◼️◼️◼️にまつわる物語


 ——お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか

 丸(ピー)と申します。本日はお時間をいただきありがとうございます。よろしくお願いいたします。

 ——今回は、つらい思いをされましたね

 はい。本当に怖かったです。まさかこんなことになるとは思わなくて、自分の危機管理能力のなさにうんざりしています。誰にも相談できなかったから、こうやって取り上げてもらえてよかったです。話を聞いてもらえるだけでもほっとするので。なにが変わるわけでもないですが……。
 
 ——まず、あらましをお話しいただけますでしょうか

 はい。私は情報系の大学に通っている学生です。スポットバイトには、推しのライブに行くためのお金が欲しくて応募しました。大学に入ってからオタクっぽい友達ができて、一緒にいるうちに私も好きになって。でもお小遣いだけじゃ全然足りなくて。
 普通のアルバイトではなくスポットバイトだったのは、親が厳しかったからです。バイトをする暇なんかあったら勉強しなさいって言って、許してくれませんでした。だからスポットバイトにしたんです。スポットバイトなら一日で終わるから帰りが遅くなってもバレにくいし、保証人もいらないから私ひとりで完結できるし。都合がよかったんです。
 あの求人は……スポットバイトをはじめて三件目の現場でした。
 その前の二件では理不尽に社員の方に叱責されたことがあって、すごく悲しい思いをしました。でも、この求人はレビューで職員さんが優しいって書いてあったし、二時間だったから耐えられるかなって思ったんです。介護施設って入ったことがないから緊張はしてたんですけど、たしかにみなさん優しそうな方でした。
 でも、問題が発生したんです。

 ——施設の入居者と、ふたりきりにさせられたんですよね

 はい。求人に書かれていた業務と全然違う状況になりました。
 その日、私も含めて三人のクルーさんが呼ばれてたんですけど、ふたりは洗い場に案内されたのに、私だけ事務室に取り残されて。「洗い場はふたりで充分だから、あなたは入居者さんの話し相手になってほしい」って言われました。

 ——抗議しようとは思わなかった?

 意味不明すぎて、帰りたいと思いました。また変な会社に当たってしまった、もうこりごりだって。でもそんなことできませんでした。もう業務時間ははじまってるのに、ここで拒否する勇気なんてありませんでした。仕事を放棄して帰ったりしたら私のほうが問題視されて、指示に従わなかったからって評価を落とされると思いました。
 それに、だいたいの求人には「書かれている業務とは違う仕事を振ることもある」って書いてあるじゃないですか。この求人もたしかそうでした。だから、これも「違う仕事」に該当するのかもしれない。洗い場とは全然違うけど、そういうこともあるのかもしれない。こんなの普通の状況なのに、不安になってる私がおかしいのかもしれない……そう思うと、我慢するしかありませんでした。とりあえずやってみて、二時間を耐えることだけを考えて、駄目なときは逃げればいい。そう、腹をくくりました。

 ——では、話をした入居者のことを教えてください

 はい。
 ……とにかく、異様でした。
 なんて言ったらいいのかな……。
 見た目は、普通のおばあさんだったんです。ドアを開いて、人相のいいお顔がぱっと目に入って、安心したくらいです。年齢は七十歳くらいでしょうか。髪は白髪で、小柄で、ゆったりとしたカーディガンを着ていました。おそるおそる近づいて、とりあえず大丈夫かもしれないと思った瞬間、おかしなことに気づきました。
 部屋の隅が、なんていうか……つぶされていたんです。
 そこは個室で、おばあさんは部屋の奥にあるベッドで寝ていたんですけど、その対角線の、部屋の隅がおかしかったんです。
 まず、カーテンが引かれていました。っていっても、窓とかにかかってる短いやつじゃないです。部屋の隅を隠すように、天井から床まで長いカーテンが引かれていたんです。例えるなら、病院の大部屋の個室カーテンです。病室ってプライバシーを守るためなのか、ベッドを囲むように長いカーテンがついてますよね。パーテーションみたいな意味合いで。ただ、病室はもとからそういう設計がなされてるわけですけど、おばあさんの個室にあったカーテンはそんな感じじゃなかった。
 天井の近く、部屋の隅っこを横切るように斜めに突っ張り棒がかけられていて。そこに、床まで届くくらいのカーテンが引かれてました。それが、取ってつけたような手作り感があったんです。
 斜めにかけた突っ張り棒が不安定で、無理やり付けた感じがしました。それで、もともとは正方形のはずの部屋が、角を失って不規則な五角形になってたんです。うまく言えないけど。カーテンをよく見るとぼこぼこに膨らんでいて、奥になにかが置かれているようでした。布が薄手だったから透けて見えたんですけど、段ボールだとか、ゴミ袋みたいなものが山ほどあったようでした。介護に必要なものだったのでしょうか。それなら普通に棚にしまえばいいと思ったのですが、よくわかりません。
 ほかにも変なところはたくさん……あ、すみません。
 入居者の話、ですよね。

 ——結構ですよ。気になったことを話してみてください

 はい。すみません、
 おばあさんと話した内容は録音のとおりです。
 変な感じだったのは聞けばわかると思います。最初は普通だったんですけど、千羽鶴を作るように言われたあたりからおかしくなって。地が出てきたっていうか……。
 そうだ。ひとつ、補足したいことがあるのですが。





 折り紙に書かされた図柄です。録音では伝わりきれなかったと思うんで、描いてきました。
 これ、なんなんでしょうね。実は宗教のロゴだとか、暗号だとか、なにかあるんでしょうか。視聴者さんの中で知ってる方がいらっしゃったら教えてもらいたいです。おばあさんは「お友達に教えてもらった」なんて言っていましたが、調べてもわからなくて……。
 千羽鶴って、なんか念がこもってるイメージですよね。もちろんいい意味での念ですが、これに関しては嫌な作業をさせられた気がして、モヤモヤしています。

 ——この件、求人の運営側に報告しなくていいのですか?

 はい。ここで話せて少しすっきりしたので、通報はしません。
 通報するほどのことなのか、やっぱりわからないし。私には通報する資格もないんです。この求人、変だと思ったのに調子に乗って、二回目も応募してしまったから。録音も当然、よくないことですし。
 それに、お金も……受け取っちゃったし。
 音声を聞いてなんとなく伝わってしまったと思うのですが、あのおばあさん、お金を渡してきたんです。一万円。
 返そうとしたら拒まれて、断りきれませんでした。だから、帰り際に施設の方に渡そうと思っていたのですが、なんとなくポケットに入れたまま……。もういいかって。私、もうこんなところ来ないしって。もらっちゃいました。自業自得です。通報なんてできません。
 おばあさんはなんで私に目をつけたのか、ずっと考えてます。おばあさん、お金を用意してでも私に来てほしかったみたいなんですよね。でも、なんで私って思うんです。あの日、ほかにもクルーさんはいたし、誰でもよかったと思うのに。昔から変な人に目をつけられるタチなので、悲しいです。おどおどしてるから、舐められるのかもしれません。本当、悲しい。

 ——最後に、動画を見ているみなさんになにかあればどうぞ

 どうか、悪質な求人には気をつけてください。
 今回の件で、私は働くことに恐怖を覚えるようになりました。社会の裏側を見てしまった感じです。私の行動にも問題はありましたが……やっぱり、向こうに非があったって思ってます。みなさんが応募するときは、慎重に行ってください。求人内容やレビューをよく読んで、少しでも不安があるものは避けてください。
 この求人は、N県の外れにある介護施設です。今もときどき募集しているようなので、気をつけてください。
 数千円のスポットバイトで、心を消費しないでください。

 ——ありがとうございました

 こちらこそ、本日はありがとうございました。

 ——それで、あなたはなぜそんなところにいるんですか?

 え?

 ——なぜ、あなたはそんなところにいるんですか?

 どういう意味ですか?

 ——なぜ、あなたは

 だって、ここにいないと駄目じゃないですか。

 ここを守らないといけないじゃないですか。

 ここが、私たちの大事な場所なんです。
 仲間たちと、守る場所なんです。
 誰にも渡しちゃいけない。
 敵から、守らなきゃいけない。



 なに見てるんですか?



 おまえ、ここに来たら(ピー)すからな。