蝶々結び

翌日の昼休み。

 休憩室の窓の外では、桜の花びらがもうすぐ散り終える頃。
 薄いピンク色の風がカーテンを揺らしていた。

 柚希はサンドイッチを片手に、いつもの調子で言う。

「結衣、最近、陽向先生に冷たくない?」

「そ、そんなことないわよ。」

 言葉を返す声が、少し早口になる。
 柚希はそれを逃さず、ニヤリと笑った。

「あるって~。だってこの前、先生が“お疲れさま”って声かけてたのに、聞こえないふりしてたでしょ?」

「……別に、聞こえなかっただけだもん。」

「はいはい、ツンデレさん。」

 あっさり言い切られて、結衣は頬をふくらませる。
 しかし、否定する言葉がすぐに出てこなかった。

(……確かに、あの時、聞こえてた。)
(でも、なんか……返すのが怖くて。)

 もし自分がいつも通りに微笑んで返したら、
 きっと“何も気にしてない”ふうに見えてしまう。
 それが嫌だった。
 気にしてることを、知られたくもあった。――そんな矛盾。

 柚希は紅茶を一口飲みながら、首をかしげた。

「そんなに心配なら、最初から付き合ってること公表しちゃえばいいのに~。」

「む、無理よ!病院でそんなことしたら噂になるでしょ!」

「でも、陽向先生だって別に隠したがってる感じじゃない気がするけど?」

「そ、そんなこと……。」

 図星。
 胸の奥に小さく刺さるその言葉を、結衣は飲み込む。

 柚希は、からかいながらも優しい目をしていた。

「ま、がんばれ恋するナースさん♡」

 軽口のようでいて、励ましでもある。
 その一言に、結衣は少しだけ笑った。







 午後。
 ナースステーションは、点滴の準備やカルテ整理で慌ただしくなっていた。

 その中で、結衣はふと佐々木さんの姿を探してしまう。
 彼女は真剣な表情でカルテを書き、他のスタッフに質問をしていた。

(……あの子、意外と真面目なんだよね。)

 仕事を覚えようと必死で、失敗してもへこたれない。
 だから、放っておけない。
 ……なのに、時々、あの屈託のない笑顔が胸をざわつかせる。

 ――そんな想いを抱えたまま、数日が過ぎた。