お嬢様は結婚したくないっ!

 釧路はあっさりとその提案に乗り、一瞬、提案した側の石垣が驚いていた。

「ほへっ!?」

 そんなお嬢様に構わず、釧路は続けて言った。

「ただし、一つ条件があります」

 石垣お嬢様はその言葉を繰り返す。

「条件……?」

「多分だけど、家賃払えなくて家を追い出されると思うので、ウチの母親と妹も、一緒になら考えます」

 石垣は、うんうんと首を縦に振って、うなずく。

「も、もちろん! 部屋はたくさんあるし、大丈夫!」

 石垣は続けて言う。

「それじゃこっちも条件があります! 釧路くんは学校を辞めない事!」

 その言葉に釧路は目を丸くした。

「そこまで面倒を見てもらうわけには……」

 石垣は首を横にぶんぶんと振った。

「そんな事気にしなくて良いから!」

 人ががやがやと登校し始めた為に、石垣は話を切り上げる。

「放課後、お時間ある?」

 また見つめられて、改めて心臓が高鳴る釧路。

「今日はバイトがあるんで、その後でしたら……」

 にこりと笑って石垣は言った。

「お迎えに行きます」





 うわの空で終業式を済ませた釧路。

 いつもより早い放課後になり、ハンバーガーショップまで歩き、バイトをする。

 バイト上がりの夜八時になって、釧路が店の外に出ると、場違いな高級車が停まっていた。

 一瞬、釧路は頭の中で思ったひとり言を口に出す。

「あれ、俺……。石垣さんにバイト先の事言ったっけ?」

 まぁいいやと近付くと、中から石垣が降りてきた。暗闇の中だというのに、月明かりで黒髪が艶やかに光っている。

「待っていたよ。乗って釧路くん」

「え、えーっと、俺、バイト帰りでバーガーの匂いとか付いてるし……」

 流石に高級車へ、油の匂いが染みついた服で乗るわけにはいかない。そう思った釧路は伝えたが。

「さぁ、乗って!」

 車の中から手を差し伸べて笑顔を向ける石垣。意外にこういう一面もあるんだなと釧路は思う。

「それじゃ失礼して……」

 初めて乗る高級車は、何か高級そうな匂いと、吸い付くようなふかふかな座席だ。

「御影さん、釧路君の家まで向かってください」

「かしこまりましたお嬢様。あぁ、釧路様。御影と申します。よろしくお願いいたします」

 ピシッとした燕尾服に身を包み、髪をオールバックで決めている中年の男性が車を運転していた。

「あ、あぁ。釧路です……。よろしくお願いします」

 慣れない環境で借りてきた猫の様に大人しくなる釧路。車は道路の上を滑らかに走っていく。

「あれ、でも、俺の家って知ってたっけ? 石垣さん?」

 釧路に言われ、石垣は前を見て首を横に振りながら言う。

「釧路くん。細かい事を気にしてはいけないわ」

「え、そういうものかなぁ?」

 それ以上は何も言えずに、釧路は大人しくしていた。



 高級車は釧路の部屋がある団地で停車した。

「あっ、送ってくれてありがとうございます」

 石垣と運転手の御影にお礼を言って車から降りる釧路。

 その後ろを石垣も付いてきた。

「お家、お邪魔してもいいですか?」

 石垣に言われるも、お嬢様を家に招いていいものかと釧路はためらう。

「あのー、俺んち汚いんで……。それでも良ければ……」

「全然構いません!」

「まぁ、それでしたら……」

 玄関のドアを開け、中に入る。

「お邪魔します」

 安価な家具や生活用品とは縁遠い石垣お嬢様は、丁寧にお辞儀をして言った。

「えっ!? 女の人の声!?」

 バタバタと茶髪のサイドテールを揺らしながら、走ってやって来たのは釧路の妹だ。

「こんにちは」

 石垣の輝かしい笑顔を向けられて、固まる。

「クラスメイトの石垣さんだ」

「お、おにぃ。もしかして……その人……」

 妹は二人を指さして言う。

「何か弱み握って拉致してきたー!?」

 青ざめる妹に、釧路は言い放つ。

「んなわけねーだろ!!」

 だってだってと妹は言い続ける。

「おにぃがこんなお嬢様みたいな人と一緒に居られるわけないじゃん!!」

「お嬢様みたいな人ではない。本物のお嬢様だ」

 釧路が訂正すると、石垣は顔を赤くし、その言葉を否定する。

「ち、違うから!! お嬢様だとか……」

「わ、わかった!! わかったよおにぃ!!」

 妹は落ち着いて、深呼吸をする。そんな様子を見て釧路はふぅーっと安堵した。

「ようやく分かってくれたか」

「身代金目当ての誘拐だね!? おにぃ、早まらないで!! 自首しよう!! 自首!!」

「違うわ!!!」

 兄と妹で言い合っていると、奥からその母親がやって来た。

「どうしたの?」

「おにぃが!! おにぃが!! 誘拐を!!」

「えっ!? 誘拐!?」

 息子が連れてきた、お人形さんみたいな美しさの少女を見て勘違いが起きそうになる。

「違います!! 誘拐なんかじゃありません!!」

 少女の口から誘拐が否定され、何とかその場は収まった。