幼馴染が「お願い」って言うから


「うまかった! まだ半分あるから」

 清良は呆然とした顔で目を見開いている。「清良?」と声をかけると黙ってコーヒー牛乳を受け取った。そして、なぜか俺に自分のいちご牛乳を渡す。それから、まるで恐ろしいものを見るようにストローの先を見つめた。

「あ、ごめん。先に飲みたかった?」
「いや! 全然! そんなことない!」

(何でそんなに力が入ってるんだ……)

 それから清良は意を決したようにストローに口を付けた。

 長い睫毛が伏せられ、わずかに唇が動く。半分しか入っていないコーヒー牛乳を、清良はいつもより時間をかけて飲んだ。そして、飲み終えた途端、ふぅと小さく息をついた。

「うまかった?」
「……ん」
「じゃ、これ」

 いちご牛乳を返そうとすると、清良は首を振った。

「それ、あおちゃんにあげる。俺はコーヒー牛乳だけでいい」
「えっ! それだけでいいの?」
「うん。……すごく甘かったから」

 うつむいた清良の頬が赤い。もう一度聞いても、清良はいちご牛乳を受け取らない。じゃあ、と飲んだいちご牛乳はコーヒーの何倍も甘かった。


 二人でコンビニに行ってポテチを買い込んだ後、清良の部屋に上がり込んだ。しょっちゅう来ていたのに、ずいぶん久しぶりだ。

「お前の部屋に来るの、久々な気がする」
「うん。夏休み以来だと思う」

 夏休み、と聞いてはっとする。お盆のあの時以来だ。清良は気づいていたんだろう。ポテチをテーブルに置くと、隣に座った俺に向き直る。

「あおちゃん、あの時はご……ぐっ!」

 俺は清良の口を右手でぎゅっと塞いだ。

「ストップ! お前、謝りすぎなんだよ。もういいって言っただろ!」

 清良は真面目で律儀だ。自分が悪かったと思ったらずっとそれを気にする面倒なところがある。口を俺に塞がれたまま目でなにか訴えているけど、聞いてやらない。

「お前の気持ちに全然気づかなかった俺もたぶん悪いから……もう謝るなよ。じゃないと、お前んとこ来づらいだろ!」

 困惑していた清良の眉が下がる。もう一息だ。

「わかったか? わかんないなら、ずっとこの手外さないからな!」

 清良の目が丸くなった。それからこくりと頷く。ほっとして手を外すと、逆に強く掴まれた。えっと思った時には、清良の顔がすぐ間近にあった。

「清良?」
「あおちゃんて、ほんと」
「ほんと?」
「……最高。大好き」
 
 聞いたこともない甘い声で囁かれて、蕩けるような笑顔が広がる。真夏の太陽を浴びたみたいに、ぶわっと体が熱くなる。何だこれ、と思っても勝手に体温が上がっていく。

「あ、顔真っ赤」
「う、うるさい!」

 掴まれた手を振り払おうと思ったのに、逆に強く抱きしめられた。好き、大好きと耳元で繰り返す。こんな清良は初めてで、どうしたらいいのかわからない。それに、俺を抱きしめる体は背が追い越されただけじゃない。いつのまにか一回り大きくなっている。

 ――じゃあ、俺を好きになって。

 屋上に続く踊り場で言われた言葉が、いきなり耳の奥によみがえった。

「あおちゃん」

 そっと体を離した清良は、ひたと俺の目を捉えた。茶色の綺麗な瞳に熱が籠もっている。

「……キスしてもいい?」
「お、お前! 今までそんなこと聞かなかったくせにっ」
「うん。でも、ちゃんと聞きたい。あおちゃんの気持ちを知りたい」

 真っ直ぐな言葉に頭の奥がぐらぐらする。清良はこんなことを直接聞くやつじゃなかった。言いたいことがあってもなかなか口にしなくて、自分の気持ちを出すのに慎重で。無理だと思ったことは口に出す前にあきらめてた。だから、俺だけはこいつの話を聞こう。なにか頼まれたら叶えてやると思ってたんだ。

「い、嫌だって言ったらどうすんだよ」
「しない。でも」

 清良は俺から目を離さない。

「あきらめない。いつもあおちゃんにキスしたいから」

 ああ。こいつ、本当にどうしちゃったんだよ。泣きもわめきもせず甘いことを言う清良なんか俺は知らない。
 でも、清良の熱は確かに俺に伝わって。ずっと握られたままの手が熱くて、体中の血が沸騰してるんじゃないかと思う。
 
「……お前、そんなこと言うタイプじゃないだろ」
「うん。でも、言わなかったらあおちゃんに俺の気持ちは伝わらない。もう横から手を出されるのはごめんだし」
「清良」 
「俺、甘かった。あおちゃんに嫌われたらって思うと怖くてずっと言えなかった。高望みはしない、幼馴染だから一番近くにいるからそれでいいって思ってたんだ。そんなことしてたから、あいつに入り込まれた」

 悔しそうに清良の眉が寄る。それを見て、勝手に体が動いた。
 次の言葉を塞ぐように清良の唇に触れる。柔らかくてあたたかい。一瞬だけ触れて、飛びのくように離れた。