文化祭後の校内は、ちょっと浮かれた雰囲気が漂っている。それはたぶん、気のせいじゃない。ここぞとばかりに告白し文化祭で誕生したカプがあちこちにいるのだから。
弁当を食べ終わった昼休み。文化祭実行委員の持田が俺の机までやってきた。隣の空いた椅子に腰かけて、じっとこっちを見る。
「ねえ、つっきー。きよらん、最近ちょっと雰囲気変わったよね?」
「え? そうかな」
俺は首をひねった。清良にそんな変わったところがあっただろうか。
いつもにこにこしている幼馴染を思い浮かべる。しかし、目を細めた持田からは、もっと真剣に考えろという強い圧を感じる。
「ううーん……そうだな。最近1年が同好会に入ったからすごく張り切ってるし、よく笑うし。いつも機嫌がよくて嬉しそう、かな?」
「さっすが、つっきー! そうなのよ! 最近は笑顔も柔らかいっていうか、こっちまでほわっと幸せになるような感じなんだよね。そこに時折、ふっと翳がよぎってさ、何だかやたら色っぽい時があるのよ」
「色っぽい……」
うんうんと頷く持田の目は輝き、頬は紅潮している。俺は文化祭での清良の浴衣姿を思い出した。あれは確かに色っぽかった。だけど、持田の言いたいこととはちょっと違う気がする。持田はぐっと声を潜めた。
「今、きよらん結構評判になってるの。とうとう、できたんじゃないかって」
「できた?」
「……恋人」
思わず、うっと呻いてしまった。持田はすかさず、知ってる? と聞いてくる。もちろん、口パクでだ。
俺は迷うことなく思いきり首を振った。ここで下手なことを言ったが最後、ろくなことにならない。持田は目を細めて俺を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
「つっきーも知らないなら、やっぱりただの噂ってことかぁ。でも、噂だけじゃない気がするんだよね……」
「な、何で」
「うーん、推しへの勘?」
清良推しの嗅覚、おそるべし。
ちょうど昼休み終わりのチャイムが鳴ったので、持田は自分の席に戻った。俺は持田の言った「きよらんに恋人」がやたら耳に残って仕方がない。
(それ、一応、俺ってことだよな……?)
幼馴染も友達もずっと当たり前にやってきたのに、新しいその言葉だけがふわふわと宙に浮いている。
「こい、びと」
そっと口にした途端、急に体温が上がった気がした。
持田の残した言葉に引きずられ、午後の授業はずっと落ち着かないままだった。こんな日はポテチでも買って、さっさと家に帰ったほうがいい。
放課後、俺はすぐに教室を出た。
「あおちゃん!」
「へ?」
聞き慣れた声が俺を呼ぶ。反射的に振り向くと、やっぱり清良だった。軽く手を挙げて満面の笑みを浮かべながら走ってくる。
「よかった! 間に合って。一緒に帰ろう」
「あ……うん」
「すごく急いでたみたいだけど、なにか用事あった?」
「いや、別に。コンビニでポテチ買おうと思っただけ」
「じゃあ、一緒に行こ」
ふわりと笑う清良に思わず見惚れそうになる。
――最近は笑顔も柔らかいっていうか、こっちまでほわっと幸せになるような感じなんだよね。
(ああ、持田が言ったのはこれか)
「どうしたの?」
「何でもない」
ぶんぶん首を振ると、清良はくすりと笑った。俺が歩き出すと、すぐに隣に並ぶ。俺は黙ったまま、ずんずん歩いた。いつもならなにも考えなくても勝手に言葉が出るのに、今日は喉になにかつかえてるみたいだ。
昇降口で靴を履き替えていると、清良はさっと並んだ自販機の前に立った。あれ、と思う。いつもの自販機じゃない。近寄ると、ちょうど紙パックを二つ取り出したところだった。
「はい、あおちゃん」
「……コーヒー牛乳」
「うん。好きでしょ?」
「好きだけど」
う、と小さな呻き声が聞こえた。見上げると、清良の顏は真っ赤になっている。急にどうしたんだろ。
「いつものレモンスカッシュじゃないから、ちょっとびっくりした」
「あーー……。あおちゃん、考え事してる時はよくコーヒー牛乳買うじゃん」
「そう……だっけ?」
「うん。甘さが脳に効くって」
「お前のいちご牛乳の方が効きそう」
清良の手元を指差せば、形のいい眉が下がった。
「あおちゃんと一緒のにしようと思ったら……売り切れになったんだ」
うっすらと赤い顔で下を向きながら言うから、まるで小さな子どもみたいだ。そんなにしょんぼりしなくても、と言いたくなる。
「じゃあ、半分こするか」
「え?」
俺はもらったコーヒー牛乳にストローを差し込み、勢いよく吸い上げた。
甘い。
喉を通る冷たさとほろ苦さに、ほっと楽な気持ちになる。あっという間に半分飲んだところで、清良に差し出した。

