上方桃太郎はくいちぎられる

 むかしむかし、遠い昔といっても、そのころはもう日本人という種族があった。このお話が一番初めに本になったのは江戸時代だということだが、今の人に「江戸時代のころ、こんなことがあった」といっても、おそらくピンとくる人はすくないだろう。
日本人という種族は今の今まで続いているわけで、とうぜん歴史も長い。地球の膨張をなんとか止めたが、「もうこれいじょう持たない。」ということで学者同士の間で研究がかさねられて、月にうつりすんだのが三十六年まえのことだ。
 地球に思い入れのある人も多く、当時の地球の文化をまるまるこちらに移してきたのだが、せっかくなら田舎暮らしをしてみたい、というような人も多い。
 政府は折衷案をとって、二十一世紀の日本の文化を月にうつしとってきたわけである。しかし、物語(おはなし)だけはこんな世の中でも長く語りつがれていて、昭和や平成の文学もいまの日本人にしたしまれている。
 しかし、パブリックドメインにつぐパブリックドメイン。物語の内容はすっかり改変されてしまった。著作権なんかもゆるくなってしまって、教科書の文を転載するような輩も多くなった。
 これは、とある小学校の教科書の「ももたろう」に、私なりのアレンジをくわえたものである。
 ぜひ、ご一読いただきたい。

「それじゃあな。」
 おれは、芝かりに行ってくるからな、芝かりだからな、と何度も念を押して、おじいさんは去って行きました。
 おじいさんがどこかにいってしまうと、おばあさんはため息をつきました。
「ああ。おじいさんはまた横丁やろな。行ったら行ったで、べろべろにのんでくるんやろな。」
 おばあさんは、どこかむなしくなりました。おとな二人が酔いながらねむれるほどわが家は広くないからです。
 おばあさんはため息をついて、コインランドリーに洗濯を丸投げすることにしました。その道中、自転車をおしながら、「おじいさんが洗うと、えらいことになるからなあ。」と愚痴をこぼしていました。
 コインランドリーで二番目に安いプランを選んで、片道十五分の道も折り返しにかかりました。
 大自然の空気を浴びたい、と思ったのはそのときでした。おばあさんは、川へ向かいました。
 すると、てんぷらこ、てんぷらこ、と音を立てて、てんぷら粉——すなわち、薄力粉が運ばれてきました。
「薄力粉だけで天ぷらは作られへんがな」
 おばあさんは、それを川の上流の山へもどしました。すると、そこに桃の実が実っているのを見つけました。人の敷地内の桃です。おばあさんは、それを窃盗することに成功しました。
 道ちゅう、警察に出会いました。おばあさんは職務質問にかけられ、捕まってしまいました。
 おばあさんの手をすべりおちて、桃がひとりでに動いていきます。あ、腕がでてきました。次は、次は、どんどこどん。奇妙な掛け声が鳴ると、足がでてきました。これで立てるようになりました。移動がらくです。やがて桃の中央がパーンとはじけ飛ぶと、中からは十五の立派な青年が立っていました。
「おれは、農家であるおばあさんの品種改良によってうまれた。しかし、そのとき鬼がやってきて、おれたちの種をほとんどくいやぶってしまった。残されたのは、おれだけだ」
 青年は記憶を一通り思い出すと、おばあさんの自転車をひったくって、坂道をくだっていきました。鬼のかすかに残るにおいをかぎながら、進んでいきました。

 十五の青年は、器量も力もじゅうぶんでした。民泊に住み込みで雇われることにきまって、精をだして働いていましたが、あるひ、経営者が変わりました。
 民泊はすぐにつぶれてしまって、泣きながら桃太郎は乾パンをむさぼりくいました。経営者はだれだ、と上司にきいたら、鬼だということはわかりました。
 これはあかん、すぐに討伐に向かわないと。鬼は、鬼退治への道中を急ぎました。
「あ……最後に故郷拝も。せや、通天閣、梅田駅の動く通路、江坂駅近くの某スシ屋……」
 鬼退治まではあと三か月ほどかかりそうでした。