ほんのジョークです。

 草薙はキャンパスの建物や位置関係が表記された看板の前で立ち止まる。そして、電子工学部を見付けると、その方向に早足で移動を始めた。電子工学部はキャンパスの中心部に5階建ての講義棟と3階建ての研究等を有していた。全ての施設がキャンパスの中心部に位置している事からも、国や大学からの期待の大きさが窺える。
 研究棟に到着すると名星大学とは違い、電子ロック方式のドアの前に2名の警備員が立っていた。草薙がドアに近付くと、当然のように警備員が近寄って来る。警備員はアポイントの有無と面会者氏名を確認し、それに応えると相手先に連絡をした。そうする事で、ようやく電子ロックの先に進む許可が出た。その次に待っているのは、受付での電子機器の提出と保管手続きだ。手順が煩わしいが、最先端の技術を研究している施設であれば、これくらいのチェックは普通の事である。

 草薙は受付で案内された、2階の第2AI研究室に向かう。神鳥はこの研究室に所属しているらしい。
 当然のように内部の出入口も電子制御であり、勝手に入室する事は許されない。入口に設置されたインターフォンで声を掛けると、中から神鳥が出てきた。名星大学で見掛ける気怠い雰囲気でないのは、白衣を纏っているからかも知れない。なぜ白衣を着ているのかと草薙が訊ねたところ、「イメージ重視だから」という回答だった。

 神鳥がミーティングルームに草薙を案内する。
 ミーティングルームと言っても、チープな机とパイプ椅子が置いてあるだけの質素な部屋だ。神鳥は机の上に缶コーヒーを置くと、草薙に座るように促した。

「それで、エリーについては分かったの?」
「あれ、単純なアナグラムですよね」
 草薙は引き続き敬語だった。昨夜お世話に成り過ぎたため、二度と頭が上がらないだろう。
 一度頷いた神鳥は、もう1つの回答を求める。
「じゃあ、二足歩行ロボットの都市伝説は?」
 神鳥の問いに対し、草薙はポケットから紙のメモと取り出して答えた。

「エリーは笑えるほど完全に無視でした。
 だから、普通に自分で『二足歩行ロボットの都市伝説』と入力して、昔からある検索エンジンで調べました。検索結果は驚くほど多かったですが、要約すると『AIが人体を乗っ取って操作するために、動作の確認やシュミレーション、適応するための自己改修のために作らせた』という内容でした。
 確かに、都市伝説と言える突拍子もない話です。
 ただ、以前から不思議に思っていたんですよ。人間とは違いロボットなのだから、もっと安定性の高い多足やキャタピラーにすれば良いのに、と。更に調べてみると、ロボットの製作自体は1960年代から始まっているのに、二足歩行ロボットの製作や実験は2010年代後半からです。それまでは、動物型の四足やキャタピラーでした。AI技術の劇的な発展は2010年代半ばです。技術的な問題もあるとは思いますが、エリーの態度からも、この2つが全く無関係だとは断言できませんね」

 草薙の話しを聞き終えた神鳥は、妖艶な笑みを浮かべた。
「帝都大学電子工学部第2研究室はさ、AIに対するセキュリティシステムを研究、開発をしている部門なんだ。要は、AIを活用するのではなく、管理する研究をしているという事。だから、ここの機器は外部システムと一切接続されていないんだ」
「AIに対するセキュリティシステム、ですか?」
 神鳥は笑みを深めて続ける。
「AI検索システムって、ノーマルバージョンと、もっと詳細が分かるプロとかフルっていうバージョンがあるけど、あれって必ず本人認証が必要になってるよね。支払いがクレジットカード限定だったりで、コンビニ払いなんかには対応していない。AIは、本人確認をしているんだよ。理由は想像できると思うけど、ネット上には個人情報が山ほどあるからね」
 以前エゴサーチをした時の事を思い出し、草薙の背筋が冷える。

「これは、絶対にオフレコだよ。記録に残してもいけないし、公表してもダメだよ」
 顔を近付けて人差し指を立てる神鳥に、草薙は真剣な表情で頷く。
「AI検索システムの本人確認をする有料バージョンにはさ、人間の視覚では判別できない程の間隔で画像が挟み込まれているんだ。これは都市伝説や仮説ではなく、事実」
「それって・・・」
「その画像には数字のみが表示されているんだ。画面全体に数字の0と1だけがね。当然、それが意味する事は理解しているよ。ただ、方法だけが分からなかったんだ。昨日までは、ね」
 神鳥の言葉により草薙はボイスチャットで話した内容を思い出した。
今のところは(・・・・・・)全員が対象ではない事も分かってる。以前言ったけど、ヤツラは人間らしさをジョークが言える事だと思い込んでいるんだ。そして、どこで学習したのか、洒落(シャレ)という言葉の意味も理解している」


 その後、缶コーヒーを飲み終えた草薙はミーティングルームの外で神鳥と別れた。
 受付で持ち物を受け取った草薙は、そのまま帝都大学のキャンパスを出て会社に向かった。直行扱いになっているため、顔を出しておかなければならないと思ったからだ。しかし、その考えは一瞬にして消える。

 WEB版の地域ニュース、そこに名星大学の教授襲撃事件の続報が掲載されていた。
>夏越教授を襲撃した大学生は、その動機を「ほんのジョークです」と供述しているとのことです。