君がいなくなってからの僕は

 デート、と言うと矢作くんが「そんな不埒なものではない!」と烈火の如く怒る。僕は茶化しているわけではない。
 宮下さんが「ちゃうんか?」ってニコニコしながら煽って、矢作くんも無視すればいいのに突っ込むから、話の進みは亀の歩みのごとく。けれども時間は過ぎてゆくもので、当日になった。

 今日のこの会合のことは『矢作くんのいとこさんに東京を案内する会』を略して東京案内会、という当たり障りのない「おもろない」(これは宮下さんの評)名称が付けられている。

 「矢作くんのいとこさん、どんな人だろう」

 僕が待ち合わせの駅の改札に到着して、次に宮下さんが大あくびをしながら「おはようさん」とやってきた。待ち合わせ時間まで、まだ余裕はある。矢作くんへのメッセージは既読にならない。いとこさんは昨日の夜から矢作くんの家に泊まっているらしい(このことは宮下さんには言っていない。絶対に面白がるから)。

 矢作くんはいとこさんを連れて電車に乗り、この駅まで来る。この話を聞いて、僕は「電車の中での二人きりの時間はいいんだ……」と思ったが、誤解を招かないように言わないでおく。言ったら最後、宮下さんに言い返したように、ああだこうだと言われるに違いない。一つ屋根の下にはいるが、矢作くんのご家族もいらっしゃるし、矢作くんの普段の様子から察するに、いとこさんとは物理的に距離を置いているだろう。

 「いとこちゃんも柔道をやっとるんやっけ?」
 「そう言ってたね。僕も前に、矢作くんから『柔道部に入らないか?』って誘われたのを思い出すなあ」
 「なんで入らなかったん?」
 「ガチすぎて引いちゃって……」

 君と見学に行った日のことを思い出しながら、僕は苦笑いした。今日の東京見学会の行程を終える頃には、入りたくなっているだろうか。

 「ほーん。そんなにすごいんか。成海学園の柔道部」
 「都大会でもわりといいところまで勝ち上がっているらしいですよ」
 「ウチは誘われてへんな」
 「部活までやったら大変ですよ。宮下さん、ただでさえも学生としての勉強と夜勤のバイトとで倒れそうなのに、死んじゃいますって」
 「できればまだ死にとうないな」
 「僕も宮下さんまで失うのは、嫌なので」
 「せやな」

 東京案内会のルートを決めるにあたって、僕と宮下さんはできるだけいとこさんの情報を聞き出そうとした。案内される側の興味関心のある場所に行ったほうが楽しめるだろうし、僕たちもこういう機会でないと行かなかったであろう場所に行ける。どちらにとってもメリットがあるのだが、依頼主の矢作くんでさえ十年ぶりに会う相手だ。いとこさんのことなんててんでわからない。顔ですら怪しいというから、さもありなん。

 矢作くんの僕を含むクラスメイトへの面倒見の良さを鑑みれば、案内役は適任だと思う。矢作くんは女性を意識しすぎである。相手に恋愛感情を持っているわけでもないのだから、クラスメイトに接するように接していればいいのに。ままならない。

 「……今の話、大輔も聞いてました?」
 「聞こえてるで。ここにおるし」
 「ちゃんとついてきてくれているんですね」
 「いつでもおるよ。せやから、今日はダブルデートやなくて、愉快な五人組やね」

 矢作くんが矢作くんの父さんを経由して、いとこさんの父さんから手に入れた情報は『柔道に励んでいる』の一点のみだった。なので、僕は目的地として講道館を提案している。行ったことはないが、ここは柔道の総本山らしい。調べたら出てきた。資料館や図書館が併設されているというので、柔道家の矢作くんやいとこさんなら楽しめるのではないか。

 「男の子四人に、女の子一人か。女の子的にはどうなんだろう。そういう状況って」
 「ウチと雄大くんと大輔くんなら、ええんやないの? ヤハリくんみたいなデカいのが四人と女の子が一人ってわけやないし」
 「……どうせチビですよ」
 「そうは言っとらんやろ」

 場所は後楽園の近くにある。もし講道館の展示が面白くなくてすぐに出てしまったとしても、東京ドームシティのアトラクションに望みを託す作戦でいこう。宮下さんは飽きちゃいそう。遊園地ならば、勉強のための施設ではないし、いくらでも楽しめそうだから。美味しそうなレストランもたくさんある。

 実はここまで来るのは十数年ぶりだ。昔、特撮ヒーロー番組を見ていた頃に、どうしてもヒーローと握手がしたくて、父さんに頼んで連れてきてもらったのが最後。君はどうかな。来たことはある?

 「柔道に励んでいる武道少女となると、挨拶は『押忍!』みたいな子が来るのかもですね。大の大人を放り投げちゃうような」
 「ウチは、ギャルが来てほしいな」
 「といいますと?」
 「女版ヤハリくんが来たら、ヤハリくんが実質二人みたいなもんやろ。そうやなくて、柔道をやらせるとめっぽう強いけど、普段はチャラくて、流行りに敏感な子がええな」

 宮下さんの好みを話していらっしゃる?
 いや、違うか。彼女さんはギャルではなかった。年上の綺麗な女の人。

 「そんなマンガみたいな……」

 ま、まあ、でも、そういうギャップのある子はかわいいよね。うんうん。わかりますよ。

 「おーい!」

 改札の向こう側から大きな声がした。矢作くんだ。大きな手をぶんぶん左右に振って、こちらを見てくれとアピールしている。――隣で気まずそうな顔をして縮こまっている子が、いとこさんか。

 「どちらでもなさそうですね」

 第一印象は、おとなしそう。活発なタイプではない。髪は短めで、背丈は矢作くんの肩の高さだから、僕より低い。

 「肩が痛そう」

 宮下さんはぼそっとつぶやいた。胸のことを言っているのだとしたら、セクハラだ。目を細めて、隣のいとこさんとおぼしき女の子を凝視している。

 「じろじろ見るの、あんまりよくないですよ」
 「ちゃうねん」

 矢作くんが改札を通った。女の子は後ろについてきている。僕と宮下さんに、ふたりが近付いてきた。矢作くんは「助かった」と言わんばかりの安堵の表情。女の子は、ここがどこなのかを確かめるように、視線をあちこちに向けている。

 「いとこちゃんがジジイを背負ってる」

 宮下さんは僕にだけ聞こえるように、耳打ちしてきた。