君がいなくなってからの僕は

 この宮下理緒なる男の人の呼びかけに応じて、僕からは頑なに開けずにいたこのドアを開けてしまっていいものか。僕は逡巡した。

 椅子から立ち上がり、ドアノブまであと一歩の場所まで来ている。心が身体を動かした。あと一歩、手を伸ばせば、ドアを開けられる。その手前で止まった。中に入れてすらいないのに、僕のそばに君がいる、と言ってきたのは何故だろう。君は、……いるのか?

 「こりゃ参ったわ。こんなに疑われるとは思わなんだ」

 すぐに帰ってほしい。
 話だけでも聞きたい。

 相反する二つの思いが、僕の心をぐらつかせた。左右に傾くシーソーゲームだ。

 すぐに帰ってほしい派の僕は「霊能者という肩書きが信じられない上に、しかも吉能氏ではなく異母兄という立場なのが、とてつもなく怪しい。見ず知らずの怪しい男を部屋に通すのか?」と主張している。ごもっともだ。

 話だけでも聞きたい派の僕は「死んだ親友と会話ができる、とおっしゃっているから、この一週間ずっと自問自答し続けていた『大輔が死んでしまった理由』を聞けるのではないか。引きこもっていたのは、親友の死が受け入れられないからだろう?」と正論をぶつけてくる。僕は、大輔が亡くなった後のこの世界で生きていかねばならない。

 すべての生きとし生けるものはいずれ死ぬのだとしても、あまりにも唐突で、驚くほど早すぎる。君の死は、僕に謎を残していった。

 いつまでもこうして引きずっていてはいけない。わかっている。未練たらたらで、この部屋に閉じこもったままではいけない。わかっているから、僕は君のいない世界を生きるにあたって、納得したい。どうして君がもういないのか。心の整理を付けてからでないと、進めない。

 「おかあさん情報やけど、生前、大輔くんは雄大くんの部屋に遊びに来てたんやろ。高校からいっしょに帰ってきて」

 受験勉強のせいで、ちっともゲームをやらせてもらえなかった。父さんはテレビ脳だから、偉そうな専門家の言葉を鵜呑みにして「ゲームばかりしていると頭がバカになる」と信じ込んでいるからだ。僕からしたら「テレビばかり見ていると頭がバカになる」のほうが正しいのではないかと思ってしまう。

 おそらく、吉能氏をテレビで知って依頼したのだろう。公式ホームページにメディア出演情報がずらりと並んでいて、――ああ、やっぱり。父さんの好きな番組もあった。

 どうせ「テレビで、こういった子どもの引きこもり問題を解決していたから」だ。そうに違いない。我が親ながらがっかりしてしまう。

 「ふたりっきりで何してたん? 喋れる範囲でええから、ウチに教えてくれへん?」

 教室で流行りのゲームの話題が出るたびに、僕は「僕の家、厳しいからさ」と言ってかわしていた。同世代の人たちが夢中になっていた時間をまるっとそのまま後ろにスライドさせたかのように、高校一年生の僕と君は、据え置き機のゲームにのめりこんだ。

 おばあちゃんに買ってもらったゲーム機で、なんやかんやと言いながらゲームをする時間が、たまらなく好きだった。対戦ゲームはコントローラーが二つ必要だから、選ばない。対戦ゲームを除いて、僕と君が受験勉強で忙しかった時期にクラスの大多数がハマっていたゲームを選んだ。周りが楽しそうに会話している輪に入れなかった時間を、ここで取り返す。

 「応答なし、と。ウチの秘めたる力を使ってこじ開けるか。手荒なマネはしとうなかったんやけどな」

 この扉に、僕は鍵を付けている。この鍵は、ネットの通販で購入して、窓の外に置いてもらったものだ。穴を開けて、ネジを回せば取り付けは簡単。

 僕がこの一週間の籠城を続けられたのは、このネットの通販のおかげ。二回ぐらい、配達員が間違えて家のドアの前に置いてしまったが、残りは成功している。

 秘めたる力がいかほどなものかわからないが、霊能者の不思議パワーで内鍵を回すつもりだろうか。僕はドアを注意深く見つめた。

 ――ほどなくして、コンコンコン、と窓が外からノックされる。注文していたカップ麺が届いたか、遮光カーテンを開けた。いつもの配達員ではなく、髪を一つに束ねた目の細い男が立っている。

 「ようやっと顔が見えたな。雄大くん」

 僕はカーテンを閉めた。乱暴に窓を叩く音がする。