わたくしの祈りが世界に届きますように

「こっち、こっち!」

「お、おい、引っ張るなよレティーナ!」


 丘の下から、レティーナさんとテオさんが走ってこられるのが見えました。

 わたくしはお二人に手を振ります。


「え、聖女さま⁉」

「聖女さまー!」


 テオさんは驚いたように目を見開き、レティーナさんはわたくしに向かって手を振ります。


「なんで聖女さまが?」


 テオさんとレティーナさんはわたくしが立つ、村はずれの丘の頂上に生える、木の下にたどり着かれました。

 テオさんの疑問に、わたくしは人差し指を立てて、口元に当てました。


「テオさん、レティーナさん。見ていてくださいね」


 わたくしは言外に、理由を詮索する必要はありませんよ、と言いました。

 テオさんは、お医者様の息子さんで、よく勉強も頑張っていらっしゃいました。

 そのため、わたくしの考えが伝わったのでしょう。

 レティーナさんと仲良く手をつないで、わたくしを見上げます。

 わたくしは、持ってきていたポーチの中から、ガラス玉を取り出します。

 それを胸の前で持って、わたくしはお二人の前にしゃがんで、目を伏せました。



——光は名を持たず、奇跡は姿を持たず。

 されど今、我の祈りは形を得る。

 この手に、御身の御業を——


 わたくしの祈りに呼応して、わたくしの手の中のガラス玉が、淡い水色に光ります。

 わたくしは思い描きました。

 教会の上に立つ、十字架を。

 すると、光の十字架が、ガラス玉の上に現れました。

 光の輝きを纏って。

 わたくしは、それを頭の中で感じ取りました。

 自然と、微笑みが浮かびます。


「テオさんの旅路に、神々のご加護があらんことを、神々に、世界にお祈りいたします」


 わたくしがそっと目を開くと、テオさんは驚いたようにわたくしの手の中を見つめていました。

 わたくしはガラス玉を、そっと、テオさんに差し出します。

 テオさんはそれを、恐る恐る受け取ります。


「これ……俺のために?」

「ええ。レティーナさんに頼まれまして。テオさんに神々の御業を見せて差し上げたいと」

「レティーナが……」

 テオさんは、レティーナさんを見ました。

 レティーナさんは、なぜか悲しそうにテオさんを見つめました。


「レティーナさん、わたくし、何かご期待に添えませんでしたか……?」


 わたくしは、なるべく優しい声音で、そう尋ねました。

 すると、レティーナさんはぶるぶると勢いよく首を振り、


「ごめんなさい!」


 そう謝りました。

 わたくしとテオさんは、驚いてレティーナさんを見つめます。


「わたし、テオによろこんでほしくて、聖女さまにお願いしたの。でもそれは、私のちからじゃない。私のプレゼントじゃない。なのに私、プレゼントがあるのって、テオをここに連れてきて……」


 わたくしはあら、と思わず呟いてしまいました。

 レティーナさんの肩がびくりと震えます。

 わたくしは、そっと、レティーナさんの頭に手を伸ばして、その頭を撫でました。

 レティーナさんは、私を見上げます。

 その瞳に浮かんでいる涙を、私はそっと拭って差し上げました。


「レティーナさん。わたくしは、全然、そんなことを思っておりませんよ」

「え……?」


 レティーナさんはぽかん、と口を開けました。

 テオさんも頷きます。


「レティーナ。俺は、お前が聖女さまに頼んでくれたことが、うれしかった。お前、俺にとっておきのプレゼントを渡したかったんだろう?」


 レティーナさんは頷きました。


「だって、テオはこれからかんたんに会えなくなっちゃうもん。最後の思い出は、キラキラしたものにしたかったの」

「その気持ちが十分だって、聖女さまは言いたいんじゃないのか?」

「ふふ、テオさんは本当に賢い子ですね」


 わたくしはテオさんの頭も撫でます。

 テオさんは恥ずかしそうに、顔を赤めました。


「わたくしは、レティーナさんの願いが美しいものだと感じました。テオさんのことを一心に思って、テオさんを喜ばせたくて、誰にも相談せずに、一人で考え続けたのでしょう?」


 レティーナさんは今日も、先日持ってきていたくたびれたぬいぐるみを持ってきていました。

 きっと、親に怒られると思って、相談できなかったのでしょう。

 話し相手は、ぬいぐるみだけだったに違いありません。

 そうじゃなければ、あんなに心細そうな顔をしませんから。


「レティーナさんがそれだけ考えたこと。それをわたくしは素晴らしいことだと思いました。それに、わたくしもテオさんにプレゼントをして差し上げたかった。だから、こうして御業を顕現したのみですよ」


 レティーナさんはそれでも、まだ笑顔を浮かべてくれません。


「でもわたし、聖女さまがきせきを起こしてくれるのに、わたしからのプレゼントみたいにテオに言っちゃって……」


「気にすんな」


 わたくしが何かを言う前に、テオさんがそう断言してくださりました。

 私は開きかけた口をつぐんで、テオさんを見守ります。


「聖女さまがどう思ってるか、俺にはわかんねえ。でも、聖女さまに直接お願いしてくれたのは、お前なんだろ? なら、お前からのプレゼントだ。お前が行動したくれなかったら、聖女さまが御業を見せてくれることはなかったんだ」


 テオさんはわたくしを振り向きました。

 わたくしは彼を鼓舞するように頷きます。

 テオさんも頷き返し、レティーナさんを見つめます。


「だからレティーナ。そんなに謝らなくていい。ありがとう。俺は、これをもらえてすごく嬉しかったよ」

「……へへ」


 真剣なテオさんの想いが伝わったのでしょう。

 レティーナさんは、笑顔になりました。


「聖女さま、ありがとう。テオに、素敵なプレゼントを送ってくれて」

「どういたしまして」


 わたくしは微笑みました。

 しばらくの間、彼らが家に帰ってしばらく経つまでは、きっと神々は御業を維持してくださるでしょう。

 わたくしができるのは、顕現させることだけ。

 あとは、神々のご意志によります。


「ありがとう、聖女さま!」

「ありがとう!!!」


 お二人はわたくしに手を振りながら、丘を下っていきます。

 私も手を振り返しながら、お二人を見送りました。