蝶々結び



日が暮れかけたころ、二人は広い芝生のある公園にやってきた。
 銀杏の葉がひらひらと舞い落ちる。
 オレンジ色の夕日が二人の影を長く伸ばしていた。

 敷いたシートの上で、お弁当を広げる。
「お、手作り?」
「はい。たいしたものじゃないですけど……」
「いや、こういうのが一番嬉しいんだよ。」
 陽向先生は、一口食べて目を細めた。
「うん、優しい味。結衣らしい。」
「……陽向先生、そうやってすぐ褒めるんだから。」
「だって、好きな人の作ったものは全部おいしいでしょ。」
「っ、も、もう……!!」
 俯いた顔が真っ赤になる。
 でも、嬉しくて、心がじんわり温まっていく。

 食べ終えるころ、空が少しずつ紫に変わっていった。
 冷たい風が頬をなでる。
 陽向先生は、コートのポケットに手を入れながら、ふと笑った。

「結衣、ちょっと手、出して。」
「え?」

 結衣が言われるままに左手を出すと、
 陽向先生はポケットから、赤い細いリボンを取り出した。

「……リボン?」
「うん。誕生日プレゼント。」
「え……?でも、これ……?」

 陽向先生は何も言わずに、
 そのリボンを結衣の薬指にくるりと巻きつけ、
 指先でゆっくり蝶々結びを作った。

 その距離、息が触れそうなほど近い。
 結衣の心臓が、どくん、と鳴る。
 彼の指先の温度が、直接、皮膚に伝わる。

「……陽向、先生……?」
 見上げた瞬間、陽向先生の瞳が真剣で。
 それは、いつもの優しい笑顔とは違っていた。

「結衣。今まで、いろんなことがあったけど……僕は、ずっとこれから先も、変わらず結衣のことを想う。
 この赤いリボンの蝶々結び。
 僕たちなら、何度ほどけても、きっと結び直せる。

 お互いを支え合って、もう二度とほどけない結び目を作っていこう。


――結衣。僕と、結婚してほしい。」

  風が、ふわりと吹いた。
 赤いリボンが少しだけ揺れ、秋空に透けて光った。

 結衣の視界が、にじんでいく。
 涙が頬を伝って、ぽたりと膝の上に落ちた。
「……陽向先生、…私っ……。」
 言葉が喉の奥でつまる。
 でも、心の中ではもう、答えは決まっていた。

 何度も、何度も心の中で繰り返してきた。
 この人となら、どんな困難も超えていける――そう思えるから。

 結衣は涙をぬぐいながら、微笑んだ。
 秋の光が彼女の頬を照らす。
 その笑顔は、春の日の花のように柔らかかった。

「……はい、何度でも。」

 その瞬間、風がまた吹いた。
 木々の葉が舞い上がり、黄金色の光がふたりを包み込んだ。
 まるで世界が、ふたりのために息を潜めているようだった。

 陽向先生は、そっと結衣の手を握る。
 結衣も、その手を握り返した。
 二人の間に結ばれた赤いリボンが、光の中で小さく揺れた。

 ――どんなに時が経っても、ほどけることのない、愛の蝶々結び。
 その結び目は、静かに、そして確かに、二人の未来を繋いでいた。



 空はもう藍色に変わり、最初の星が瞬き始めた。
 街灯の明かりが二人の影を長く伸ばす。
 遠くで、風に乗って鈴虫の声が響く。
 季節がまた、ひとつ進もうとしていた。

 結衣は、リボンを見つめながら小さく呟いた。
「碧さん、私はあなたを、愛しています。」
 陽向先生は微笑んで、結衣に優しく口づけた。
「結衣、僕もずっと愛してる。」

 その声が、夜空に溶けていった。
 ふたりの手の中で、小さな赤い蝶々結びが、今も静かに揺れていた。



ふたりの“蝶々結び”は、ほどけることなく――きっとこれからも、永遠に結ばれていく。









Fin.