矢作くんには宮下さんと二人がかりで「詩子さんが行きたいところに行くべきでしょう?」「せやせや。ヤハリくんのポケットマネーで遊園地デートするで!」と説得(?)し、前もって伝えていた目的地を変更する。講道館から後楽園へ。東京ドームシティアトラクションズだ。
「帰ったら父と叔父に請求するとしよう」
矢作くんの現在の所持金でチケット代は賄えたらしい。四人分のチケットを手に入れて、矢作くんがチケット売り場から僕たちの待つ入り口まで戻ってきた。一枚で今日一日すべてのアトラクションが乗り放題。
最初っから矢作くんに奢ってもらうつもりでいる宮下さんはともかく、改札を待ち合わせ場所を選んだ僕の責任もある。だから、僕の分だけでもチケット代を支払おうとして、僕はチケット売り場についていこうとしたのだが、矢作くんから「ここは自分が払うから、狭間は気にするな。ここでふたりと待っていてくれ」と男気を見せられた。
この東京案内会の発端は、矢作くんの父親と詩子さんの父親(=矢作くんの叔父さん)が、矢作くんのいとこである詩子さんを、矢作くんに押しつけたこと。東京案内会にかかった費用を矢作家が負担するのは、道理が通っている。僕は無料で遊べてラッキー、と思うことにしよう。
「帰ったらって、うたこちゃん、ヤハリくんの家に泊まってるん?」
「叔父とふたりで、お世話になっています。来春から、東京の高校に進学するので」
ということは、中学三年生なんだ。詩子さん、十五歳のわりには大人びている。雰囲気は落ち着いていても、好きなものの話になると口数が増えるあたりが年相応かな。宮下さんがトイレから戻ってきての移動中、吉能氏ことよしのんのことを根掘り葉掘り聞き出している姿から、熱心なファンの一面は見えた。
「ほーん?」
宮下さんの口角が上がる。僕が宮下さんに話さないでいた情報を知って、案の定、面白がっている様子。
「詩子さんは高校の寮に入るのだ」
寮生活かあ。実家を離れての、共同生活。想像できない。僕は移動教室とか修学旅行とかの宿泊行事でしか経験していないから。宿泊行事のような短期間ではなく、長期間、友だちと暮らす。君となら、実家に帰りたくなくなっちゃうぐらい楽しいだろう。
「ヤハリくんの家から通えばええんちゃう?」
「そこまでお世話になるわけには……」
矢作くんが顔を真っ赤にして反論する前に、詩子さんはさりげなく否定した。これは矢作くんも助かったと思う。
「せっかく乗り放題にしたんだから、いろんな乗り物に乗らないと損ですよ!」
気まずい雰囲気になる前に、ここは僕が先導しよう。僕と宮下さんが遊園地に誘導したのは、詩子さんの希望もあるが、僕が矢作くんを詩子さんから引き離して、その隙に宮下さんに除霊してもらうためだ。霊能力のない僕には姿が見えないが、詩子さんの背中にはおじいさんの霊が憑いているのだから。
「観覧車に乗りませんか?」
善は急げだ。僕は観覧車を指差す。
「そんなに観覧車に乗りたいのか……?」
矢作くんは怪訝な顔をした。遊園地といえばまずはジェットコースターなんじゃないかって僕は思う。ただ、今回は、詩子さんの除霊というミッションが先にあるから、僕は観覧車を一番手として推さなければならない。
「ええやん。四人やし、二人一組になって、な?」
な? で、宮下さんは詩子さんと目を合わせた。詩子さんはかなりわかりやすく動揺して「は、はい!」と高速でうなずく。この子、だいぶ宮下さんのことが好きっぽい。これだけ話しやすくて誰もが振り返るかっこよさなら、簡単にころっといっちゃうのも無理ないか。そんな人と二人っきりの密室に入れるのだから、このチャンスは逃せない。
宮下さんも人が悪い。今に始まったことじゃないけど。
「観覧車は、四人乗りとあるが」
「いいじゃん、二人一組! 僕は宮下さんの案に賛成です!」
矢作くんはパンフレットで定員を確認している。チケット売り場でもらったんだろうな、パンフレット。だが、僕と宮下さんには作戦がある。詩子さんを救わなくてはならない。
「四人で乗ればいいのではないか?」
「わたしも! 二人一組が、いいです!」
目的地を変更したときと同じだ。詩子さんが「いい」と言えば、矢作くんは引っ込むしかない。僕も本当はジェットコースターに乗りたい。他人の奢りで遊園地を満喫したい。が、ワガママを言っていいタイミングではないのもわかっている。人には我慢すべき時があるのだ。
「ほなら、ウチはうたこちゃんと」
宮下さんがさっと詩子さんの横に立つ。いい流れで僕と矢作くんのペアになりそう。
「コラ!」
「なんや」
「さっきから、その、詩子ちゃん、と呼んだり、腰に手を回したり、その、宮下! 詩子さんに対してなれなれしいぞ!」
あっ。矢作くんが爆発した。
「別にええやんか。イヤじゃないもんな?」
「へ? は、はい……イヤじゃない、です」
「ほら」
「ぐぬぬぬぬ……」
矢作くんが怒ってしまうのは、矢作くんの性格を鑑みればわかる。宮下さんも勝ち誇った表情で煽るからよくない。
「矢作くんは、僕と乗ろう」
「あ、ああ。そういうことになるか。よろしくな」
一周約十五分。僕と矢作くんでふたりきり。宮下さんが十五分ほどでうまく除霊してくれることを祈って、僕はゴンドラに乗り込んだ。次のゴンドラに宮下さんと詩子さんが乗る。想像より狭くて、定員四名と書いてあっても、矢作くんのようなガタイのいい高校生には窮屈に感じるだろうな、と思った。
「……二人ずつでよかったな」
やはりそう思ったらしい。矢作くんが僕の向かいに座ると、席は見えなくなってしまった。
「四人で乗っていたら、詩子さんを誰かのひざの上に乗せないといけなかったね」
「そんなことはできない! そうなったら、自分は辞退する」
「矢作くんに、待っていてもらうの?」
「ああ。詩子さんが楽しめるのなら、自分はそれでもよかった」
矢作くんを観覧車に乗せないという手もあったか。僕は矢作くんのこの言葉で、そういう選択肢もあったなと気付かされた。
霊能者としての宮下理緒の力は見せてもらえていないから、この機会に見られたかもしれない。惜しいことをした。
「すごい、カラオケが付いてる」
会話をそらそうとして、僕は観覧車に取り付けられた装置を話題にする。最近の観覧車はカラオケが付いているのか。君なら何を歌う? 歌わない?
「狭間。聞きたいことがある」
改まって、なんだろう。僕はカラオケの曲リストを見ている。
「宮下とは、どこで知り合った?」
「話していなかったっけ?」
「聞いた覚えがない」
どこまでを話していいだろうか。君にも相談したいが、僕は君の姿が見えていない。宮下さんのように、君と会話はできない。僕が、考えて、答えるしかない。
「宮下さんは、父さんの依頼で僕の家に来た。僕が、大輔の死で、塞ぎ込んでいたから」
「菱田のことは、自分も悲しい。友人として、もっとできることはあったのではないかと思うと、悔やんでも悔やみきれない」
友人。
「矢作くんは、大輔のことを友だちだと思っていたの?」
「思っているさ。無論、狭間もだ」
「僕も?」
「違うのか?」
僕と矢作くんの関係。僕は、矢作くんのことは頼りになるクラスの委員長と思っていた。友だちかというと、――考えてみれば、柔道部に誘ってくれたのは、友だちだからか?
「僕は、大輔を亡くして、友だちがいなくなったと」
「狭間と菱田は、親友であっただろう。菱田が亡くなったからといって、狭間の友人がゼロ人になったわけではあるまい。自分がいる」
「矢作くん……!」
「友人でなければ、東京案内会など頼まない。自分は、友人として、狭間や宮下を信じているからこそ、任せたのだ」
僕には矢作くんに後光が差しているように見えた。矢作くんは委員長として、ではなく、友人として、僕に接してくれている。僕が気付けていなかった。
「ありがとう、矢作くん」
「気にするな。これからもよろしくな」
「うん!」
友人契約なんて結ばなくたって、僕には友だちがいる。吉能氏と宮下さんに関する友人契約を取り交わした父さんは、矢作くんのことはどう思っていたんだろう。僕と同じで、クラスの委員長であって友だちの数には入っていなかったかな。帰ったら、聞いてみよう。
「帰ったら父と叔父に請求するとしよう」
矢作くんの現在の所持金でチケット代は賄えたらしい。四人分のチケットを手に入れて、矢作くんがチケット売り場から僕たちの待つ入り口まで戻ってきた。一枚で今日一日すべてのアトラクションが乗り放題。
最初っから矢作くんに奢ってもらうつもりでいる宮下さんはともかく、改札を待ち合わせ場所を選んだ僕の責任もある。だから、僕の分だけでもチケット代を支払おうとして、僕はチケット売り場についていこうとしたのだが、矢作くんから「ここは自分が払うから、狭間は気にするな。ここでふたりと待っていてくれ」と男気を見せられた。
この東京案内会の発端は、矢作くんの父親と詩子さんの父親(=矢作くんの叔父さん)が、矢作くんのいとこである詩子さんを、矢作くんに押しつけたこと。東京案内会にかかった費用を矢作家が負担するのは、道理が通っている。僕は無料で遊べてラッキー、と思うことにしよう。
「帰ったらって、うたこちゃん、ヤハリくんの家に泊まってるん?」
「叔父とふたりで、お世話になっています。来春から、東京の高校に進学するので」
ということは、中学三年生なんだ。詩子さん、十五歳のわりには大人びている。雰囲気は落ち着いていても、好きなものの話になると口数が増えるあたりが年相応かな。宮下さんがトイレから戻ってきての移動中、吉能氏ことよしのんのことを根掘り葉掘り聞き出している姿から、熱心なファンの一面は見えた。
「ほーん?」
宮下さんの口角が上がる。僕が宮下さんに話さないでいた情報を知って、案の定、面白がっている様子。
「詩子さんは高校の寮に入るのだ」
寮生活かあ。実家を離れての、共同生活。想像できない。僕は移動教室とか修学旅行とかの宿泊行事でしか経験していないから。宿泊行事のような短期間ではなく、長期間、友だちと暮らす。君となら、実家に帰りたくなくなっちゃうぐらい楽しいだろう。
「ヤハリくんの家から通えばええんちゃう?」
「そこまでお世話になるわけには……」
矢作くんが顔を真っ赤にして反論する前に、詩子さんはさりげなく否定した。これは矢作くんも助かったと思う。
「せっかく乗り放題にしたんだから、いろんな乗り物に乗らないと損ですよ!」
気まずい雰囲気になる前に、ここは僕が先導しよう。僕と宮下さんが遊園地に誘導したのは、詩子さんの希望もあるが、僕が矢作くんを詩子さんから引き離して、その隙に宮下さんに除霊してもらうためだ。霊能力のない僕には姿が見えないが、詩子さんの背中にはおじいさんの霊が憑いているのだから。
「観覧車に乗りませんか?」
善は急げだ。僕は観覧車を指差す。
「そんなに観覧車に乗りたいのか……?」
矢作くんは怪訝な顔をした。遊園地といえばまずはジェットコースターなんじゃないかって僕は思う。ただ、今回は、詩子さんの除霊というミッションが先にあるから、僕は観覧車を一番手として推さなければならない。
「ええやん。四人やし、二人一組になって、な?」
な? で、宮下さんは詩子さんと目を合わせた。詩子さんはかなりわかりやすく動揺して「は、はい!」と高速でうなずく。この子、だいぶ宮下さんのことが好きっぽい。これだけ話しやすくて誰もが振り返るかっこよさなら、簡単にころっといっちゃうのも無理ないか。そんな人と二人っきりの密室に入れるのだから、このチャンスは逃せない。
宮下さんも人が悪い。今に始まったことじゃないけど。
「観覧車は、四人乗りとあるが」
「いいじゃん、二人一組! 僕は宮下さんの案に賛成です!」
矢作くんはパンフレットで定員を確認している。チケット売り場でもらったんだろうな、パンフレット。だが、僕と宮下さんには作戦がある。詩子さんを救わなくてはならない。
「四人で乗ればいいのではないか?」
「わたしも! 二人一組が、いいです!」
目的地を変更したときと同じだ。詩子さんが「いい」と言えば、矢作くんは引っ込むしかない。僕も本当はジェットコースターに乗りたい。他人の奢りで遊園地を満喫したい。が、ワガママを言っていいタイミングではないのもわかっている。人には我慢すべき時があるのだ。
「ほなら、ウチはうたこちゃんと」
宮下さんがさっと詩子さんの横に立つ。いい流れで僕と矢作くんのペアになりそう。
「コラ!」
「なんや」
「さっきから、その、詩子ちゃん、と呼んだり、腰に手を回したり、その、宮下! 詩子さんに対してなれなれしいぞ!」
あっ。矢作くんが爆発した。
「別にええやんか。イヤじゃないもんな?」
「へ? は、はい……イヤじゃない、です」
「ほら」
「ぐぬぬぬぬ……」
矢作くんが怒ってしまうのは、矢作くんの性格を鑑みればわかる。宮下さんも勝ち誇った表情で煽るからよくない。
「矢作くんは、僕と乗ろう」
「あ、ああ。そういうことになるか。よろしくな」
一周約十五分。僕と矢作くんでふたりきり。宮下さんが十五分ほどでうまく除霊してくれることを祈って、僕はゴンドラに乗り込んだ。次のゴンドラに宮下さんと詩子さんが乗る。想像より狭くて、定員四名と書いてあっても、矢作くんのようなガタイのいい高校生には窮屈に感じるだろうな、と思った。
「……二人ずつでよかったな」
やはりそう思ったらしい。矢作くんが僕の向かいに座ると、席は見えなくなってしまった。
「四人で乗っていたら、詩子さんを誰かのひざの上に乗せないといけなかったね」
「そんなことはできない! そうなったら、自分は辞退する」
「矢作くんに、待っていてもらうの?」
「ああ。詩子さんが楽しめるのなら、自分はそれでもよかった」
矢作くんを観覧車に乗せないという手もあったか。僕は矢作くんのこの言葉で、そういう選択肢もあったなと気付かされた。
霊能者としての宮下理緒の力は見せてもらえていないから、この機会に見られたかもしれない。惜しいことをした。
「すごい、カラオケが付いてる」
会話をそらそうとして、僕は観覧車に取り付けられた装置を話題にする。最近の観覧車はカラオケが付いているのか。君なら何を歌う? 歌わない?
「狭間。聞きたいことがある」
改まって、なんだろう。僕はカラオケの曲リストを見ている。
「宮下とは、どこで知り合った?」
「話していなかったっけ?」
「聞いた覚えがない」
どこまでを話していいだろうか。君にも相談したいが、僕は君の姿が見えていない。宮下さんのように、君と会話はできない。僕が、考えて、答えるしかない。
「宮下さんは、父さんの依頼で僕の家に来た。僕が、大輔の死で、塞ぎ込んでいたから」
「菱田のことは、自分も悲しい。友人として、もっとできることはあったのではないかと思うと、悔やんでも悔やみきれない」
友人。
「矢作くんは、大輔のことを友だちだと思っていたの?」
「思っているさ。無論、狭間もだ」
「僕も?」
「違うのか?」
僕と矢作くんの関係。僕は、矢作くんのことは頼りになるクラスの委員長と思っていた。友だちかというと、――考えてみれば、柔道部に誘ってくれたのは、友だちだからか?
「僕は、大輔を亡くして、友だちがいなくなったと」
「狭間と菱田は、親友であっただろう。菱田が亡くなったからといって、狭間の友人がゼロ人になったわけではあるまい。自分がいる」
「矢作くん……!」
「友人でなければ、東京案内会など頼まない。自分は、友人として、狭間や宮下を信じているからこそ、任せたのだ」
僕には矢作くんに後光が差しているように見えた。矢作くんは委員長として、ではなく、友人として、僕に接してくれている。僕が気付けていなかった。
「ありがとう、矢作くん」
「気にするな。これからもよろしくな」
「うん!」
友人契約なんて結ばなくたって、僕には友だちがいる。吉能氏と宮下さんに関する友人契約を取り交わした父さんは、矢作くんのことはどう思っていたんだろう。僕と同じで、クラスの委員長であって友だちの数には入っていなかったかな。帰ったら、聞いてみよう。


