この空を君に。

 #1 君との出会い

 私、中学三年生の霧ヶ丘墨(きりがおかすみ)。受験真っただ中の吹奏楽部員。
 私の今日の練習場所は屋上なの。
 屋上で楽器を吹くと、パーンと音が広がっていくから、心地がいいのよ。
 この段々と寒くなってきた時期の放課後の屋上は、めったに人がいない。
 だから、心置きなく楽器が吹ける。
 そんなことを考えながら、屋上につながる階段をたとたとと登っていく。
 右手に楽器ケース、左手に楽譜ファイルと、折り畳み式譜面台。
 ちょっと荷物は多いけど、これも練習を充実させるためだから、仕方ないよね!
 そんなこんなで、屋上の扉の前についた私は、右手を開けるために楽器ケースを床に置いた。
 楽器ケースが汚れるのは嫌だったから、楽譜ファイルから要らないプリントを取り出して、下に敷いた。
 「よし!じゃあ、お邪魔しまーす。」
 私はドアノブに手をかけて、風圧に負けないように思いっきり扉を引いた。
 扉を開けるとそこには、目を見開くほど美しい夕焼けと、
 フェンスに足をかけて、『今にも飛び降りそうな男の子』の姿があったのだ。
 手に持っていた楽譜ファイルを地面にたたきつけ、持ち前の運動神経ですぐさま走り出した私は、男の子の腕をつかむと思いっきり引き寄せた。
 「危ない!!」
 半ば叱るように叫んだ私は、男の子をうまくホールドして、フェンスから遠ざけた。
 「なんでそんな危ないことするのよ!」
 気づいたらあふれてきた涙が私のほほをつたい、男の子の手に落ちる。
 「え…?」
 やっと言葉を発した男の子は、私の顔をバッと見上げた。
 「お姉さん、泣かないで…?」
 その子の声は、なんだか幼くて、まだ声変りが来ていないんだろうなって感じさせる声だった。
 でも、落ち着いていて、きっとあんまりしゃべらない、クールな子なんだろうなって思った。
 「ごめん、びっくりしちゃったの。」
 私よりずいぶん年下に見える男の子に、優しく声をかける。
 「でもどうして、あんな危ないことしようとしてたの?」
 うつむいた男の子は、私の服の裾をぎゅっと握って言った。
 「だって、僕のゲームのカードが下に落ちちゃったんだもん。」
 …ゲームのカード、?
 思ってた回答と違う。
 違うというか、なんだ?
 頭が真っ白になり、さっきの言葉にショックを受けた私は、パタリと気を失った。

 ***

 「あんたなんか大っ嫌い!!」
 ─あぁ。この声は。
 今は、何時?私、何してたっけ。
 なんで、なんでなんだろう。
 悪夢はいつも、突然やってくる。

 ***

 『おはよ、おねえさん。』
 目を開けるとそこには、さっきの男の子がいた。
 男の子の口が、そうやって動く。
 かすかに、声が聞こえる。
 『ぼくね…ゆ…いう…の』
 っ…!?
 聞こえない。聞こえない聞こえない。
 まるで水の中。
 ああ、この感覚最悪…。

 私はまた、意識を失った。

 ***

 ─「あんたなんか大っ嫌い!!」
 私、小学五年生の霧ヶ丘墨!風邪なんてひかない健康体!と、言いたいところなんだけどね。
 そういうわけにもいかないんだ。
 あのね。私、『耳が聞こえないの。』

 小5の春。私は親友だった凛子(りんこ)ちゃんに思い出したくもないことを言われて、ショックで突発性難聴を患ったの。
 でもね、現代には「補聴器」っていう素敵な道具があるから、そのおかげで普通に過ごせている。
 それに、補聴器がなくても、右耳は少し聞こえるんだ!
 手話の勉強もしたし、口を読む練習もしたからばっちりなの!
 うん。これでよかったんだよ。
 私、嫌なことも、悲しいことも、隠すのは上手なの!
 だからね。心配しないで。
 私、霧ヶ丘墨は今日も元気に幸せに!毎日を生きているのです!

 ***

 現在私は、男の子の膝の上に頭をのせて、日陰でうずくまっているらしい。
 起き上がろうとしても、頭が痛くて起き上がれない。
 そういえば、補聴器…?
 ブレザーの中に入れておいた予備の補聴器を取り出して、つける。
 「おねえさん、それ…?」
 男の子の心配そうな声が聞こえる。
 良かった。聞こえた。
 「これ、補聴器だよ。全然、今は聞こえるから心配しないで!」
 その男の子は、ちょっとだけびっくりしていたけど、私を傷つけないようにか何も言わずに、そっと頭を撫でてくれた。
 「僕ね、(ゆう)っていうの。中学2年生。」
 え、この子って中2だったんだ。もっと幼く見えたのに。
 「…お姉さんは?」
 そう聞かれて、私は痛む頭を起こしながら答えた。
 「私、中3の霧ヶ丘。一応、吹奏楽部の部長やってるよ。」
 優くんはそれを聞いて、少しだけ驚いたような顔をした。
 そして、私の顔をじっと眺めると、小さく笑顔になった。
 優くんは私の手をぎゅっと握って、自分の胸に近づけた。
 「僕のおにいの親友…!」
 そう囁くようにつぶやいて、優くんは私を見つめてくる。
 …???
 どういうことだ。
 弟が1個下にいる人と友達…ましては親友だっけ。
 「えっと…?優くんの苗字、教えてくれる?」
 私は、脳内がはてなマークで埋め尽くされている中、必死に言葉を絞り出した。
 「僕、雨衣。あまいだよ。」
 あーーー!!!
 雨衣ちゃんか!
 私の記憶の中の苗字の倉庫に「雨衣」って苗字が大ヒットした。
 雨衣ちゃんっていうのはフルートの天才。
 もともと私が小学校のころ入ってた吹奏楽部で、一緒に活動していた。
 今は公立の中学校で、もちろん吹部を続けている。
 そっか、雨衣ちゃんは確か3人兄弟だったはず。
 「点と点がつながって、線になった!」
 思わず口からこぼれ出た言葉に、優くんはさっきより笑ってくれた。
 「ねぇ、先輩。僕のお友達になってよ。」
 そっと距離を縮めて、私の手をぎゅっと握り、こつんとおでこをくっつけてきた優くんは、ドギマギするように小さく、私に囁いたのだ。

 ***

 フルートの美しい旋律が空に響いて、吸い込まれていく。
 まるで小鳥のようなその音色は、きっと校庭にいる生徒の心をも魅了するだろう。
 「どう、かな?」
 優くんが上目遣いで聞いてくる。
 きっと、こういう男子を「あざとい」というのではないだろうか。
 そうだ。なんで優くんがフルートを吹いているかって?
 優くんもとい雨衣家は全員フルートがとっても上手で、特に雨衣ママは全国各地でコンサートに出るプロの奏者なのだ。
 そんなことを考えながら、優くんのかわいらしく整った顔を見つめていたら、
 「僕のこと、好き?」
 優くんのそんな言葉に、一気に顔が熱くなる。
 「っぇ!?」
 思いっきり動揺する私を見て、優くんがちょっぴり不敵な笑みを浮かべて見つめてくる。
 「ねぇ、先輩。どうなの?」
 優くんの妖艶な瞳に見つめられて、私は体育座りになって顔を伏せる。
 「せーんぱい?」
 優くんのかわいらしい声が、私の耳をくすぐってくる。
 「好きだよ!!」
 やけになったように優くんに返す。
 優くんは目を見開いて、ちょっぴりほほを染めた。
 すぐさま、
 「音色がね!!優くんのフルートの音色が!!」
 と追加して返す。
 「…。先輩の意地悪。」
 ぷくっとほほをふくらました優くんは、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
 「うれしかったのに。」
 そう呟く優くんは、とってもかわいらしかった。
 「かわいいね。」そう言おうとした私の口をふさいで、優くんはにやりと笑った。
 「僕、今の録音してたから、好きって言ったとこだけ切り取ろうかな…?」
 優くんの落ち着いてる声が、ぐっといたずらっぽい声になる。
 「やだ!やめてっ…!!」
 抵抗した私は優くんを押しのけようと優くんの胸を押した。
 が、あっさりと両手首をつかまれて、身動きが取れなくなった。
 そして、優くんの声がさっきより低くなって、私の耳にそっと囁いてきた。
 「じゃあ先輩。先輩の秘密、僕に教えて。」



 #2 僕はいけない子

 「おはよ~!」
 朝。学校の最寄りの駅。
 綺麗な青空と、冬の冷たい空気がほほを撫でていく。
 「はよ。せんぱい。」
 にこにこで走ってきた先輩に、小さく笑いかけて、僕たちは歩き始めた。
 「ねぇね、先輩。さむくないの?」
 先輩の首元にはマフラーがないし、手袋もつけていなかったから心配して声をかけた。
 「うーん。だいじょぶ!!」
 なんだか、大丈夫そうには聞こえなかったけれど、先輩がいうなら大丈夫なのだろう。
 そこで、僕はいいことを思いついちゃった。
 僕の手はあったかいから、先輩の手あっためればいいんだ!ってね。
 「僕でいい?」
 そう声をかけて、先輩の手をぎゅっと握る。
 この前も思ったけれど、すべすべでふわふわで、ずっと触っていたくなる。
 「んゅ!?」
 僕が急に握ったからか、握られたことを認識したのか。
 ワンテンポ遅れて先輩のかわいい声が聞こえた。
 「せんぱい、かわい。」
 気づいたら、そんなことを言っていた。
 先輩をつい眺めてしまう。
 僕は155㎝くらいだから、ちょっぴり先輩の方が高い。
 先輩は足が長くて、腰の位置が結構高い。それゆえか、スカートから覗く真っ白な足にはあこがれている女子生徒も多いと聞く。
 そんな先輩は、ゆるく巻かれたおくれ毛とにこにこ笑顔がトレードマーク。
 一部の人からは「お花畑先輩」とかって呼ばれてるけど、それも先輩が吹奏楽部の部長だったり、生徒会で活躍しているから、それを妬んでのことだろう。
 僕みたいな端っこにいる人間でもよく名前を聞くくらいだから、先輩はすごい人だ。
 おにいからも自慢話をいっぱいされて、ひそかに気になっていた人だから、そんな先輩が目の前にいるなんてほんとにすごい。
 僕って幸運なのかな?
 ほんとに、先輩ってかわいい。
 昨日、実は先輩にぎゅって引き寄せられたときに、先輩のこと、好きになっちゃったみたい。
 だってだって、先輩は『僕にだけ』秘密を教えてくれて、特別だよって囁いてくれたんだ。
 あと、難聴のことについても話してくれて、「優くんになら話せちゃうな。」ってかわいく笑いかけてくれたもん。
 でもさ、先輩はきっと僕のこと好きになることないよ。
 僕はただの友達、それか後輩なんだろう。
 僕は先輩のこと好きになっちゃいけないんだ。
 ほんとに、ダメなんだよ。こうやって先輩のことかわいいって思うのはさ。
 そんなことを思いながら、僕の手は勝手に先輩のほほに触れて、あっためようとしてる。
 ううん。違うかも。
 先輩に、もっと触れたいって思ってる。
 でも、きっと僕って不運だ。
 だって先輩にはさ。『お付き合いしてる人』がいるんだもん。

 ***

 「それ、江南(えなみ)との写真?」
 僕たちの家に一番近い最寄り駅まであと5分くらいになった時。
 僕は、先輩のことをもっと知りたくなってしまって、というか、なんだかもっと話していたくて。
 先輩のカバンについていた小さな写真がに江南が写っていたから聞いてみることにした。
 「そうそう!これは、初デートの時かな~。」
 その時を思い出したのか、先輩は目を閉じてにこ~っと幸せそうな笑みを浮かべた。
 あ、江南っていうのは先輩の『お付き合いしてる人』の苗字。
 僕が所属する剣道部の部長で、男女関係なく好かれている。
 スラっと高い身長と、見た目はクールだけど、話してみるととっても面白くて優しいから、そういうところも人気がある。
 僕の目の前にいる、このうきうきした足取りでキラキラ笑顔の墨先輩と同じくらい人気で、いろんな人が片思いをしているはずだ。
 そうか。よく考えたら二人は人気者同士。
 そんな二人が付き合ってるだなんてみんなにばれたらお互いのファンから妬まれてどうなるかわかったもんじゃない。
 だからみんなには秘密なんだ。なんか納得した。
 「ねぇ、なんで江南なの?」
 僕は江南みたいに身長は高くないし顔も整っていないけど、僕だって少しくらい江南に勝てるところがあるかもしれないじゃん?
 「え~。気づいたら江南のこと、好きになってたんだよね。」
 …なにそれ。うらやましい。そんなので先輩に好きになってもらえるなんて、江南ってホント幸せ者だね。
 「へぇー。」
 なんかあんまり、いい返事はできなかった。
 「そういう優くんは好きな人、いないの?」
 え…!?
 僕に話を振られると思ってなくてびっくりした。
 「恋バナしようよぉっ!」
 先輩がにっこにこでぎゅっと距離を縮めてくる。
 あ…。そういえば。
 先輩って確か極度の恋愛脳って噂。
 いろんな人の恋バナを聞いて、時にはお手伝いしてカップル成立まで導いちゃう恋愛マスターなんだとか。
 でもそんな先輩は、「今は自分が恋愛するとか、興味ないから。」って入学したてのころから片思いする男の子たちを振り続けているらしい。
 江南と付き合ったのは1年前くらいって言ってたから、最初から恋愛する気なんてなかったのかもしれない。
 だとしたら、そんな先輩の気を変えちゃった江南が尚更うらやましい。
 「うーん。」
 先輩になんて返したらいいかわからなくて、首をかしげて唸るしかなくなった。
 「えー。いないのかぁ。ざんねん!」
 先輩ががっかりしたように肩を落とす。
 先輩はふぅっと一息つきながら、カバンから定期券を出し始めた。
 あれ、もう駅?
 僕たちは昨日、駅に着いたら解散することを決めた。
 だって、江南とか、ほかの生徒に見られたらまずいから。
 「江南、たぶんそういうの気にしないけど?」
 そうやって先輩は言っていたけど、江南は怒るとすごい怖いから、念には念を入れておいて間違いはないはずだ。
 先輩の足がどんどん改札へ向かって行ってしまう。
 だめだ、もっと話したい。
 「ねぇ先輩!」
 ぴくっと肩を揺らした先輩は、ゆっくり振り返った。
 「思春期の男子に、好きな人がいないと思う?」
 先輩の瞳がびっくりしたように見開かれて、きらきらとかがやく。
 「え、それ…」
 先輩が何か言いかけてたけど、明日も話したいし。
 ここで全部言っちゃったら、話す理由がなくなっちゃう。
 「じゃあね、先輩!」
 僕は先輩に手を振って、改札とは逆の方面に走り始めた。



 #3 君がキッカケ

 「…?」
 え、どういうこと?
 優くん、なんで…?
 さっき会ったことをぐるぐる考えながら改札を通り抜け、駅のホームのベンチでスマホを開く。
 「駅ついたよ!」
 そう江南に送ってから、また頭を働かせる。
 優くんにも好きな人いるんだぁ!
 えー、誰なんだろう。
 優くんって確か、弓道部だよね!
 弓道部にかわいい二年生いるって江南言ってたし、なんか彼氏募集中とか言ってたよね!?
 やだ!いい感じじゃーん!!
 あーどうしよ!!
 やっぱ恋愛って最高!
 後で優くんにメッセージ送ろっと!
 そんなことを考えながら電車をまつこと数分。
 なんだか眠くなってきた私はカバンをぎゅっと抱えて、うとうとと目を閉じてしまった。

 ***

 「墨ちゃん!」
 …この声は!
 「雨衣ちゃん!」
 目を開けるとそこには、雨衣ちゃんがにこにこで私に手を差し伸べてきていた。
 「ほら、ここが俺の家や!」
 にひひと笑った雨衣ちゃんは、パチッとウインクしてガチャリと鍵を開けた。
 えっと、何で雨衣ちゃんの家に?
 あ、そっかそっか!
 今は小学校卒業前の春休みか!
 私は私立中学に進んじゃうから、思い出作りにってお泊り会に招待されたんだっけ。
 「わぁ!すごーい!!」
 扉の先には、いかにもおしゃれなおうちが広がっていた。
 綺麗な木目の壁に、なんだか素敵な絵画。
 こ、こんな世界、私が入っていいのかしら!?
 「ねぇ、墨ちゃん!!早く入ってきーや!」
 雨衣ちゃんは入ってすぐの階段を上り、一番手前の扉を引き開けた。
 「えっと、ここが俺のサブ部屋。」
 え、すごい。すごいすごい!!
 お部屋の雰囲気は水色でまとめられてて、いかにもかわいいゲーマーさんのお部屋。
 三面のパソコンに、水色に光るキーボード。
 ゲーミングチェアもかわいらしい水色とピンクのやつだ!
 「俺の兄弟がメインで使ってる部屋なんやけど。俺の部屋すんごく汚いから、この部屋使ってもいいってさ!」
 「え、雨衣ちゃんお姉さんいるの!?」
 こんなかわいくてきれいな部屋、絶対お姉さんいるよね!?
 「え、おらんよ~。あれ、墨ちゃんって俺の家族、知らない?」
 「あんま聞いたことなかったかも?」
 私と雨衣ちゃんと仲良くなったのは六年の最初の方だし、お互いあんまり家族の話はしないから、知らないな。
 「俺、弟と兄貴がおるんよ。」
 「えーーー!!!」
 え、3人兄弟なの!?あの雨衣ちゃんが!?
 「墨ちゃん、驚きすぎや。」
 にひひと笑った雨衣ちゃんは、私に手を差し伸べてくれた。
 私をベットのふちに座らせた雨衣ちゃんは、声のトーンを一つ落として、ニマっと笑った。
 「んじゃあさっそく、『アレ』しよか!」

 ***

 「~!?やばいねそれっ!!」
 「せやろ~?今いい感じなんよ!」
 ベットの上に腰かけた私たちは、さっそく毎回恒例のアレを始めた。
 アレっていうのは、もちろん「恋バナ」のこと!!
 私たち二人は、どっちも恋バナ好きなんだ!
 そうそう。雨衣ちゃんは隣のクラスの(のぶ)くんが好きなんだよ!
 「『俺ら二人合わせたら信頼になるくない!?すごい!!』ってさぁ。のぶが言ってくれたんよ!俺マジ「(とも)」って名前でよかった!」
 「えー!!確かに!それってもう運命じゃん!!」
 こんな感じで、私たちはよく恋バナをしている。
 そう。雨衣ちゃんのフルネームは雨衣頼(あまいとも)。
 関西弁みたいな人懐っこい喋り方をしてるけど、出身は関西ではないらしい。
 信くんのことを一途に愛す、とっても優しい男の子!
 そんな雨衣ちゃんは、「同性愛者」っていうものらしい。
 私は同性を好きであろうが異性を好きであろうが、そこに愛があれば何でもいい!ってタイプだから、雨衣ちゃんが男の子を好きでも抵抗とかはなかったんだけど。
 やっぱりまだ世間の人達はそういうのに敏感らしくて。
 雨衣ちゃんは信くんにも言えてなくて、いろいろ大変らしいのだ。
 確かにさ、信くんは雨衣ちゃんに片思いされてるなんて知らないから、平気でくっついてくるし、じゃれてくるらしい。
 そんなの、意識しちゃうにきまってるし、苦しいよー!!
 でも、今度の日曜日、告白するらしいの!
 だから今日、私がスキンケアとヘアセットについて教えに来たってわけだ!
 あー。友達からは頼くんのこと好きになっちゃわないの?って聞かれるけど、好きにならないな。
 私、これまで男の子を好きになったことないもん。
 まぁ、きっと私のタイプの男の子と会ったことがないだけだろうけどね!

 ***

 「墨ちゃん、そろそろ電気消すで。」
 あ、もうこんな時間か。
 恋バナって、時間忘れちゃうや。
 「はぁい。」
 そう返事をして、掛け布団を引っ張り上げる。
 「おやすみね。」
 「おやすみなさぁい。」
 私は目をつむって、水に沈んでいくように眠りに落ちた。

 ***

 「…み!すみ!」
 肩をぐらぐら揺らされて、私ははっと目を開けた。
 「すみ、やっと起きたな。」
 目の前には、長い長いストレートの髪を揺らし、きっちりとパンツスタイルの制服を着こなした江南が立っていた。
 あれ…雨衣ちゃんは?
 「すみ、またタイムスリップ?」
 あー。そうかもしれない。
 最近多いんだよね。
 夢なんだけど、ほんとに過去に戻っちゃったみたいな。
 さっきのはもう三年も前の記憶か。
 優くんとあったからかな。
 雨衣ちゃんのことを思い出しちゃった。
 「頭、痛くない?」
 ぶっきらぼうな物言いだけど、江南はとーっても優しい女の子だもん!
 ツンデレっていうか、猫系女子。
 誰もいなくて、甘えたいときは存分に甘えてくるとってもかわいい私の彼女です!
 「だいじょうぶ!」
 そう返したら、ちらっと周りに誰もいないことを確認した江南が、ガバっと抱きついてきた。
 「どの女の記憶なの?ねぇ、いつの誰?」
 江南が私の肩を甘噛みしながら聞いてくる。
 「雨衣ちゃんとの記憶だよ。ほら、頼くん。」
 「あー。じゃあいい。すみはいい子だね。」
 よしよしと江南が私の頭を撫でてくる。
 女の子と二人っきりで出かけたりすると江南ったらすっごく嫉妬しちゃうんだから!
 まぁ、そういうとこもかわいいからいいんだけどね。
 「すみ、もうすぐ電車来るよ。」
 そういいながら私のほっぺにキスを落とした江南は、自分からしてきたくせに頬を赤く染めた。
 「ねぇ、かわいすぎる!」
 私は江南と恋人つなぎをしながら、学校へ向かう電車に乗り込んだ。