君がいなくなってからの僕は

 今日の宮下さんは一時間目から六時間目まで、きっちりと起きていた。僕を含めた他のクラスメイトと同じように、授業を受けている。矢作くんや先生方も驚いていた。

 朝のホームルームの後で「じゃ、あとは頼むわ」と言い放って、タブレット菓子のようなものを飲んでから突っ伏して寝始めてしまうのが日常茶飯事。もう誰も注意しない。最初の一週間は、数学の鈴木先生が起こそうとしていたが、二週目に入ると諦めていた。鈴木先生は今年度から成海学園で教鞭を執るようになった人だから、なんとかしたくなる気持ちはわかる。成海学園は、留年しようとも自己責任。鼻の穴を膨らませつつ「自己の管理ができない者に成海学園にいる資格はないのだ」と父さんは言っていた。

 僕だけが宮下さんの事情を知っている。宮下さんとしては、一年間の〝友人契約〟が満了となるまで学生でいられればいいのだろう。つまり、留年は怖くない。

 僕としては、宮下さんには卒業までいてほしいところだが、その分の宮下さんの学費を誰が負担するのかという話になってきてしまう。私立の男子校である成海学園の学費は、おいそれと払える金額ではない。……だからこそ、たかが〝友人契約〟のためだけにぽんと支払ってしまった父さんのことが恐ろしくなってくる。そこまでして僕を成海学園に通わせたいのか。

 「雄大くん、購買に行こっか」

 昼休みには僕を誘って購買部へ。給料日の宮下さんは気が大きくなっているのか、僕に「なんでも買うたるで」と言ってきた。普段はコンビニで廃棄になったパンを持ち帰ってきているのに、購買部で三百円のチキンカツサンドを買おうとしていて、さらに僕にも何か買ってくれるらしい。

 「僕は、母さんのお弁当があるから」
 「遠慮せんでええって。こういうときは、遠慮する方が失礼やで」
 「じゃあ、プリン」
 「ウチも食べよかな。おば、いや、おねえさーん! プリンふたつ!」

 僕は購買部の手作りプリンを初めて食べた。昔ながらの固めのプリンに、ほんのり苦いカラメルソースがマッチしていて、おいしい。成海学園の文化祭では外部の人が購買部の商品を購入できるのだが、この手作りプリンが一番人気で、一時間ほどで売り切れてしまうのだとか。納得のおいしさだ。君とも食べたかった。

 「ありがとうございます」
 「雄大くんにはお世話になっとるから」
 「僕の方こそ」

 *

 放課後。僕は宮下さんより先に学校を出た。学校から最寄りの駅まで歩き、電車に乗って、知らない街に行く。

 君の住んでいた街は、夕焼けに照らされて、オレンジ色に光っていた。君は僕と僕の家に遊びに来ていたから、この景色を見たことはないかもしれない。あるいは、君が僕と知り合う前に、見たことはあるかもしれない。初めて来た街なのに、初めてではないような、懐かしいにおいがする。

 住所のメモを片手に、商店街を抜けて、ひたすら歩いて行った。途中で小学校の前を通り過ぎる。この小学校は、ひょっとしたら、君の卒業した学校なのかな。僕は思っていたよりも君のことを知らなくて、こうなってしまってから知ることばかりだ。

 「……あれ?」

 たどり着いた場所は更地だった。まるっと一戸分のスペースが空いている。

 「あの!」

 僕は通りかかったおばさんを呼び止めた。大きく膨らんだ買い物袋には、商店街にあったスーパーのロゴが描かれている。たぶん、この辺に住んでいる人だろう。こんなに買い物をして、徒歩で行き来をしているのだから、おそらく、遠くには住んでいないはずだ。

 「なんだい?」
 「菱田さんって、知りませんか?」

 おばさんは僕の格好を見て「ここに住んでいた子の友だちかい?」と問いかけてきた。僕は制服姿のまま、ここに来ている。大輔のことに違いない。

 「はい、そうです!」
 「あんたも、変な鳥を売りつけようとしてるんじゃないだろうね?」

 疑われている。変な鳥って、何だろう。

 「違います。どちらに引っ越したかはご存じないですか?」
 「さあねえ。みんな変な鳥を買わされそうになってたから、いなくなってくれてせいせいとしているよ。あんたも気をつけなさいね」

 話はここまでだと言わんばかりに、ふん、とあちらを向いて、おばさんは離れていく。この様子だと、この辺の人たちから、引っ越し先の情報を聞き出すのは難しそうか。だとすれば、どこに聞けばいいだろうか。

 「お荷物、運ぶの手伝いましょうか?」
 「えっ……。ああ、悪いわね」

 ずいぶんと歩みが遅いので、僕のお節介センサーが作動した。放っておけない。

 「うわ、結構重たい! 大変ですね……」
 「大変だって言ったってあんた。買い物してこないと、家に何もないんだもの。あんたは母ちゃんに任せっきりかい?」
 「ははは……」

 歩みは遅くとも、口はよく回る人だ。僕は苦笑いで返した。