◼️◼️◼️にまつわる物語


〈テロップ:音声が一部かすれております。ご了承ください〉



 こんにちは。

 またいらしてくださったのね。うれしいわ。
 ごめんなさいね、今日も私みたいな老婆の相手で。マル(ピー)さんは、正規のお仕事の方がラクかしら? 調理場のお仕事、忙しいし、濡れたりもすると聞いたのだけど……あら、うれしいわ。そんなことを言っていただいて。なんのおかまいもできないですけど、ゆっくりしていってね。
 そうだ。あなたがまた来てくれたら渡そうと思って、用意しておいたものがあるの。
 これよ。受け取ってちょうだいね。
 ……ああ、遠慮しないで! いいのよ。これで帰りに好きなものでも食べて。お腹が空いていなければ、学費の足しにするか、お友達とでも遊んでちょうだい。
 私ね、本当にうれしかったの。前回あなたと話せて。だから、ささやかだけれどこれはお礼なのよ。遠慮しないで受け取って。
 今日も短い時間だけれど、よろしくね。
 …………。
 ああ、これ?
 千羽鶴よ。
 ほら、こんなところにひとりでいると退屈でしょう。だから、暇つぶしに作っているの。
 ぼうっとしているとボケちゃいそうだし、手先を動かしていたほうがいいっていうからね。作業療法ってやつよ。いろいろやってみて、折り紙が一番楽しかったの。
 でも、千羽鶴なんか作っていると少し恥ずかしいのよね。自分の長寿を祈ってるみたいで……。完成させたところで、私は老い先短い老人であることに変わりはないし。突然若返って、あなたみたいに自由に動き回れるようになるわけでもないし。……ふふ。ありがとう。足腰は弱ってしまったけれど、内臓なんかは元気だからね、まだまだ生きるつもりよ。
 そうだ。あなた、私のかわりに作ってくれないかしら?
 ほら、やっぱり自分のために鶴を折っても虚しいだけでしょう。あなたに作ってもらえたら私、今の倍は生きられる気がするわ。あなたも座っているだけだと手持ち無沙汰でしょうし。だから、ここにいる間だけでも、暇つぶしだと思って。ね。
 ただ、少しコツがあるのよ。
 これが見本ね。こうして、最初に折り紙の白いほうに絵を描くの。ペンはここにあるから、どうぞ。まず、  を描いて。そして、その端にこの漢字を書く……。そうそう。そしたら普通に鶴を折って、できあがり。どう? 簡単でしょう?
 これを千羽、心を込めて作るの。このやり方ね、お友達に教えてもらったのよ。こうして鶴を作ると心の中の不安がなくなるんだって。作るときっと、いいことがあるって。もしかしたらあなたにもいい影響があるかもしれないわ。お給料ももらって、いいこともあるなら一石二鳥じゃない?
 そうそう。上手だわ。丁寧にね……。


 ……私ね、千羽鶴が好きなの。
 千羽鶴っていうか……『千』っていう数字が好きなの。
 千羽鶴の千って、数字そのものに意味はないって聞いたわ。千は、『たくさん』を表しているそうよ。
 鶴、という縁起物を、たくさん作る。たくさん作ることで相手の幸せを祈る。たくさん、っていう、抽象的な部分が好きなの。十でも百でもなくて、本当は千でもない。『たくさん』なのよ。
 数字って恐怖だわ。そこかしこにある。ぼんやりしたものにはっきりとした形を与えてしまう。それでも別に支障はないのだけど、恐ろしいのは縁起の悪い数字よ。不吉だわ。現代だって、意味なんてないと思いながらもその数字を避けることがあるでしょう?
 建物の階数。病室の番号。ナンバープレート……。迷信でしかないのに、人はそれを避けてきた。ふと時計を見たとき、忌まわしい数字が並んでいるとぞっとしてしまう。そこには力があるからなのよ。ただの数字じゃないの。負の道へと導く意志がある。
 そして一番恐ろしいことは、自分が忌まわしき存在になることよ。
 もし自分の苗字に、忌むべき数字が入ってたらどうする?
 どうする?
 どうする?
 どうする?

 答えろ。



 ……そう。どんどん作って。今日はいくつ作れるかしら。ああ、数えなくていいわ。気持ち悪いから。『たくさん』でいいのよ。数字に意味なんてないの。でもそこに意味を見出すの。信じればいいの。きっと願いは叶うんだって。私の願いは叶うわ。

 おまえは私の仲間になるんだよ。