翌日の午後、名星大学のキャンパスに草薙の姿があった。留年している学生も多いため、特別目立つということもない。
大学のサークル活動は運動部を除き、午後から深夜にかけてが大半だ。大学の講義がある事も理由の1つではあるが、惰眠の優先順位が何よりも勝るからだ。起床時刻が午後、などという学生は多い。草薙は4年前の記憶を頼りに、研究会などという大仰な名前が付けられた文科系サークルの拠点がある研究棟に向かう。研究会という名称であっても、何かを研究している可能性は低い。ちゃんと研究活動しているのは、ロボットコンテストや鳥人間コンテスト系のサークルだけだろう。
「すいません、パソコン研究会ってどこですか?」
前方から歩いて来た男子学生に、草薙は近寄りながら声を掛けた。
「そこの3階」
「ありがとう」
学生は視線を合わせる事もせず、擦れ違う時に近くの建物を指差した。偶然かも知れないが、草薙は文科系サークルで積極的に活動をしている人と目が合った記憶がない。
学生が示した建物は、情報処理関係の研究室が集中している研究棟だった。情報処理分野の研究はセキュリティの管理が厳しく、立入許可等の手続きが面倒なケースが多い。そのため、草薙は大きなため息とともに足を動かした。身分証の提示や目的を訊ねられたときの対応を思い浮かべながら建物の中に入る。しかし、実際に足を踏み入れると各研究室単位のセキュリティシステムが稼動しており、建物に入るだけであればフリーパスだった。
草薙の在学中にはそれほど重要視されていなかった分野であるが、ここ数年で経済学部に情報処理経済学科だとか、情報分析経営学科だのという新しい学科も新設された。情報の収集と分析、管理は今後も重要になる分野である。基本的には理系に分類される分野ではあるが、学生獲得のため強引に経済関連に含めたと思われる。
草薙は研究棟の階段を使い3階を目指す。数分後、日頃の運動不足もあり脹脛をプルプルとさせながらも、どうにか目的地の3階フロアに辿り付いた。草薙の視線が正面の壁に貼られた案内板をなぞる。そして、一番日当たりと風当たりが悪そうな位置にある「パソコン研究会」という名前で止まった。一日中閉め切っているのだから、エアコンさえあれば環境はどうでも良いのかも知れない。
「こんにちは」
草薙が中に向かって声を掛けながら、縦長の持ち手が付いたドアをスライドさせる。
パソコン研究会の内部は縦横5メートル程の空間で、5個1列の机が3セット並んでいた。各机にはデスクトップのパソコンが設置されていて、各々がパーテーションで区切られている。まるでパソコン教室のように見える。草薙は室内を一通り見渡してみたが、今この場にいるサークルのメンバーは一番手前の席に座っている女子大生だけだ。
密室で1対1の会話は色々と問題が起きる可能性があるため、草薙は出直そうと思い踵を返す。しかし、その途中で女子生徒が見詰めていたパソコンの画面が視界に入って足を止めた。
「ワールドソルジャー」
草薙は自分が熱中しているゲームであったため、思わずゲーム名を溢してしまう。「しまった」と思ったものの、それによって今まで無関心だった女子大生の視線が草薙に向けられた。目が合ってしまった草薙は反射的に謝罪の言葉を口にした。
「自分もやっているゲームだったから、つい。申し訳ない、覗くつもりはなかったんだ」
「ワールドソルジャー」はその名の通り、様々な武器を使用し対戦するゲームだ。公式の大会等は4対4のチーム戦であるが、1対1や多人数同士の対戦も可能だ。職業や武器の多さ、操作性の高さ等の理由から世界的に人気があるゲームである。ツッパリーズは外出中用であり、帰宅するとゲーム専用のパソコンで毎日ログインしている。睡眠時間と持ち帰り残業の時間を削っているだけあり、上から数えて2番目のゴールドランクである。参加者の10パーセント未満と言われるレベル帯で、草薙自身もそこそこ上手いと自負している。
「オジサンもやってるの?」
「オ、オジサンって、まだ26歳・・・えっと、まあ、それなりには強いかな」
「ふうん」
目の前の女子大生はシルバーメッシュのロングボブで、顔の半分はありそうなメガネを掛けている。口は動いているものの、細い指先はキーボードに添えられたままだ。
「あのさ、もし私に勝てたらnon-noteを使ってた人を教えても良いよ。どうする?」
彼女はどうやら、草薙の目的に気付いているとうだ。その上で、「対戦して勝てたら情報提供しても良いよ」と挑発してきたのである。記者である前にゲーマーである草薙は、ニヤリと笑みを浮かべて容易くその挑発に乗ってしまった。女子大生の隣のブースを借り、パソコンを起動する。いつもと違う環境であるが、それを言い訳にするほど機材は悪くない。
「私はサブアカで対戦するから、もしかすると勝てるかも知れないよ」
「サ、サブアカ・・・」
絶対に泣かしてやる!!と闘志を燃やして対戦準備をする草薙に対し、女子大生は余裕綽々といった様子で椅子に体重を預けたまま足をブラブラしている。
「よし、準備完了したぞ。小娘、絶対に、泣かせてやるからな!!」
結論から言うと、草薙はタマネギという名前のサブアカに1発も当てることもできずに5連敗した。
草薙は強者と言われるゴールドランクのゲーマーだ。しかも、バリバリ課金してきたメインアカウントで対戦した。しかし、全く彼女の相手にはならなかった。キャラクターのスペック的には、重課金者の草薙が50万円分は勝っていた。しかし、キャラクターの操作、先読み、エイムのレベルが段違いだった。おそらく、彼女のメインアカウントはプラチナランク、しかも上位ランカーに違いない。
「オジサンは、まあまあ強いと思うよ。だけど、何回やっても私に勝てる可能性はゼロだね」
ベコベコにゲーマー魂を折られた草薙は、そんな悪態にも全く言い返すことができなかった。しかも、本来の目的である情報収集さえもさせてもらえない。草薙は「ぐぬぬ」とマンガのような呻き声を洩らしながら、パソコンの画面睨み付けるしかできなかった。
その時、ゆっくりとパソコン研究会のドアが開いた。
そこから顔を見せたのは、金髪をエミューのようにセットした男子学生だった。特殊なカツラでも装備しているのかと疑うレベルで、とてもファンキーな髪型だった。そんな彼が、見た目と違う爽やかな声で挨拶をした。
「おはよう。神鳥君は今日も当たり前のようにいるんだね」
「おはようございます、隊長」
「隊長?」
神鳥は草薙の方に視線を送ることもなく、淡々とした口調で説明する。
「パソコン研究会では、まとめ役を隊長って呼ぶルールだから」
それによって、3人目の存在を認識した隊長は、視線を神鳥から草薙に移して動きを止めた。
「えっと、誰かな?」
明らかに新入生には見えないため、そういう質問になるのも仕方がないことだと思える。明らかな不審人物が座っているのである。
「情報誌先見のMAYで記者をやっている、草薙と言います」
誤魔化そうとも考えたが、草薙は正直に名乗る方を選択した。正直者というより、設定通りの言動など面倒臭くてできないからだ。
隊長は草薙から名刺を受け取ると、神鳥と同様の反応を示した。
「ああ、non-noteの件ですね。何人が取材が来ましたけど、全てお断りしました。サークルメンバーの個人情報を漏らすような事なんてできませんから」
「そう、ですよね。失礼しました」
確かに、もっともな事である。例えサークル活動とはいえ、本人から提供された個人情報には守秘義務があるのだろう。
仕方なく退室しようとする草薙の背後から、隊長が声を掛けた。
「草薙さん、神鳥君とワールドソルジャーで対戦していたようですが、ツッパリーズというソシャゲをご存知ですか?」
「ツッパリーズ」とは、ツッパリ少年になって全国のツッパリと戦い、全国制覇を目指すというゲームである。現在最も熱いソーシャルゲームと言われ、草薙がワールドソルジャー同様に重課金しているアプリはこのツッパリーズである。今日もログインボーナスを受け取り、イベントの周回をしていた。
「当然です」
隊長の目がギラリと光った。
「現在開催されているイベントアイテムであるツッパリ棒・・・10本で口が滑ってしまうかも知れません」
草薙は即座にスマートフォンを操作するとツッパリーズにアクセスし、素早く隊長にフレンド申請する。フレンドになった隊長のアカウントに、レアアイテムであるツッパリ棒を10本プレゼントした。
「明日の14時に、またここに来て下さい」
ニマニマと悪い笑みを浮かべる隊長の後ろで、神鳥が大きくため息を吐いていた。
大学のサークル活動は運動部を除き、午後から深夜にかけてが大半だ。大学の講義がある事も理由の1つではあるが、惰眠の優先順位が何よりも勝るからだ。起床時刻が午後、などという学生は多い。草薙は4年前の記憶を頼りに、研究会などという大仰な名前が付けられた文科系サークルの拠点がある研究棟に向かう。研究会という名称であっても、何かを研究している可能性は低い。ちゃんと研究活動しているのは、ロボットコンテストや鳥人間コンテスト系のサークルだけだろう。
「すいません、パソコン研究会ってどこですか?」
前方から歩いて来た男子学生に、草薙は近寄りながら声を掛けた。
「そこの3階」
「ありがとう」
学生は視線を合わせる事もせず、擦れ違う時に近くの建物を指差した。偶然かも知れないが、草薙は文科系サークルで積極的に活動をしている人と目が合った記憶がない。
学生が示した建物は、情報処理関係の研究室が集中している研究棟だった。情報処理分野の研究はセキュリティの管理が厳しく、立入許可等の手続きが面倒なケースが多い。そのため、草薙は大きなため息とともに足を動かした。身分証の提示や目的を訊ねられたときの対応を思い浮かべながら建物の中に入る。しかし、実際に足を踏み入れると各研究室単位のセキュリティシステムが稼動しており、建物に入るだけであればフリーパスだった。
草薙の在学中にはそれほど重要視されていなかった分野であるが、ここ数年で経済学部に情報処理経済学科だとか、情報分析経営学科だのという新しい学科も新設された。情報の収集と分析、管理は今後も重要になる分野である。基本的には理系に分類される分野ではあるが、学生獲得のため強引に経済関連に含めたと思われる。
草薙は研究棟の階段を使い3階を目指す。数分後、日頃の運動不足もあり脹脛をプルプルとさせながらも、どうにか目的地の3階フロアに辿り付いた。草薙の視線が正面の壁に貼られた案内板をなぞる。そして、一番日当たりと風当たりが悪そうな位置にある「パソコン研究会」という名前で止まった。一日中閉め切っているのだから、エアコンさえあれば環境はどうでも良いのかも知れない。
「こんにちは」
草薙が中に向かって声を掛けながら、縦長の持ち手が付いたドアをスライドさせる。
パソコン研究会の内部は縦横5メートル程の空間で、5個1列の机が3セット並んでいた。各机にはデスクトップのパソコンが設置されていて、各々がパーテーションで区切られている。まるでパソコン教室のように見える。草薙は室内を一通り見渡してみたが、今この場にいるサークルのメンバーは一番手前の席に座っている女子大生だけだ。
密室で1対1の会話は色々と問題が起きる可能性があるため、草薙は出直そうと思い踵を返す。しかし、その途中で女子生徒が見詰めていたパソコンの画面が視界に入って足を止めた。
「ワールドソルジャー」
草薙は自分が熱中しているゲームであったため、思わずゲーム名を溢してしまう。「しまった」と思ったものの、それによって今まで無関心だった女子大生の視線が草薙に向けられた。目が合ってしまった草薙は反射的に謝罪の言葉を口にした。
「自分もやっているゲームだったから、つい。申し訳ない、覗くつもりはなかったんだ」
「ワールドソルジャー」はその名の通り、様々な武器を使用し対戦するゲームだ。公式の大会等は4対4のチーム戦であるが、1対1や多人数同士の対戦も可能だ。職業や武器の多さ、操作性の高さ等の理由から世界的に人気があるゲームである。ツッパリーズは外出中用であり、帰宅するとゲーム専用のパソコンで毎日ログインしている。睡眠時間と持ち帰り残業の時間を削っているだけあり、上から数えて2番目のゴールドランクである。参加者の10パーセント未満と言われるレベル帯で、草薙自身もそこそこ上手いと自負している。
「オジサンもやってるの?」
「オ、オジサンって、まだ26歳・・・えっと、まあ、それなりには強いかな」
「ふうん」
目の前の女子大生はシルバーメッシュのロングボブで、顔の半分はありそうなメガネを掛けている。口は動いているものの、細い指先はキーボードに添えられたままだ。
「あのさ、もし私に勝てたらnon-noteを使ってた人を教えても良いよ。どうする?」
彼女はどうやら、草薙の目的に気付いているとうだ。その上で、「対戦して勝てたら情報提供しても良いよ」と挑発してきたのである。記者である前にゲーマーである草薙は、ニヤリと笑みを浮かべて容易くその挑発に乗ってしまった。女子大生の隣のブースを借り、パソコンを起動する。いつもと違う環境であるが、それを言い訳にするほど機材は悪くない。
「私はサブアカで対戦するから、もしかすると勝てるかも知れないよ」
「サ、サブアカ・・・」
絶対に泣かしてやる!!と闘志を燃やして対戦準備をする草薙に対し、女子大生は余裕綽々といった様子で椅子に体重を預けたまま足をブラブラしている。
「よし、準備完了したぞ。小娘、絶対に、泣かせてやるからな!!」
結論から言うと、草薙はタマネギという名前のサブアカに1発も当てることもできずに5連敗した。
草薙は強者と言われるゴールドランクのゲーマーだ。しかも、バリバリ課金してきたメインアカウントで対戦した。しかし、全く彼女の相手にはならなかった。キャラクターのスペック的には、重課金者の草薙が50万円分は勝っていた。しかし、キャラクターの操作、先読み、エイムのレベルが段違いだった。おそらく、彼女のメインアカウントはプラチナランク、しかも上位ランカーに違いない。
「オジサンは、まあまあ強いと思うよ。だけど、何回やっても私に勝てる可能性はゼロだね」
ベコベコにゲーマー魂を折られた草薙は、そんな悪態にも全く言い返すことができなかった。しかも、本来の目的である情報収集さえもさせてもらえない。草薙は「ぐぬぬ」とマンガのような呻き声を洩らしながら、パソコンの画面睨み付けるしかできなかった。
その時、ゆっくりとパソコン研究会のドアが開いた。
そこから顔を見せたのは、金髪をエミューのようにセットした男子学生だった。特殊なカツラでも装備しているのかと疑うレベルで、とてもファンキーな髪型だった。そんな彼が、見た目と違う爽やかな声で挨拶をした。
「おはよう。神鳥君は今日も当たり前のようにいるんだね」
「おはようございます、隊長」
「隊長?」
神鳥は草薙の方に視線を送ることもなく、淡々とした口調で説明する。
「パソコン研究会では、まとめ役を隊長って呼ぶルールだから」
それによって、3人目の存在を認識した隊長は、視線を神鳥から草薙に移して動きを止めた。
「えっと、誰かな?」
明らかに新入生には見えないため、そういう質問になるのも仕方がないことだと思える。明らかな不審人物が座っているのである。
「情報誌先見のMAYで記者をやっている、草薙と言います」
誤魔化そうとも考えたが、草薙は正直に名乗る方を選択した。正直者というより、設定通りの言動など面倒臭くてできないからだ。
隊長は草薙から名刺を受け取ると、神鳥と同様の反応を示した。
「ああ、non-noteの件ですね。何人が取材が来ましたけど、全てお断りしました。サークルメンバーの個人情報を漏らすような事なんてできませんから」
「そう、ですよね。失礼しました」
確かに、もっともな事である。例えサークル活動とはいえ、本人から提供された個人情報には守秘義務があるのだろう。
仕方なく退室しようとする草薙の背後から、隊長が声を掛けた。
「草薙さん、神鳥君とワールドソルジャーで対戦していたようですが、ツッパリーズというソシャゲをご存知ですか?」
「ツッパリーズ」とは、ツッパリ少年になって全国のツッパリと戦い、全国制覇を目指すというゲームである。現在最も熱いソーシャルゲームと言われ、草薙がワールドソルジャー同様に重課金しているアプリはこのツッパリーズである。今日もログインボーナスを受け取り、イベントの周回をしていた。
「当然です」
隊長の目がギラリと光った。
「現在開催されているイベントアイテムであるツッパリ棒・・・10本で口が滑ってしまうかも知れません」
草薙は即座にスマートフォンを操作するとツッパリーズにアクセスし、素早く隊長にフレンド申請する。フレンドになった隊長のアカウントに、レアアイテムであるツッパリ棒を10本プレゼントした。
「明日の14時に、またここに来て下さい」
ニマニマと悪い笑みを浮かべる隊長の後ろで、神鳥が大きくため息を吐いていた。



