寝ずの番

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「ふうん。そういうことかあ。わたしに相談があるから時間作って来たけど、わたしはそこまで力はないわ。ごめんなさい。尊。でも、今度焼肉を奢ってあげる。ほら、わたしが高熱を出して寝込んだ時、いろいろやってもらったから」
 潤子は従兄弟の尊の事務所に来ていた。
 潤子は今日は非番で、尊から相談したいことがあるとメールで頼まれて、重い腰を上げて来た。
 尊からは財糸村での幼児失踪事件についての捜査資料がないか、あったら見たいと申し出られた。
 確かに潤子は警部補になってはいるが、警察内部でのポストなどお飾りに過ぎない。捜査資料などの公文書を持ち出すことは、虎の尾を踏む行為だ。いくら従兄弟の頼みとはいえ、それはできない。
「わかった。無理言ってすまない。そりゃそうだよね。一介の私立探偵に警察が協力するわけがない」
「でも、わたし、その案件、すごい興味があるな」
 潤子の食指が動いている。
「わたしさ、思うんだけど、神隠しってあったじゃない?あれっていろいろな説があるわよね。たとえば、人さらい。または異次元の世界の入り口に入ってしまったとか。ネバタマ様ってのは、村の人がその化け物のせいにしてるだけで、実際は人による誘拐じゃないかしら?事件性はないけど、何か大きな闇がありそうね」
 麻奈が紅茶のお代わりはいかがですか?と訊いた。
 潤子は麻奈を見やり、結構といい、割のいいバイトなら紹介するわよと余計なことを言った。
 尊が唇を尖らせたので、潤子は失礼と言い、尊に向き直った。
「わたしの知り合いに防犯関係の仕事をしている人がいるんだけど、わたし考えたの。ネバタマ様って撮ってしまえばいいじゃない。ならカメラを人目につかない所に設置さえすれば、正体がわかるでしょう」
「潤子さん、それは僕も考えたけど、村に無断でカメラを取り付けるわけにはいかない。それに、仮に村役場が承諾しても、村人がカメラを片っ端から外してしまえば、元も子もないでしょう」
「広角カメラってのがある。一台で360度、パノラマ撮影ができるの。こんな小さいから枝にぶら下げてしまえば、わからないわ」
「潤子さん、もしかして、僕が、その、広角カメラとやらを取り付けるの?」
「当たり前でしょう。そのカメラを買うのも、取り付けるのも、尊。それから、わたしが提案、紹介したっていうのも他言無用。これ、違法だからね。わたしの立場が危うくなるわ」
「構わないよ。バレたら探偵業の資格がはく奪されるだけだし。元々、探偵は研究のついでにやってたから」
 すると、麻奈が口をあんぐりと開け、そうなんですか?と訊ねた。
「いや、今のは聞き逃してほしい。探偵もだんだん好きになってきてはいるから。あ、話を元に戻す。で、そのカメラっていくらぐらいするの?」
「百万、一万円札が百枚。分割払いも可能。わたしの名前を出してくれれば、十万ほど安くしてくれると思う」
「先生、お金の問題じゃありません。やりましょう。わたしの給与はカットしてくれても構いません。ネバタマ様を撮るチャンスです!」
 二人の女性は購入した方がいいという勢いだ。
 尊も誰もが眠っている間にしか活動しないネバタマ様の唯一の目撃者になれるのは、ハイテクのカメラしかないとは思っていた。
「尊、男でしょう!たとえお金がなくても、ここは買って、ネバタマ様の正体を明かしてやるって、啖呵切ってみなさい!そしたら、わたしも高宮さんも一目置くよ」
 なんだかうまく乗せられている感じがした。
「先生、お金の心配ならしなくても大丈夫です。わたしが何とかします」
 麻奈が尊の前に進み出た。
「なんとかするって、まさか学生ローンに手をつけたりするつもりじゃないよね?」
「実は、わたしの父親が貿易会社の社長で、お金には不自由したことないんです。だから、父親に言えば用立ててくれます」
「そうなの?ごめん。僕はてっきり知らなくて。それじゃあ、君、アルバイトなんてする必要がなかったじゃないか」
「いいえ。わたし、怪談や都市伝説にものすごく興味があったので、先生のこと知ってました。先生の事務所に入れば、そういう分野をいっしょに研究できるかなあと思って。黙っててすみません」
 潤子は突然、腹を抱えて笑い出した。

 百合子はキッチンで村長のために昼ごはんを作っていた。
 村長は安楽椅子に座り、午後の日差しを受けながら、眠っていた。
 百合子は特製のチャーハンをフライパンで炒めた。おかずにも総菜を添えた。
 太平楽に眠っている村長を見て、百合子は一瞬だが、この村に来てよかったと思い始めた。
 確かにこの村は辺鄙だ。観光名所もない。村の人たちは外からの人間には皆、無関心だ。だけど、あの都会で感じた忙しなさに比べて、ここはゆったりしている。
 康介が移住したがったのも、そういった煩わしさから逃避するためだったのだろう。
 百合子がテーブルに料理を置くと、その匂いに反応した村長が目を覚ました。
「悪いね。昼飯まで作らせてしまって。洗濯と掃除が済んだら、帰ってもいいから」
 村長は安楽椅子から立ち上がると、食卓についた。
「おお、美味しそうだ。うん、いい塩梅だね。百合子さんも食べなさい。誰かといっしょに食事をするなんて、本当に久しぶりだ」
 嬉しそうな笑顔を浮かべる村長を見て、百合子は初めて充実感を覚えた。
「お子さんは、小学校へは?」
 食べながら村長は訊ねた。
「ええ。友だちもできたみたいで。都会の学校でも友だちを作っていたので、ほとんど心配していません」
「それはよかった。利口そうな子だからねえ」
「あの...」
 百合子は言いにくそうにしながら、居住まいを正す。
「給与の件かね?心配要らない。わたしはこれでも金はある」
「いいえ。お金の話ではありません。実は奇妙な噂を耳にしまして...」
「ネバタマ様のことかな?」
「はい...。移住してくる家族の子どもが次々にいなくなるって...。あれってその、ネバタマ様の呪いなんでしょうか?」
「呪い?あなた、本気でそう思ってるのかな?」
「いいえ。わたしはそんな根も葉もない噂は信じていません。ただ、睦美の身に何かあると思うと夜も眠れなくて...」
「もうすぐ、ネバタマ様がお目覚めになる季節になる。奥さん、移住した子がどこへ消えたと思いますか?まさか、ネバタマ様が食べてしまったなんて、考えているわけじゃないでしょうね。そんな子供騙しな話を信じてはならない。この間、都市伝説研究家とやらが村を訪ねて来て、ネバタマ様のことを嗅ぎまわっていた。つまりね、わたしが思うに、ああいう輩が仕事を得るために、村の道祖神を利用して、あることないことを作り上げて、架空の怪物をでっち上げてるに過ぎん。だからね、奥さんには申し訳ないけど、わたしは都会からの余所者は嫌いなんだ」
 撥ねつけるような物言いに、百合子は頭を殴られた感覚を得た。そうか。これが本音なのかもしれない。村人たちはわたしたちを歓待している風を装っているだけかもしれない。
 ネバタマ様はそんな村人たちの代弁者だとしたら...。
「すまない。他意はないんだ。老いぼれの戯言だと思って聞き流してほしい。百合子さん、あなたは他の移住者とは違うね」
 村長は優し気な眼差しを向けた。今まで強面の融通の利かない老人だと思っていたが、その先入観は一気に払拭された。
 もしかすると、わたしたちは村人を先入観で判断していないか。勝手に膨れ上がったイメージを植え付けているだけなのか。
 わたしは村長に笑顔を向けた。
「それでは、いただきます」
 村長は満足げに頷いた。

 沙穂は財糸村から外れた一軒のホテルにチェックインした。
 やはり、このまま康介の顔を見ずには帰れない。
 睦美ちゃんにはまた明日来るからと告げて、帰って行った。
 睦美は沙穂に助けてもらったことで、すっかり心を許していた。沙穂が帰ろうとすると、寂しそうな表情をした。
 沙穂は幼少期の自分を否が応でも思い出した。わたしも家では寂しい思いをした。だから、睦美の気持ちは痛いほどわかる。
 シャワーでも浴びようとした時、唐突に電話がかかった。相手は大祐からだった。
 一瞬、無視しようかと思ったけど、この男はしつこいとわかっていたので、仕方なく対応した。
「どうだった?康介には会えたか?」
「会えなかった。でも、家には入れた」
「そうか。それで、これからどうするんだ?」
「とりあえず、一泊していくつもり」
「そりゃよかった。実はさ、今、財糸村に向かっているんだ。どこのホテルだい?」
 沙穂はスマホを落としそうになった。なぜ、大祐が財糸村に向かっているのか。仕事はどうしたのだろう。
「向かってるって?あなたも康介さんに用があるの?」
「いや。ただ単に君が心配なんだ。ほら、辺鄙な村だから、なんか、ネバタマ様なんてわけのわからない化け物が出るっていうしな」
 まったく余計なお世話である。大祐は沙穂と離れたくないだけだ。
「あのね、山本さん、わたし子どもじゃないんだから。山本さん、帰ってちょうだい」
「冷たいなあ。互いに肌を合わせた仲じゃないか。僕は君と一蓮托生のつもりだよ」
 沙穂はわからないようにため息をついた。仕方なくホテルの名前を告げると、彼はあと三十分くらいで到着すると言った。
 沙穂はスマホをベッドに投げると、シャワーを浴びることをやめた。大祐は身体を求めてくる。ならこの汗臭い身体を抱かせてやろうと思った。