寝ずの番

                       13
 康介は半日ほど、警察署の中で、沙穂との関係や、家庭環境などを事細かに訊かれていた。
 まるで刑事は康介を犯人扱いしているようだった。しまいには、しつこい彼女を抹殺したのではないかと言い出したので、康介は想像で勝手なことを言うなと怒鳴った。
 今までおとなしかった康介の変貌ぶりに、刑事は失笑さえした。
 睦美はようやく意識をはっきりさせた。婦人警官が睦美に話を聞くため、病院へ向かった。
 さんざんな一日だった。結局、農作業もできなかった。百合子は完全に臥せってしまった。
 警察署を出ると、大祐から電話がかかってきた。
「おい、大変なことになったな。こっちにも警察が来て、親戚から変な目で見られたよ。二宮くんが亡くなってショックだって言うのに」
「こっちも完全に容疑者扱いだよ。大祐、彼女を説得できなかったのか」
「すまない。俺がもっと彼女の気持ちに寄り添ってあげればよかったんだけど。とにかく、二宮くんを殺した人間があの村の中にいるはずだ。まさか、おまえ、ネバタマ様がやったなんて信じていないだろうな?」
「わからない...。なぜ、沙穂は睦美を連れ去ったのか?そこも解決しないと、二人があの林の中にいた理由がわからないかもしれない」
「しっかりしろよ。おまえが倒れたら、家族がバラバラになっちまう。家族を持っていない俺が言うのもおこがましいがな」
「大祐、ありがとう。元はと言えば、俺が悪いんだ。俺が不倫なんてしなければ、こんなことに...」
「自分を責めるな。何かあったらいつでも相談に乗るぜ。康介は社長賞を二回もとった自慢の友だちだからな」
 康介は涙を堪えていた。大祐に助けられるとは移住するまでは夢にも思わなかった。

「先生、財糸村で殺人事件が起きました。被害者は東京から来た二十代の女性です。あと、女の子が一人、現場で気を失っていました」
 麻奈は興奮した口調で言った。
 ホテル近くの喫茶店で二人は遅いランチをとっていた。
 麻奈が深夜に見たという画像の確認をしていた。
 犯行時刻と、その影の出現は今回の事件と関係があるのだろうか?
 もし、関係があるとすれば、その影はネバタマ様?でも、腑に落ちない。
「はっきり言えることは、その事件は人の手によるものだよ。カメラに映っていた影というのはおおかた、狸か狐だろう」
「先生、やけに自信があるんですね」
「麻奈ちゃん、冷静に考えてみたまえ。僕らはネバタマ様の話をいりいろな人たちから聞かされて、本当にネバタマ様がいるのではないかと脳に存在を植え付けられた。ネバタマ様は子どもを攫うんだよな。ならばなぜ、今回のケースでは子どもを置き去りにして、大人の女性を殺したのか。整合性もない」
「言われてみればそうですね」
「知ってるかい?昔、幽霊は存在するのか否かの論争があった。意見は二つに分かれた。存在を肯定したものは幽霊を見たことがあると言い、否定したものは、見たことがないから存在しないと言った。つまりね、僕らは目にしなければ、信じないのさ。ネバタマ様を見た人間やカメラに収めた人間がいないのに、信じろなんて不可能なんだよ」
「先生、わたしが事務所に入ってから、初めて先生が眩しく映りました」
「詳しいことはわたしの著作を読んでほしい。さ、僕らも村へ行ってみよう。何かわかるかもしれない」

「ねえ、ゆっくりでいいのよ。睦美ちゃんはなんで、お姉さんと林の中にいたの?」
 婦人警官が睦美より低い目線から訊ねた。
 睦美はベッドの上で上半身を起こした状態でいた。顔色は赤みを戻してきた。
 婦人警官の後ろには康介が控えていた。
「じゃあ、何か見なかった?」
 婦人警官は質問を変えた。
 睦美はまるで魂でも抜かれたように、一点を見つめ、口を真一文字に結んでいる。
「睦美、あのお姉さんは前に家に来たことがあるんだね?」
 たまらず、康介が訊く。
 睦美はほんの少しだけ、首を縦に振った。
「ねえ、睦美ちゃん、あの夜、どうして外に出ようと思ったの?」
「お星さま...」か細い睦美の声。
「お星さま?」
「お姉さんとお星さまを見に行ったの...」
「それは前から約束していたの?」
 睦美は首を横に振った。
「お手紙もらったの」
「そのお手紙は持ってるの?」
 睦美はポケットから丸めた封筒を取り出して、婦人警官に渡した。
「ねえ、睦美ちゃん、お姉さんはどうして崖から落ちたのかな?足を滑らせたりしなかったかな?」
「違う...。お姉さんは誰かに押された。気が付いたら、わたしも崖に連れて行かれそうになった」
 そのシーンを思い出したのか、睦美はシーツをギュッと固く掴んだ。
「その人の顔は見た?」
「暗くて、わからなかった。大きい大人の人だった」
 婦人警官は手帳にメモした。
「お姉さん、何か言わなかった?」
「お姉さん、早く、逃げなさいって...。でも、怖くて足が動かなくて...。声も出なくて...」
「ありがとう。睦美ちゃん、もういいよ。今日はゆっくり休みなさい」

 警察は村周辺の聞き込みを始めた。
 財糸村で殺人事件が起きたのは、戦後初めてだった。こんな辺鄙な村で都会から来た女性が殺されるのは、一大ニュースだった。刺激のない村では久々に話題の中心になった。
 警察の現場検証の結果、容疑者の男が特定された。村の外れに住む、受験を控えた学生だった。
 現場には合格祈願のお守りが落ちており、彼の所持品だと確認された。
 あっさり容疑者が捕まったことに、村の人たちはこの話題から遠ざかった。
 容疑者の男はまだ未成年だから、新聞にも名前は載らなかった。ただ、青年は無実を訴えていた。なら、現場に御守りが落ちていたのはなぜかと突っ込まれると、青年は口を噤んでしまった。

「そうか。捕まったか。そいつで決まりだな」
 康介に大祐から電話がかかってきた。
「ああ。でも、なんだかなあ...」
「なんだ?不満そうじゃないか。犯人が捕まったんだぜ」
「いや。なんか出来すぎているというか、若い男が林の中に入って星空なんて見に行くかなと思って...」
「多分、たまたま二宮くんの姿を見て劣情を催したのかもしれないぜ。十代の青年が都会からの若い女性を見たら、ムラムラするだろう」
 村が事態の鎮静化を図って、青年の御守りを現場に落としたという穿った見方ができるが、康介は口には出さなかった。