蝶々結び

――あの日の告白から、一週間が経った。

 季節はゆっくりと冬へ向かい、朝の空気が頬をかすめるたびに、少しだけ身を縮めたくなるような冷たさを帯びていた。
 結衣はいつものように、まだ少し眠そうな顔で洗面所の鏡を覗き込む。

 「……よし。」

 軽く頬を叩いて気合を入れ、髪を後ろでまとめる。少し伸びた前髪が頬に触れ、その感触にふっと笑みがこぼれた。

(まだ……信じられないな。私、本当に陽向先生と“付き合ってる”んだ……)

 そう思うたびに胸がくすぐったくなる。
 ほんの一週間なのに、世界の色が少し変わって見える。
 窓の外の朝焼けでさえ、前よりも柔らかく優しく見えた。

 テーブルの上に置いた携帯が小さく振動する。画面には、"陽向 碧"の名前。

 「おはよう。今日の朝ごはん、ちゃんと食べた?」

 その短いメッセージだけで、心の奥がじんわり温まる。
 たったそれだけの言葉なのに、まるで「おはよう」の声がすぐ隣で聞こえるようだった。

 結衣は口元を押さえながら、小さく笑う。
 そして指先で画面をなぞり、返信を打ち込む。

 「もちろんです。陽向先生こそ、朝ごはん抜きじゃないですよね?」

 送信して数秒後、すぐに“既読”がついた。
 彼の性格からして、きっとベッドの端で髪をかきあげながら打っているのだろう。
 そんな姿まで頭に浮かんで、自然と頬が熱くなる。

 そして返ってきた返信。

 「あ。……バレたか。じゃあ橘さんに怒られそうだから、今から食べます。」

 ――まるで子どもみたい。
 思わず、声が出そうになるのをこらえて笑う。
 その軽いやり取りが、彼との“日常”になっていることが、なんだか信じられなくて愛おしかった。

 出勤のために白いカーディガンを羽織り、コートを肩にかける。
 外に出ると、吐く息が白く揺れた。
 街の並木道には落ち葉が舞い、空気の中に冬の匂いが混じっている。
 冷たいけれど、どこか心地いい――そんな朝だった。