クラッカー

<AIによる概略>
 「non-note」とは、主に学習支援AIアプリのことで、授業の録音から文字起こし、要約、AIへの質問までを自動で行い、面倒なノート作成を効率化し、復習をサポートするツールです。音声だけでなく、PDFやWebリンクなども取り込み、教材の一元管理と学習の自動化を実現します。 更に、担当教授の氏名、経歴等の個人情報および、過去問題等のデータを読み込ませることで、試験の傾向と対策、試験テストの予想、模範解答を作成することが可能です。

「こりゃ、マジですごいな」
 草薙はnon-noteの概略を読むと、その性能の高さに舌を巻いた。
「時代はAIですよ、先輩。一生懸命ノートに書き込んだり、重たい教科書持って歩いたりとか、もう遠い昔の話なんですよ」
 確かに、と石原の悪態にも草薙は頷いてしまう。これ程の機能があれば、使わない方が非効率だと思える。
「で、これのどこが問題なんだ?俺の時代と比較しても、圧倒的に効率的な気がするんだが」
 草薙が問うと、石原が自分のスマートフォンを操作して画面を見せ付ける。
「これですよ、これ」
 草薙がスマートフォンの画面を覗き込むと、そこには大学の講義室のような場所で言い争う中年の男性と若者が映っていた。説明されなくても、大学の講義中に教授と学生がnon-noteの使用について揉めている事が想像できる。

 1分程度の動画を再生し終えると、石原がスマートフォンを自分のデスクに置いて話し始めた。
「見た通りですよ。講義中にnon-noteを起動していた学生が、それを見付けた教授に使用を止めるように注意されているところです。学生は効率面から使用していたんですけど、教授は自分の講義では認めないと」
「ああ、まあ、確かに、講義を聞いて文字にするまでが学習という考え方は理解できる。実際、要約する作業で思考がまとまったりするものだしな。そもそも、教授が禁止している行為を指摘されて逆ギレしてみても、単位を落とされるだけだよなあ」
 石原が人差し指を立てて左右に振る。
「チッチッ、その辺りの事を調べて記事にするのが先輩の任務なんじゃないんですか?」
 一言も反論できない指摘に、草薙は思わず言葉に詰まってしまう。
「う、確かに・・・」

 その時、編集室の扉が勢い良く開いた。そして、巨漢の男性がため息を吐きながら入ってきた。慎重180センチ120キロという、まるで格闘技の選手のような体格でノシノシと狭い通路を歩き、一番奥のこれまた一般的なデスクの2倍以上広い自席に腰を下ろした。先刻から席を外していた、編集長の今井(いまい) 明夫(あきお)である。

 今井が机の上に置いた白いビニール袋を目にし、石原が全く臆する事も無く問い掛けた。
「編集長、その袋ってお土産ですか?」
 ビニール袋に視線を落とした今井が、笑いながら中身を取り出した。
「高血圧の薬が2種類と高脂血症の薬、それに胃薬だ。残念だったな、お土産ではなくて」
「4種類とか、結構多いですね」
 話しを聞いていた草薙が驚いて訊ねると、今井は再びため息を吐いた。
「はあ、まあ、血圧が高いと脳出血で死ぬかもと脅され、高脂血症だと心筋梗塞が、と言われれば仕方があるまいよ。子供達がまだ大学生だし、まだ死ぬ訳にはいかないからなあ」
 今井の家族は妻、長女、次女の4人家族で、2歳違いの子供は2人とも大学生である。確かに、心配の芽は刈り取っていた方が良いだろう。

「あ、編集長」
 何かを思い出したように、草薙が立ち上がった。
「今回の指示ですけど、俺と石原の取材って間違ってませんか?俺がAIって顔に見えます?どう見ても(ヤク)って感じがするんですけど。交換しても良いですか?」
 草薙の提案を受けて、今井が首を左右に振った。
「ダメだ。草薙はもう入社して4年目だ。そろそろ苦手な分野の仕事もして、もっと視野を広げた方が良い。というか、先月の記事、仕方なく載せたが、何だあれ。取材対象をフリーにしたら、『たけのこの美味しい食べ方』なんて記事を書きやがって。オマエがたけのこを美味しく食べたかっただけだろうが。ウチは先端の話題を記事にする情報誌なんだよ。たけのことか、どうしろって言うんだよ。ったく・・・とにかく、今回の取材対象はnon-noteだ。変更は絶対にない」

 自分で水を用意した今井が薬を飲み始めたため、草薙は大人しく引き下がった。そもそも、今井の剣幕からすると変更は有り得ない。自分の椅子に座って項垂れる草薙の横で、石原がゴソゴソと机の中から薬を取り出した。
「石原も高血圧なのか?」
 そう訊ねられた石原が、明らかにバカにした様な目で草薙を見返した。
「血圧が高そうに見えますか?」
 石原は身長が165センチ前後あり、女性としては平均よりも少し高い。そして、スタイルは「学生の時に何かスポーツやってましたか?」という感じである。
「いや、健康優良児って感じだな」
 それを聞いた石原が少しムッとした表情に変わる。
「児って何ですか、児って。どう見ても、大人の女性じゃないですか!!」
「ああ、悪い、悪い」
「もう、これは花粉症の薬なんです。私、花粉症が酷くって、薬を飲まないと、もう一日中ズルズル、ハックションしてますよ。えっと、これがアレルギーの薬で、こっちが鼻水とくしゃみを止める薬、そして胃薬ですね」
 3種類の薬を説明され、若干引き気味で草薙が表情を(シカ)めた。
「マジで面倒臭いな、それ」
 手の平に薬を出した石原が、ペットボトルのキャップの水で一気に飲み込んだ。

「そういえば、先輩が病院に行ったのとか聞いた事がないですね」
「金が無いからな」
 大きく吸い込んだ息と一緒に、石原が言葉を吐き出した。
「はあ、もういい年なんですから、そろそろソシャゲに課金するのは止めた方が良いですよ」
 その瞬間、草薙はパソコンをカバンに押し込んで席を立った。
「さて、取材に行ってこようかな。じゃ、行ってきま―――す!!」

 草薙は今日知ったばかりのnon-noteについて調べるために、とりあえず会社を出発した。