クラッカー


「non-note・・・何だこれは?」
 月刊情報誌、先見のMAY(せんけんのめい)の記者である草薙(くさなぎ) 健斗(けんと)は、編集長の今井(いまい)から指示された内容を目にして首を捻った。

 すると、その声を聞いていたのか、隣のデスクに座る後輩の石原(いしはら) 天音(あまね)が声を掛けた。
「先輩、知らないんですか?もう、すっかりオジサンですねえ。去年の秋頃から時々ニュースにもなっていますよ。情報誌の記者なんですから、もっと普段からアンテナ立てておかないとダメですよ」
 若干煽り気味の口調であるが、いつもの事なので草薙に気にする様子はない。
「へえ、で、何なんだ?」
「もう、ネットで検索してみたらどうなんですか?自分で調べるという努力をした方が良いですよ。アレですよ、携帯端末にアプリをダウンロードしておいて授業中に起動すると、先生の話を要約して文字起こしをしていくれるってものです。板書しなくても済むから授業に集中できるとかどうとか」
「へえ、世の中は便利になってるんだなあ」
 そう適当に返事をしながら、自分のデスクにある専用のパソコンを起動する。最近は持ち運びが前提の薄型ノートパソコンが主流だ。通信可能である事も絶対条件で、通信費は通常会社の経費である。
「電源も入れてないとか、最悪ですねえ。仕事やる気ないでしょ、先輩」
「いやあ、通信費持ち出しだしさあ。上限をオーバーしたくないんだよ」

 草薙はパソコンにIDとパスワードを入力しながら、未だに身を乗り出している石原に訊ねる。
「で、石原は何を指示されたんだ?」
「オーバードーズです」
「ああ、それは分かるわ。俺のと交換するか?ビール1缶でどうだ?」
 草薙が検索サイトに「non-note」と入力しながら提案する。その投げやりな口調からも、それが可能だとは思っていないようだ。
「無理ですよお。私もそっちの方が良いですけど、編集長は頑固ですから。いや、石頭?意固地?それとも・・・」
「その通りだけにフォローもできないな。で、その編集長はどこに行ったんだ?」
 草薙の視線の先には空席のデスク。その編集長がいるはずの場所を眺めながら、ため息混じりに石原が説明する。
「何か、先月の健康診断の結果にGがあったらしくて、病院に行ってますよ。何でも、要治療と要精密検査があったとかどうとか」
「まあ、明夫君も俺のちょうど2倍の52歳。しかも、だいぶメタボ体型だから、身体に色々とトラブルが起きるお年頃だよなあ」

 適当に相槌を打ちながら、エントリーキーを押す。その瞬間、大量の文字が画面を埋め尽くした。当たり前になった光景ではあるが、これだけの情報量を自分で調べようとすれば、数日、もしかすると数週間かかるかも知れない。
 最上部にAIによる検索結果が表示される。インターネット上の情報を整理、要約し、簡易な文章に変換した状態に落とし込まれている。
「エリー、最新情報だけを頼む」
 エリーとは、草薙が使用する検索システムを管理しているAIの名前だ。キーボードで文字を入力しなくても、音声でも対応してくれる優れものだ。全世界で使用率が最も高いと言われている。それだけに対応の幅が広く、機械的な雰囲気が緩和されている。
 その様子を目にした石原が嘆息する。
「先輩、音声に頼り始めたら脳ミソが減りますよ。指くらいは動かさないと」
「うん、うん、そうだな。次からそうするよ」

 再び適当に相槌を打ち、草薙はパソコン画面に集中した。