——こんにちは。
どうぞ、お入りになって。
大丈夫よ、別にとって食うなんてことはないから。安心してね。ああ、上着はあちらに。ハンガーがありますのでどうぞ使ってください。
…………。
ごめんなさいね、こんなところにお呼びだてして。
驚きますよね。いきなり知らない部屋に通されて。でも気にしないでくださいね、ちゃんと時給分のお給料は出ますから。たまにこういうことがあるんですよ。詳しいことは職員さんからお聞きになってるかと思うんですけど、アルバイトさん、多めに募集をかけているんですって。そんなことをしたらお金がもったいないと思うんですけど、ギリギリの人数で募集をかけてしまうと、直前にキャンセルされたときに困ってしまうからって。でも今日はみなさん、きちんと来てくださったようですね。それで、言い方はアレですけれど、余ってしまうことが……ね。
お名前、お伺いしてもよいかしら。
マル(ピー)さん。マル(ピー)、(ピー)さん。
すてきなお名前ね。お若いのに、古風で響きがいいわね。
きっと親御さんのセンスがいいのね。今はほら、読みがわからないお名前の方もいるでしょう。ああいうの、びっくりするわね。私の時代にはそんなことなかったと思うわ。読みやすい名前が多かった。ひらがなとかカタカナの名前も多くてね。それはそれで、今だと変な名前って思われるかもしれないわね。
でも私、大事なのはその名前を自分が気に入っているかどうかだと思うの。嫌な名前だと、一生気にしながら生きることになりますからね。名前だけじゃなくて、苗字もね。女性は結婚すると苗字が変わることがあるけれど、もしそれが嫌な響きだったら困るわよね。本当に。本当に、嫌だわ……。
ああ、ごめんなさい。どうぞお掛けになって。
申し訳ないけれど、私は横になったままで失礼するわね。
それで。今日は、どうしてこの(ピー)苑に?
そうよね。近いのが一番だわ。学生さんはなにかと忙しいものね。授業終わりにちょっとお金を稼げるなら、それが一番よ。
……あら、そんなことが。それはひどいわね。私にはアルバイトのことはよくわからないけれど、こんな優しそうな方に暴言を吐くなんて信じられないわ。安心してね、ここではきっとそんなことないから。ほかの入居者さんも職員さんも、みんな優しいの。誰かが怒っているところなんて見たことがないのよ。
ああ、そんなんじゃなくて……。これは、ただの世間話よ。
そりゃあ、職員さんから見たらあなたみたいな子に長く働いてほしいのでしょうけど、私にはもちろん採用とか、そんな権限はありませんし。ただのおばあちゃんですからね。
ただ私はね、人と関わりたいだけなのよ。職員さんたちもたまに話を聞いてくれるけれど、忙しいからお仕事の邪魔するわけにはいかないでしょう。だから誰かと話してみたかっただけなのよ。私には夫も子どももいなくて、会いにきてくれるような人も少ないから。ちょっと、退屈なのよ。
それで、大学はどんなところに行っているの?
まあ、しっかりしているのね。今の時代、女性でも手に職を付けなくちゃね。それで、お住まいは? …………。
……ああ、もうこんな時間。
お帰りになる時間ね。
お勉強がんばってね。応援しているわ。
こんな年寄りになるとね、若い子の未来を祈ることくらいしかやることがないのよ。あなたが今日、お皿洗いなんかをせずにここでのんびりして、二時間分のお給料をもらえたなら私もここにいる価値があるってものだわ。
よかったら、また来てくださいね。
あのね。
なんだか私、あなたといい仲間になれる気がしてるのよ。



