ほんのジョークです。


「non-note・・・何だこれは?」
 月刊情報誌、先見のMAYの記者である草薙(くさなぎ) 健斗(けんと)は、編集長の今井(いまい)から指示された取材内容を目にして首を傾げた。元々流行りのアルファベットやカタカナに強い方ではない。まして、新語や新商品に関することになると更に情報に疎くなる。記者にあるまじき事ではあるが、関心が無いからだ。

 すると、その漏れた声を聞いていたのか、隣のデスクに座る後輩の石原(いしはら) 天音(あまね)が草薙に声を掛けた。
「先輩、知らないんですか?もう、すっかり情報弱者のオジサンになってますねえ。あ、辛うじて若いのは年齢だけで、見た目は完全にオジサンですけど。その、non-noteって、去年の秋頃から時々ニュースにもなっていますよ。情報誌の記者なんですから、もっと普段からアンテナ立てておかないとダメですよ」
 若干煽り気味の口調であるが、いつもの事なので草薙に気にする様子はない。
「へえ。で、その、non-noteってのは、分かりやすく言うと何なんだ?」
「もう、ネットで検索してみたらどうなんですか?自分で調べるという努力をした方が良いですよ。アレですよ、携帯端末にアプリをダウンロードしておいて授業中に起動すると、先生の話を要約して文字起こしをしていくれるってものです。板書しなくても済むから授業に集中できるとかどうとか。先輩なら居眠りするんでしょうけど」
「ほう、世の中は便利になってるんだなあ。取材の時に持って行ったら、放置しておいても文章にしてくれるって事だよな。勝手にまとめて記事にして、編集長にメールで送ってくれるかな」
 そう適当に返事をしながら、自分のデスクにある会社から支給されている仕事専用のパソコンを起動する。最近は持ち運ぶことが前提で、薄型のノートパソコンが主流だ。当然、ルーターが内臓されているタイプで、通信費は基本的に会社の経費である。当初パッドタイプの方が軽くて良いという意見もあったが、文字入力を考えるとやはりキーボードが必要という結論になったらしい。
「仕事中に電源も入れてないとか、全くヤル気が感じられませんねえ。というか先輩、仕事やる気ないでしょ」
「いやな、上限オーバーしたら、オーバーした分は給料から天引きされるんだぞ。ただでさえ給料が安いんだから、通信費は払いたくないんだよ」

 草薙はパソコンにIDとパスワードを入力しながら、未だに草薙のデスクに身を乗り出している石原に訊ねる。
「ちょっと、近い。で、石原は何を指示されたんだ?」
 石原の頭を押さえ、自分の席へと押す。
「それが、オーバードーズなんですよね。何かもう、面倒臭い事に巻き込まれそうな気しかしませんよ」
「ああ、何か、それは分かるわ。あれだったら、俺のnon-noteと交換してやろうか?ビール1缶でどうだ?」
 草薙が検索サイトに「non-note」と入力しながら適当に提案する。その投げやりな口調からも、それが可能だとは思っていないようだ。
「無理ですよお。そっちの方が私には合ってる気がしますけど、編集長は無駄に頑固ですから。いや、石頭?意固地?それとも―――――」
「その通りだけにフォローもできないな。で、その頑固な編集長は、いったいどこに消えたんだ?」
 草薙の視線の先には空席のデスク。その編集長がいるはずの場所を眺めながら、ため息混じりに石原が説明する。
「何か、先月の健康診断の結果にGがあったらしくて、朝イチで病院に行ってますよ。何でも、要治療と要精密検査があったとかどうとか。というか、根本的に運動不足ですよ。私たちと同じように、取材で走り回れば少しは痩せると思うんですけど」
「まあ、明夫君も、俺のちょうど2倍の52歳。しかも、かなりメタボ体型だから、身体に色々とトラブルが起きるお年頃ではある。根本的に、南蛮唐揚げ弁当を食べている時点でアウトだけどな」

 適当に相槌を打ちながら、エンターキーを押す。その瞬間、大量の文字が画面を埋め尽くした。当たり前になった光景ではあるが、これだけの情報量を自分で集めようとすれば、数日、もしかすると数週間かかるかも知れない。
 最上部にAIによる検索結果が表示される。インターネット上の情報を整理、要約し、簡易な文章に変換した状態に落とし込まれている。
「エリー、最新情報だけを頼む」
 エリーとは、草薙が使用する検索システムを管理しているAIの名前だ。キーボードで文字を入力しなくても、音声でも対応してくれるという優れものだ。全世界で使用率が最も高いと言われている。それだけに対応が可能な範囲が広く、機械的な雰囲気が緩和されている。
 その様子を目にした石原が嘆息する。
「先輩、指くらい動かさないとダメでしょ。音声に頼り始めたら、脳のシナプスが音をプチプチと立てて切れていきますよ」
「うん、うん、そうだな。次からそうするよ」

 再び適当に相槌を打ち、草薙はパソコンの画面に集中した。