ほんのジョークです。

 翌日の18時過ぎ。
 会社のデスクで記事の概要をまとめていた草薙は、一休みするために覗いたニュースサイトで見知った名前を見掛けた。それは、つい先日会いに行った名星大学の名越の名前だった。名星学園の広告や論文の発表等の前向きな内容ではれば問題は無かったが、名越がニュースになっている理由は、それらとは真逆の事件性の高いものだった。

>今日の午後6時35分頃、名星大学のキャンパス内にて経済学部の名越教授が刃物を持った学生に襲撃されました。名越教授は腹部を3ヶ所も刺されるという重傷を負いましたが、意識もはっきりしており生命に別状はありません。犯人はその場に居合わせた複数の学生によって取り押さえられました。また、犯人は同大学の学生である事は判明しましたが、2人の関係や事件の経緯の等詳細はまだ分かっていません。

 そのニュースだけでも草薙を愕然とさせるには十分であったが、連行される犯人を捉えた写真が更なる衝撃を与えた。顔は隠されていたものの、そのシルエットからnon-noteの取材で面談した生田だと分かったからだ。
「マジか・・・何でこうなったんだ?」
 いくら考えても、草薙に答えが出せるはずがなかった。


 翌日、草薙は事件の詳細を調べるために名星大学に向かった。
 大学の正門には、全国ネットのテレビ局がテレビカメラを構えて集っていた。さすがにテレビ局も、現在話題になっているAIを使用した学習補助システムの利用者と、旧来の勉強方法を推奨する大学との軋轢が生んだ事件ではないかと当たりを付けており、ワイドショーネタとして大挙して押し寄せたようだった。しかし、大学側はイメージダウンを懸念し、一般の学生に対する取材、テレビクルーのキャンパス内への立入を禁止して対応している。
 そのため、草薙もキャンパス内に入れないのではないかと心配したが、止められる事もなくあっさりと正門を通過できた。洗練されたキー局のスタッフと違い、見るからに一般人という格好が良かったのかも知れない。

 草薙はキャンパス内の時計に視線を送り、11時を過ぎている事を確認してパソコン研究会に向かう。今日も名星大学に来るのであれば、この時間帯にならなければ神鳥は姿を見せない。3度目になる草薙による研究棟への来訪は、神鳥に会うためなのだ。

「こんにちわー」
 草薙がパソコン研究会のドアを開けると、やはり、いつもの位置に見慣れた後姿があった。神鳥はまるで草薙の来訪を待っていたかのように、くるりと椅子を回転させて振り向いた。
「で来た理由は、当然、生田君の件だよね?」
 神鳥の問い掛けに対し、草薙は素直に首肯した。
「私も多くは知らないのだけれど、昨日の夕方、講義が終わって帰宅しようとしていた名越教授を、刃物を手にした生田君が襲ったようなんだ。謝罪しに行ったとか、和解したとか聞いていたから驚いたよ」
 神鳥から概要を聞き、今度は草薙が情報を提示する。
「その件なんだけどさ、生田君から話しを聞いた後、名越教授にも話しを聞いたんだ。そうしたら、名越教授は耳を疑うような発言をしたんだよ。生田君の講義は10分以上続いたし、講義の進行の妨げになるからと、最終的には警備員によって講義室から追い出されているみたいだ。その後、謝罪も無ければ、和解もないって言ってたよ」
「それ、本当?」
「嘘を言う理由がないだろ」
 神鳥は顎に手をやると、その姿勢のまま思案を始めた。

 それから数分後、目を閉じて考え込んでいた神鳥が顔を上げた。
「考えられる理由はいくつかあるけれど、まず前提とする情報を提供しようかな。以前、このパソコン研究会は真面目に研究活動をしていると言ったけれど、その内容は主に2つ。コンピューターウイルスの生成から始まり、撃退するための対策ソフトの設計、セキュリティシステムの構築までをパッケージとして実施すること。そして、もう1つの研究対象がAI技術。その中でも、AI推進派の急先鋒が生田君なんだ。まあ、だからと言って、何がどうというつもりはないよ。判断材料の1つにして貰えれば良い」
 そう告げられ、今度は草薙が腕を組んで考え始める。しかし、各々に情報過多と情報不足が混在していて、全く思考が纏まらなかった。

 そんな状態の草薙に神鳥が問い掛ける。
「ねえ、AIが本格的に研究、開発され始めたのって、いつくらいか知ってる?2010年代の前半なんだよね。ついでに、AIが搭載された二足歩行ロボットの研究開発が本格的に始めったのは2010年代後半だ」
「へえ、最近の話なんだな」
 大きく頷く草薙に対し、神鳥が話しを続ける。
「そもそも、安定感や操作性を考えると二足歩行にする必要はないんだよね。複雑な重心の管理や挙動を制御する必要がある二足歩行ロボットを開発する理由は何だろうね。ネットを検索すると『人間が活動する環境で自律的に活動できる能力を持ち、災害救助、介護、物流、家庭内作業など、人間と同じ空間での作業を可能にする』という理由が表示されるけど、それでも二足歩行にする必要性を感じない。非効率だよ」

 更に意味が分からなくなる草薙の視線が宙を彷徨う。
 なぜ難解な話になってしまったのか疑問に思いながらも視線を漂わせていると、その動きが神鳥が使用していたパソコンの画面で停止した。そこにはワールドソルジャーのキャラクターと「千神」というネームが表示されていた。
「あ・・・」
 草薙の視線が止まっている位置に気付いた神鳥が項垂れた。
「バレちゃったかあ」

 その瞬間、当初は完全に無視していた自分に対し、神鳥が話しを聞かせてくれるようになった理由を草薙は理解した。
「師匠、ありがとうございます」
 神鳥は誤魔化すために、苦笑いをするしかなかった。