元禄怪奇余話~時をこえた復讐

 やがて由希は女の子を産んだ。娘は「幸」と名付けられる。しかし、母のもとにいられるのは、生まれてからわずか数日の間だけであった。

 家里の母・達子は、出自の卑しい由希を気に入ってはいなかった。 「ろくに教養もなく学問もない由希に、孫を預けてはおけない」  そう言い放ち、強引に自らのもとへ引き取ってしまったのである。由希は激しく反発したが、力及ばず、最後はどうすることもできなかった。

 一方、家里の正妻である梅妃は、嫁いでから何年も経つがいまだ子を授かっていなかった。そのため、由希に対して激しい嫉妬を抱くようになる。彼女は母の五条宮と結託し、恐るべき陰謀を企てた。

 ある時、達子が病に倒れた。  様々な薬湯を試したが一向に効果はない。そこで梅妃は、自らに仕える陰陽師を呼び寄せ、達子の前で祈祷をさせることにした。

 おごそかな祈祷が続く中、突如として陰陽師が意味不明の叫びと共に昏倒する。そして、次に発した言葉は衝撃的なものだった。 「子供を返して……! 幸を返して!」  陰陽師は七転八倒の末、ついには達子に襲いかかり、その首を絞めようとさえした。

「何をするか、無礼者!」 「子供を返せ! 返せ! さもなくば殺してやる!」  座は騒然となった。その場にいた者たちが必死に取り押さえたものの、祭壇は無惨に壊され、不吉な噂は瞬く間に宮中の隅々まで広まった。

 しかし、これはすべて梅妃の息がかかった陰陽師による「芝居」であった。 「恐れながら……これは子を取り上げられた由希の生霊の仕業ではございませぬか? あの女を宮中に置いておく限り、大奥様の病は癒えず、さらなる災いが降りかかるやもしれませぬ」  梅妃は、これを機に由希を追放せよと迫った。達子もそれに賛成したが、家里だけは由希を手放そうとしない。そのため梅妃と五条宮は、さらなる陰謀を画策するのだった……。

   ◇

 ……将軍はようやく目を覚ました。 「夢であったか……」  すでに、その内容さえもうろ覚えであった。もちろん、由希に魂を半分乗っ取られたことに、まだ気づいていない。

 三月ほどして、将軍は再び牧野邸を訪ねた。例によって能の鑑賞会が行われ、その後は将軍自らによる儒学の講義が続く。しかし、その後の振る舞いは、儒家が説く「理想の君主」とは程遠いものであった。

 すでにお久里は、自らの役割を覚悟していた。しかしこの日、将軍が夜伽の相手として指名したのは、お久里ではなかった。 「そなたはもうよい。安子とやら、そなたが残れ。他の者は下がってよいぞ」  指名されたのは、お久里の長女・安子であった。

 さすがの将軍も、四十半ばとなったお久里の体には飽きが来ていた。そして、若き日のお久里の面影を、娘の安子に見出していたのである。 「恐れながら、お待ちくだされ!」  これに声を荒らげたのは、安子の婿・成時であった。あまりの非道に、一瞬、その手は刀にさえかかった。しかし成貞が鬼の形相で立ちはだかった。

 こうして、牧野の家は将軍の身勝手によって無茶苦茶に壊され、ほどなく安子は江戸城大奥へと連れ去られてしまうのであった。