幼馴染が「お願い」って言うから


「俺が好きなのはお前だからな!」

 言い切った後に、肩で大きく息をする。

 なにが起こったのかわからない。そんな呆然とした清良の顔が見る間に真っ赤になって「……ずるい」と呟く。言われて初めて、俺は清良の気持ちを聞きもしなかったことに気付いた。勝手にキスしたのはまずかった。清良はちゃんと聞いてくれたのに。

「わ、悪い」
「あぁぁあああーー! もう!」

 ごめんと言えば、両手が真っ直ぐに伸びてくる。そのまま、もう一度抱きしめられた。

「あおちゃんはずるい!」
「……だから、ごめんて。もう気にすんなって思ったら勝手に体が動いたんだ」

 清良は黙ったままだ。怒ったんだろうか。あせって言葉を続けた。

「あのさ……今更だけど、俺にいちいち聞かなくていいよ。お前にされるの、う、嬉しいし」
 
 恥ずかしいのを堪えて必死で言ったのに、返事はなかった。それどころか、いきなりぎゅううううっと腕に力を入れてくる。おかげで、息が止まりそうになった。

「ち、力入れすぎ! 苦しいって!」 

 必死で叫ぶと清良は力を緩めてくれた。ほっとしたところに目が合った。眉が吊り上がってるけど怒ってはいない。良かった……と思ったら、自然に口許が緩んだ。

「あのさ、清良」

 話しかけた途端に清良の顔が近づき、俺の唇にちょんと触れた。羽が触れるみたいに優しいキス。
 驚いて声もない俺を見て、清良はふわりと笑う。

「あおちゃんがいいって言ったんだからね。だから、覚悟して」

 清良は有言実行の男だった。俺はその後、身を持ってそれを知ることになった。


 ◇◇

 ――上橋清良に恋人ができた。

 その噂は、あっという間に校内を駆け巡った。そして、すぐにただの噂ではなく事実になった。当人の清良があっさり認めたからだ。

「でも、相手が特定できるような情報は全然ないんだよね。きよらんは絶対に言わないし。だから、余計にどんな相手なのかって皆、興味津々なんだ」

 なぜか持田は俺のところにやってくる。そして、新たな清良情報を語り続ける。俺はひたすら聞き役に徹していた。

「きよらんの相手、もしかして年上なんじゃないかって言われてて」
「何で?」
「……誰よりも信頼できる人、なんだって。きよらんがうっかりそう言ったらしいんだけど、ちょっと年上っぽくない?」
「ぐっ」

 飲んでいたコーヒー牛乳を変に飲み込んでしまい、激しくむせた。

「つっきー、大丈夫?」
「あ、あぁ……」

 なに言い出してんだ、あいつ。思わず、心の中で毒づいた。

「ま、きよらんにどんな恋人がいても、私の推しに変わりはないんだけど」
「すごいな、持田」

 心から感心していると、へへっと笑う。持田はありがと、と言いつつ「きよらんの新情報あったら教えてね!」と念を押すのを忘れなかった。

 その日の帰り道。俺は清良と帰りながら、持田から聞いた話をした。

「お前の恋人、誰よりも信頼できる人なんだって?」
「あー……それは本当だし」
「本当なのかよ!」
「うん。でも、信頼できるだけじゃないよ。優しくて可愛くて強い。皆に言いたいけど、迷惑かけるの嫌だから黙ってる」

 平然と言う清良に返す言葉がない。

「……でも、ちょっと嬉しいな」
「な、なにが?」
「あおちゃんに恋人って言われるのが」
「俺は言ってない! 『清良の恋人』の話をしただけ!」

 清良がくすりと笑う。

「だって、一緒でしょ? 俺の恋人はあおちゃんなんだから」
「俺の恋人……」
「あ、やばいな。すげー嬉しい。今すぐキスしたい」
「ぜ、絶対だめだからな! ここは学校!」
「ふーん。じゃ、家ならいいよね」
「え?」
「あおちゃん、さっさと帰ろ」

 にっこり笑う清良の顔はとびきり綺麗だ。
 駐輪場までの道を、二人ともいつもよりずっと早足で歩く。
 時々触れてくる指を振り払えば、清良はわずかに口を尖らせた。そんな姿を見ると、笑わずにはいられない。

「帰ったらな」

 頷いた清良は駐輪場から引き出したロードバイクを勢い良く漕ぎ出す。俺はママチャリですぐに後を追いかけた。
 ペダルをぐんと踏めば、互いの距離が近づく。清良の背を見ながら、胸の中が弾むようなあたたかい気持ちでいっぱいになっていった。