ほんのジョークです。

 草薙は人通りが少ない道路に面した雑居ビルの、薄汚れた非常階段を使って外に出る。
 月刊情報誌である「先見のMAY」は、かなりマイナーな雑誌である。一応、大手の出版社が発行しているものの発行部数も少なく、編集部は本社ビルから追い出されてしまった。本社とは全く違う場所にある、都外の安い賃貸ビルに押し込められている。所属員は編集長の今井、記者として草薙と石原、2人の中堅社員、それに加え編集や事務周りの社員が2名。合計7人の編成だ。少人数であるが、月刊誌のためどうにか回っている。
 「販売部数がコンスタントに1万部を超えるようになれば本社ビルに復帰させる」と、言い渡されているようだが、編集長の今井が言うには、「AIに訊ねたところ、偶然世界的なスクープをすれば、3ヶ月程度達するかも知れない」とのことだった。少人数の部署であるため残業や理不尽な仕事の割り振りもあるが、基本的には安穏とした環境であり草薙は嫌いではなかった。

 草薙はスマートフォンで、先程石原から提供された動画を再度再生し、歩きながら情報の収集を始める。しかし、インターネットを利用した情報収集能力は小学生よりも低い。それでも、インターネット上に散らばる動画情報を拾い集めていると、撮影された大学名が見付かった。
「名星大学、ね」
 私立名星大学は、有名国立・私立大学の1ランク下と認識されている大学群に含まれている。有名大学が不合格になっても、ここに合格していれば浪人しない、という受験生は多い。当然、ここを目標にして勉学に励む受験生も多数存在する。
「ここなら、小賢しい学生がいても不思議ではないな」
 草薙が呟いたように、中途半端に「デキル」ため、小理屈をこねる面倒臭い学生が多い。特に毎年この時期、4月の下旬に問題が発生し、ときどき新聞沙汰になることがある。去年は、「大学の教授がテレビに出演した際のコメントが納得できない」という理由で、新入生が教授の自家用車を破壊するという事件が発生した。昭和時代の校内暴力でもあるまいし、さすがに時代遅れだと草薙も呆れた。
「ああ、面倒臭い」
 草薙はすっかり葉桜になった並木通りを、事務所の最寄り駅に向かって歩き続けた。


 私立名星大学前に立ち、草薙は久し振りに見る光景に嘆息する。草薙は4年前の卒業生だ。騒ぎを起こすような学生ではなかったが、真面目に学業に励むような学生でもなかった。たった4年程度で変わるものなど何も無く、瑞々しい大学生の後を俯き気味に大学内に足を踏み入れた。
 名星大学は文系の学部をほぼ網羅している、典型的な私立文系の大学だ。理系の学部は無い。基本的に法学部、人文学部の偏差値が高く、経済学部が低くなる。どこの大学でも、この傾向は変わらないだろう。経済学部の定員が一番多く、毎年問題を起こすのも経済学部の学生だ。そして、突然不登校になったり、夜の街に飲み込まれたりして留年する数が多いのも経済学部だ。草薙がそうであった様に、講義にも殆ど出席せず、最低評価でどうにか単位を取得する者が大半を占めている。問題ばかりであるが、資金面で考えると経済学部が最も貢献しており、大学の経営を考えると無碍にはできない存在である。

 無意識のうちに、草薙の足が学生時代に使っていた通路を選んで進んで行く。
 学生数は1万人以上在籍しているが、今回も問題を起こしたのは経済学部の学生だと、草薙は決め付けている。そして、その予想も外れていないと確信している。
「さてと、どうしたものかねえ・・・」
 自動販売機で紙コップのコーヒーを買い、それを啜りながら草薙は思考を巡らせる。
 再度見返した動画に映っている背景に注目すると、そこは草薙にとって馴染みのある風景だった。現在、草薙が見詰めている校舎内の、1階にある講義室がその場所だ。動画の拡散状況を考えると、ここに集る生徒は、全員が何かしら知っているのではないかと思われる。ただ逆に言えば、メディアにも取り上げられたりもしたため、non-noteの話題は警戒されて、話してもらえないのではないかとも思えた。
「・・・とはいえ、声を掛けないことには仕事にならないからなあ」
 講義が終わり、ゾロゾロと建物から出てくる学生を眺めながら草薙が立ち上がる。記者も4年目になると、インタビューに答えてくれそうな人物は、雰囲気で選別できるようになる。早速ターゲットを絞った草薙は、少し離れた場所を歩いている2人組みの男子学生に歩み寄った。

「ちょっといいかな。少し話しを聞かせて欲しいんだけど」
 軽い調子で声を掛けると、2人組の男子学生はその場に立ち止まった。話しを聞こうとするならば、1人より複数人のグループに声を掛けた方が警戒心が低い。しかし、それも3人までだ。それ以上になると話しが前に進まなくなるし、余計な事を吹き込んだり、掻き混ぜたりする人間が必ずでてくる。高額な情報料を要求されることもある。
 怪訝そうな表情を見せる2人に、隠すことなく草薙は名刺を差し出して名乗った。ここで下手に誤魔化すと、どうしても胡散臭くなってしまうからだ。この業界は信用が第一だと草薙は考えている。
「先見のMAY、とういう情報誌の記者をやっている草薙と言います」
 そこまで名乗った時点で、2人は何の話しを聞きたいのか察した様子だった。互いに顔を見合わせ、目配せをした。
「雑誌の記者が、勝手に学内に入るとかヤバイんじゃないですか?」
「そうそう、通報されますよ」
 1人が口を開くと、もう1人が追随する。よくあるパターンである。こういう場合、逆に1人が味方になると一気に話しが進むものだ。
「それは大丈夫ですよ。これでも4年前の卒業生なので。必要であれば単位が取りやすい講義とか、簡単なゼミとかの情報も知ってますよ。楽しい大学生活を送るためには、要領よく単位を取得することが大事だと思いますけどね」
 2人は草薙の言葉に顔を見合わせる。卒業生という単語は魔法の言葉だ。それだけで一気に信用度が高まる。そこに加え、単位が取りやすい講義やゼミの情報。もう一押しすれば1年生は落とせるに違いない。
「Aランチ、奢りますよ」
 Aという言葉に反応し、2人は再び顔を見合わせて頷いた。学生の主食は500円のBランチだ。800円のAランチを食べることなど、卒業するまでに何度もない。


「改めて、草薙です。よろしくお願いします」
 Aランチを3セット並べて4人がけのテーブルに座る。経済学部の1年生である2人は、但馬と御崎と名乗った。偽名を使う理由もないため、本名で間違いないだろう。Aランチを食べながら、先に講義やゼミについての情報を軽く提供する。どの講義のテストが持ち込み可能だとか、教授の笑える小ネタを交えながら緊張を解し、2人が笑顔を見せるようになって本題に入る。

「それで、もう察っしてるとは思うけど、non-noteについて取材をしているんだよね」
 完全にアイスブレイクができている状態で、草薙がダイレクトに取材内容を明かした。2人は少しも驚くことなく首肯した。
「そうでしょうね。動画アプリで拡散されましたから」
「でも、学内ではそれほど話題にもなってませんでしたよ。というより、誰も気にしていなかったといった方がいいですかね」
 2人の意外な回答に、草薙が驚いて聞き返した。
「マジで?」
「マジですよ。そもそも、あのnon-noteっていうアプリは大学の中では流行っていないですよ」
「僕は使った事がありますけど、わざわざ教授に逆らってまで使う理由がないですしアンストしました。無理して使って単位落としたらバカみたいですし。そもそも、あの講義は必修ですから」

 2人から聞いた話に草薙は納得する。草薙はAI関連に詳しくはないが、一応情報誌の記者として様々な媒体のニュースはチェックしている。それでも、non-noteの記事を見掛けた記憶がない。特定のメディアで少し取り上げられたと石原から聞きはしたが、インターネット上の騒ぎも不自然なほどに情報が無かった。そもそも、あの動画で見たように、単位を落とす可能性が高いにも関わらず、激昂する教授に盾突く理由が無い。
「確かに・・・で、あの動画に映ってた人って分かる?」
 本命の問いに対して、同時に2人が首を横に振る。
「まだ入学して1ヶ月も経ってないですし、同じ高校だった人以外は殆ど分からないですね。それに、あの講義って受講生が500人以上いるんですよ」
「あっ、でも、誰かがパソコン研究部がどうとかって、そんなことを言っていた気がします。本当かどうかは自信は無いですけど」
 一応ヒントらしい言葉を聞き出した草薙は、ひとまずここで区切りを付けることにした。これ以上粘ったとしても、情報が出てくるとは思えなかったからだ。
「2人ともありがとう。大学の講義とかで知りたい事があったら気軽に連絡して。ショートメールで大丈夫だから」

 草薙は2人と連絡先を交換して、今日のところは一旦帰社することにした。