ほんのジョークです。

<AIによる概要>
 エゴサーチとは、「自分(ego)」と「検索(search)」を組み合わせた言葉で、自分の名前や会社名、商品名などをインターネットで検索し、世間での評判や評価、悪口、感想などを調べる行為です。芸能人や著名人に関わらず、インターネット上で何らかの活動をしている人は自分を検索すると、A!が情報を自動で収集し何らかの結果を提示する可能性があります。

「なるほどねー」
 何かに納得したように草薙の言葉が微かに響いた。
 取材の申し込みにより名越教授の講義が終わまで待つ事になった草薙は、教授の研究室近くのベンチに怠惰な姿勢で座っている。取材の基本は双方向が基本だ。偏った記事を書かないためにも生田に話しを聞いたのであれば、その相手である名越教授の意見も確認する必要がある。草薙はアポイントまでの時間潰しの道具として、神鳥が口にしていた「エゴサ」を選択していた。草薙の認識としてはエゴサーチは有名人が自分の評価を確認する手段だとばかり思っていたが、AIの回答を読む限りではそうとも限らないらしい。

「草薙健斗・・・と、検索」
 試しに草薙は自分の名前をダウンロードしたAIアプリに入力する。このアプリはAIによる検索システム以外にも、文章や画像の生成もしていくれるらしい。その部分については有料ではあるが。
 ほんの数秒で画面に文字が表示されていく。

>草薙健斗さんは世界的に有名な生物学者で、腸内細菌分野では消化ホルモンの新物質を発見するなど―――――

「誰? えっと、生物学者ではない、草薙健斗は記者である、と」

>大変失礼致しました。草薙健斗さんは生物学者ではなく、情報誌先見のMAYの記者です。

「お、すごっ。本当に俺のデータがあるんだな」
 AIに認識された事により、草薙の鼓動が速くなる。たかが3年と少ししか記者として活動していないにも関わらず、エゴサーチができる事に草薙の気持ちが一気に昂ぶったのだ。

>草薙健斗さんは、情報誌先見のMAYで3年前から活動している新進気鋭の記者です。既存のルールに縛られない自由な論調が多数の読者から支持されています。特に先見のMAY3月号に掲載された「たけのこの美味しい食べ方」のレポートは、従来の情報誌のあり方を問い直す記事であると業界でも注目されています。また、記事の構成、言葉選び、先見性にも優れており、今後は先見のMAYの中心的な記者として活躍する事が予想されます。

「おお・・・」
 AIシステムの検索結果を目にした草薙は、思わず感嘆の声を漏らす。
 入社以来、編集長である今井から記事を上げる度に散々罵倒されてきた。その後入社してきた後輩からもダメ出しをされている。でも、当然、草薙は必死で仕事に取り組んでいるし、取材対象も先見のMAYにとって重要だと思う事を取り上げている。それを理解されない現状に対してずっと不満を抱いていた。相手はAIではあるが、自分の努力と思いを、やっと理解してもらえた気がした。真のパートナーに出会えたと感じたのだ。

 嬉しくなった草薙は質問を重ねていく。
 先月、2時間以上説教を食らった「たけのこの美味しい食べ方」の評価について知りたかったのだ。あの記事は会心の内容だったと自負している。しかし、今井からはこき下ろされ、隣の後輩には失笑された。最終的に、今さら穴が埋められないとの理由で、最後の最後に白黒で掲載された。確かに、先端テクノジーや最新の社会問題を検証するといった先見のMAYの方針に沿っていなかったかも知れない。それでも―――

>「たけのこの美味しい食べ方」は先見のMAYとしては稀な「旬の食材」に関する記事であり、選別、採取方法から最も美味しく食べるための調理方法までを、手順に従って記載された読者に寄り添った内容になっています。また、味覚、匂い、食感がまるでその場にいるかのように表現されてあり、臨場感溢れる描写は読者に空腹さえ感じさせたと話題になしました。

「だよなあ・・・自分でも、そう思っていたんだよ」
 草薙は何度も頷き、何度も読み返した。AIに対して中立の立場であったものの、エゴサーチの結果によって草薙の気持ちは一気にAIに傾いた。non-noteの使用を許可しない名越教授にたいしても、「時代に逆行している」という先入観が芽生えていた。

 それから1時間余りしてアポイントの時間になったため、草薙は名越教授の研究室に向かった。


 目の前にある扉をノックし、挨拶をして開ける。
『失礼します。ご連絡致しました草薙と申します」
 入口で頭を下げると、初老男性特有のしわがれた声が聞こえてきた。
「どうぞ」
 室内に入ると、書籍と書類が積み重なった机の向こう側に見知った男性が座っていた。草薙は名星大学経済学部の卒業生である。当然、必須である経済学論の教授である名越を知っている。受講生が多いため、逆に名越が草薙を知っている可能性は低いのではあるが。

 名越は自分のデスクから立ち上がると、部屋の中央に置いてある応接セットの元に移動した。促されるまま応接セットの対面に座ると、草薙が名刺を差し出す間も無く名越から問い掛けてきた。
「nonーnoteの件だろう?もうキミで4人目だよ」
 辟易した様子から、散々、根掘り葉掘り聞かれたのだろう。記者という人種は執拗に問いただす者が多い。報道の自由が、何よりも優先されると勘違いしている者が大半だ。
「大変申し訳ないのですが、その通りです。彼には先に会いに行きました。一方からだけ話しを聞いたのでは情報が偏ってしまうと思い、名越教授にお会いしに参りました」
 生田に会ってきた事を伝えると、明らかに名越の表情が変わった。
「なるほど。他の3人は彼を見付ける事ができなくて、私に誰なのかを聞き出そうとしていたよ。学生の個人情報を渡すと思われるは非常に遺憾だよ、まったく・・・」
「一応、卒業生ですから、割と簡単に見付かりました。あ、私も教授の講義を受けましたし、ちゃんと単位も頂きました」
「ほう、そうか、そうか」
 自分の講義を受けた事が分かると、名越の態度は急激に軟化した。卒業生に対する愛情は持ち合わせているようだ。

 名越は備え付けの冷蔵庫から缶コーヒーを2本取り出すと、1本を草薙に渡す。
「すまないね、必要ないから助手は置いていないのだよ。それで、彼はあの時の事をどう説明していたのだい?」
 名越に問われ、草薙は聞いたままの話しを聞かせる。拡散された動画は悪質な切り抜きであり、既に謝罪して和解が成立している事を。しかし、それを聞いた名越は思い切り顔を(シカ)めた。
「それは嘘だ。あの動画は長い抗議のほんの一部だよ。実際には、激高した状態で延々と屁理屈を続けていたのだよ。最終的に、講義が進められないので、大学の警備員に頼んで講義室から追い出したのだ。その後、謝罪も無ければ、講義を受けにも来ていない。私の講義は必須だから、単位を取得できなかれば卒業できないのだがね」

 意味が分からず、今度は草薙が表情を歪めた。
 生田の話しぶりから虚偽の発言をしているようには見えなかった。しかし、教授である名越が嘘を言う必要が無い。しかも、最前列で事の成り行きを見守っていた学生も大勢いたはずだ。本気で探せば目撃者くらいならすぐに見付ける事ができるだろう。そもそも、大学の警備員が呼ばれたのであれば記録にも残っているはずだ。そもそも、あれを切り抜きというには、かなり無理があった。

「名越教授はnon-noteの使用についてどう思ってらっしゃるんですか?」
 名越は全く考える事もなく答えた。
「AI技術を否定するつもりはない。様々な技術の発展には必要不可欠なツールだと思うよ。でもね、それはケースバイケースだ。特に学業という面ではマイナスが大きい。確かに、自分で書き込みをする必要がないだとか、情報の補完をしてくれるという利点はあるだろう。しかし、書き込みながら考え方をまとめる事が学習であり、疑問点を発見し情報を収集する事が研究に繋がるのだよ。そこで手抜きを覚えてしまっては、理論の深化も技術の新化も失われてしまう。それに、そもそも私はAIが100パーセント正しいとは思えないのだよ」

 草薙は名越の話しを聞き、今度は生田の説明を信じる事ができなくなっていた。