◼️◼️◼️にまつわる物語




 ——そもそものはじまりはいつだったのでしょうか。



 あの人たちが、村を乗っとろうと計画を立てはじめたころから?

 村を四つにわけ、それぞれで管理しはじめたころから?

 それとももっと昔、この山奥の地に人が住みはじめたころから……?

 誰も利益を奪おうなどと考えなければ、穏やかに暮らすことができたのに。
 誰も苦しんで死ぬことなどなく、負の連鎖が生まれることもなかったのに。

 …………。

 みなさん、こんばんは。ナナシです。

 本日はライブ配信でお送りしております。

 私は今、N県の外れに来ています。もうあたりは真っ暗ですが、見えますでしょうか。ここは山の中です。草が腰近くまで伸びています。こうしてライトを照らさないと、数センチ先の世界も見えない状況です。一歩足を踏み外せば、底のない谷へと落ちてしまいそうです。とても危険ですね。でも、数年前まではこんな状況ではなかったそうですよ。
 今はすっかり獣道となってしまいましたが、以前はこの道を人が踏みしめ、山道にしていたそうです。二十年ほど前までは近くまでバスも通っていたそうです。この先に村があったんです。驚きますよね、こんな山深い場所に村なんて。現代であれば、こんな場所を拓いて住もうなんて思わないでしょう。もっと安全で平和な地がある。でも、一度住みはじめたらもう戻れないものなのかもしれませんね……。

 ……ああ。

 コメントありがとうございます。

 〈なんの配信?〉——ふふ。わからないですよね。スポットバイトをテーマにしたYouTubeチャンネルで、生配信。私自身も、なんのための配信かわかりません。
 もともとは、自分が動画に出てくる予定もなかったんですよ。自我を出すのが嫌なので、メインチャンネルではフリー素材やAI音声を駆使して動画を作成していました。まあ、こちらのチャンネルでも出ているのは声と足元くらいですが……それすらも、私は余計な情報だと思っています。視聴者に情報を届けるとき、私は必要ないんです。だから、私の名前は()()しなんです。

 でも、このライブ配信はただの自己満足のものですし、アーカイブも残さないので、少しだけ話させてください。

 私は、二十四歳の男性です。
 定職には就いていません。

 高校一年生のころ、ひどいいじめに遭って不登校となり、それから社会に出るのが難しくなってしまいました。人間が怖くなったんです。人は私を攻撃する。人は私を陥れる。そんな気持ちに取り憑かれ、誰かと関わることができなくなってしまいました。進学しないのならば働かなければ、と思いましたが、スーツを着て面接を受ける自分を想像するだけで足が竦みました。私が誰かに認められるわけがない。私はこの世界にいらない存在なのだと思っていました。
 そこで出会ったのが、スポットバイトだったんです。
 登録し、応募するだけで働ける。そのシステムに驚きました。そしてすぐに応募しました。いえ、すぐにいうのは言い過ぎですね。長い間悩みました。悩んで、悩んで、震える指で登録し、応募し、吐きそうになりながら当日を迎えました。
 やってみて、本当によかったです。はじめての仕事は早朝の品出しで、誰かと雑談することもなくあっという間に終わりました。ようやく一歩踏み出せたような気がしました。はじめて社会の一員になれた気がしたんです。もちろん、働いてなければ社会の一員ではないということでは決してありません。ただ、私は働くことで未来が、希望が見えたんです。



 〈更新止まってるから死んだのかと思った〉……コメントありがとうございます。

 死んではいません、今はまだ。



 あ。

 見えますか?
 家がありますね。

 立派な木造家屋ですが、瓦は落ち、壁は剥がれています。庭木も荒れ果てている。明らかに空き家です。表札は、もう掠れて見えませんね。
 鍵は……かかっていないようです。
 入ってみましょう。

 息苦しい……。空気が変わったのがわかりますでしょうか。

 私は霊感がないのですが、もしかしたら霊感のある人にはなにかが見えているかもしれませんね。この部屋の四隅に固まっている、おびただしい数の人間たちが。誰にもこの地を譲るものかと、すでに生き絶えたモノたちが、ここに(とど)まり続けているんです。いえ、そんなモノがいるかどうかはわかりません。私には視えないので。ただ、こうして壁際に寄っていくと手足がひどく重くなり、土壁のシミにいくつも目玉が浮き上がってくるのは感じます。二階からもたくさんの声が聞こえてきますね。霊感がなくとも、強い力を持った場所では関係なく、人に影響があるのでしょう。
 今さら自分の身体がどうなろうとどうでもいいのですが、ここにいても意味はないので、外に出るとします。

 〈心霊チャンネルはじまってる?〉——コメントありがとうございます。スポットバイトのチャンネルを開いてこんな動画が出てきたら驚きますよね。
 心霊チャンネルの真似事ではないですが、この事象について説明してみます。

 いま入った家は、『お隅さん』と呼ばれる方の家です。

 この村では、村の取りまとめ役として村人から四家族が選出されていました。彼らは村の敷地の中の隅に住居を構えたため、『お隅さん』と呼ばれました。今の家は、三隅さんという方の家でした。
 お隅さんはほかにも三家族いますが、どれも空き家なんです。子孫は村を捨て、みな散り散りになったようですね。祖先の霊体はこの地に固まっているようですが。

 …………。

 みなさまは、私がなぜこんな村の話をしているかわからないでしょうね。

 わからなくてもいいです。でも、どうか最後まで聞いてください。
 私がこのチャンネルを立ち上げたのは、このチャンネルに集まる視聴者さまを呪い殺すためなのです。

 私はある呪いを受けました。
 それは、四角村を取り巻く呪いで。
 無関係だったはずの私も、あることによりその呪いにかかってしまったのです。

 この呪いを受けた人間は、不安感に襲われ気が狂うようです。解く方法はありません。特定の人間を『監視』することで影響を緩和させることはできるそうですが、その人物たちは日本中に散らばっているでしょうし、私は探し出すことができませんでした。この先の人生、運がよければ狂ったまま生き続けることができるかもしれませんが、いつか不安に押しつぶされ、自ら命を経ってしまうのでしょう。事実……、いつかではなく、今……この瞬間も、誰かに襲われるかもしれないという不安で、心が押しつぶされそうなんです。

 どうして私だったのでしょう。
 ようやく人生に、希望を見つけたところだったんです。
 人を怖い、と感じていた私が、社会に出て働けるようになったところだったんです。

 でも、こんな運命をたどってしまった。だから私は決めたんです。私のもとに集まってくる視聴者を、全員呪い殺そうと。許さない。許さない。人を利用し、利益だけを得る人たち。私はずっと、そういう人たちに搾取されて生きてきました。いじめの加害者。動画を見るだけ見て感謝もなく去っていく人たち。私に呪いをかけた人間。これからも一生、私は誰かに怯えながら生きるのでしょうか?

 だから、このチャンネルを通して四角村の情報を流しました。呪いは、村の情報を伝えたり、村のために祈ることで伝播していくと知ったからです。それで四角村の仲間とみなされるんです。さりげなく、意味深な動画を上げ、じわじわと拡散していく予定でした。でも、いつまで経ってもみなさんが不安に苛まれる様子が見られない。やきもきしながらコメント欄を眺める日々が続きました。
 安心してください。あなたたちは呪いにかかっていません。
 伝聞すれば呪いにかかる、というのは出鱈目の話だったようです。

 ……コメント、ありがとうございます。

 〈その場所は危険です、引き返してください〉……引き返すことはできません。引き返してなにになるのでしょう。
 私はもう、戻れないんです。

 さあ、着きました。

 見えますでしょうか。ライトで照らしてみます。

 とても小さな祠です。もう誰も管理していないのでしょう。中を覗くと……なにかありますね。取り出してみます。丸めた紙ですね。黒く染められた和紙……。さすが和紙というべきか、長い間放置されていたと思われるのに傷んでいません。耐久性があるのでしょうね。広げてみると、このように……紋が描かれています。





 これは、村で『お炭さま』と呼ばれている神さまです。

 お炭さまの祠は、人が住みはじめる前からここにあったそうです。山あいのこの空間を囲むように、四つ、祠が置かれていたそうです。祠自体はそのときどきで作り替えられてきたのでしょうが、お炭さまはずっと、この地に住んでいました。書物によると、その誕生はここに広がる自然が影響しているそうです。木々、水、食料……豊かな自然の恩恵を受けた誰かが、土地に感謝し、神さまを作った。やがて誰かが祠の中に和紙を入れ、そこに紋を描き、四つのお炭さまに番号を与えた。それは村の仕組みに影響を与え、番号の振られた和紙は、お隅さんの仲間の証明書として配布された……。


 『炭』、

 そして四角村の特産品であった『紙』は、

 もとは木です。



 この地の木々で作られた紙は、この土地そのものです。

 紙に四角村の紋を描いたものは、お炭さま、そのものです。



 恩恵にあやかり、静かに暮らしていればよかったものを。争いを起こし、この地を荒らしたものだから、お炭さまが怒り、村人は呪われたのではないでしょうか?



 ……さて。

 私は今から、村に祀られた四つの祠とお炭さま、そのすべてを破壊します。

 別に、意味はありません。
 呪いを解くために試行錯誤しているわけでもない。

 ただ、私にはもう、呪いをこの身に置いてまで生きていく気力がないのです。
 ならば最後に、呪いを生み出したのであろう神を殺し、闇に葬ってやりたい。
 そして私が生きていた姿を、ここの視聴者さまに見届けてほしい。
 そう思っただけです。

 復讐するならば、私に呪いを移した老婆など、四角村の子孫であるべきなのでしょうが……私はもう生きた人間と関わりたくありません。一方で、神の殺す行為は禁忌でしょう。運がよければ呪いが解けるか、または神の怒りを買ってこの場で倒れるのかはわかりませんが、どうなっても受け入れるつもりです。

 そして、ご報告があります。

 突然のご連絡で申し訳ございませんが、当チャンネル、およびメインチャンネルの『スキマのゲンバ』は、本日をもちまして停止いたします。

 長い間、ご視聴いただき誠にありがとうございました。

 それではみなさま、よいスポットバイトライフを。





 …………。

 …………。





 ……〈諦めないでください〉。





 コメント、ありがとうございます。





 神風さん。
 あなたはずっと、私のことを見ていましたね。





 私も、あなたの考察をずっと見ていました。このチャンネルでまさか謎解きのようなことをはじめる人が出てくるとは思わず、最初は動揺していました。

 でも、なにを解明したところで影響はないので、放置していました。考察をしていたのはただの好奇心だったでしょうしね。村の歴史にたどり着き、真実に近づいてくる様は、ある種の感動すらありました。

 そして私は、あなたに感謝しています。

 私は……ぼくは、自分に興味を持ってくれる人がこの世界に現れるとは思っていなかった。
 だから、あなたが最後に残してくれたコメントに、心を打たれました。
 
 いつだって、みんなが必要としていたのは動画でした。ぼくじゃない。このチャンネルはスポットバイトが世に出たはじめのころに立ち上げたからか、視聴数はすぐに伸びました。コメントが増えて、みなさんの声が聞こえて、ぼくにとってここが生きる意味のひとつになったことはたしかです。だけれどどこか、空虚だった。

 そんな中、あなただけは、ぼく自身を見てくれた。
 それだけで、ぼくの心は満たされたんです。

 ぼくは、このシカクにまつわる動画たちを、視聴者の多いメインチャンネルではなく、サブチャンネルを作って公開しました。
 いま思うと、それはやはり『スキマのゲンバ』の空間が大切だったからなんです。

 多くの人が私を求めてくれた。
 視聴者さまにも感謝しています。



 みなさま、ごめんなさい。



 そして今まで、ありがとうございました。