがどうしても見たいって言うから」
「な……んだと」

 頭の中に、文化祭前の出来事が浮かび上がる。緋鶴のクラスの出し物はお化け屋敷。主役は、主人に恨みを持って死んだメイドだ。
 メイド役のりんりんと背格好が変わらないからと、緋鶴がリメイクしていたメイド服を俺が代わりに着たことがある。たしか、その時に何枚か写真を撮った。

「それ、送ったのか?」
「……うっ。は、話の流れで、まあいいかなって。相手はきよくんだし」

 俺はすぐさま立ち上がり、隣に向かって爆速で走った。迎えてくれたお隣のおばさんに挨拶し、階段を駆け上がる。ドンドン、とドアを乱暴に叩くと、清良がひょいと顔を出した。すかさず部屋の中に入ってドアを閉めると、清良は目を見開いている。

「あ、あおちゃん!」
「……見たな、お前」
「い、いや。み、見てなんか」
「緋鶴から話は聞いてんだよ。さっさとスマホを出せ! 削除だ、削除!」

 ところが、清良は思いきり首を振った。

「い、嫌だ。消さない! 絶対誰にも見せないから!」
「…………は?」
「勝手にもらってごめん! でも、削除したくないんだ。あおちゃん、お願い!」
「この馬鹿っ! こんな時にお願いなんて言うんじゃねーよ!」

 怒りのあまりさんざん清良を罵ったが、清良は引かなかった。腹を立てた俺は家に帰り、夕食を爆食いして寝た。