約束した17時まであと10分くらいだろうか。
少し早めに来すぎてしまった。
家を出る前から、なぜか俺は緊張していた。
そりゃそうだ、陽の塊みたいな人の家にお邪魔するなんて、人生で初めてだから
本気で防御服買おうか悩んだくらい、俺は真剣だ。
なんとか緊張を解そうと、軽く腕を伸ばしたりしていると、聞き慣れた声がした。
「あれ、直大?」
「え、浩太」
高校からの友達、真山浩太、だ。
大学でも仲良くやっている。が、最近中々講義に来ないから、あまり話せていなかった。
「久しぶりじゃん。平気?」
「うん、風邪でやられちゃった
あ、てかこの前の講義のノート見せほしいんだけど…マジでごめん!」
「あぁ、うん。でもレポートはペアで提出だから、頑張るか諦めるかだよ」
「うわ、まじか…」
うん。お前が居なかったから俺は橘と組むことになったんだよ。知らないだろうけど。
「水野?」
「あ、橘」
そう言えば、もうとっくに17時だ。
「…え、直大、お前…?」
「えっと…水野のお友達?」
「あぁ、うん」
まぁ困惑するよな。一生関われないと思っていた人物が目の前にいるんだもんな。
俺は少しずつ慣れてきてはいる……いや、全然そんなことないかもしれない。
「あ、えっと、高校からの友達、真山。
で…この前の講義でペアになった、橘。」
「よろしくね、真山くん」
「あ…はい、よろしくお願いします」
「…また後で連絡するから。またな」
ここで話しても長くなるだけだと思ったから、後でゆっくり説明しよう。
「高校からの友達なんだ」
「うん、クラス同じで」
橘の家に向かう途中、話を振ってくれるおかげで、ほんの少しだけ緊張が解れた気がする。
「高校の時と言えば、俺、文化祭の時お化け屋敷やったな〜。驚かす側で。」
「え、驚かす側?」
「うん。めっちゃみんな叫んでた。結構上手かったのかも」
多分それは、怖いっていう意味の悲鳴じゃなくて、かっこいいっていう意味の悲鳴だと思うけど…
「…ちなみに、なんの仮装したの?」
「ヴァンパイア」
納得。
ヴァンパイア姿でもイケメンオーラ全開だったんだろうな。
「ここ、俺の家」
橘の家は、綺麗なアパートだった。
階段を上って、部屋の前に着く。
「…はい、どうぞ、いらっしゃい」
「お邪魔します…」
部屋に入ると、綺麗に統一された家具、観葉植物、小物。
でも、その中で真っ先に目に入ったのは…
「…可愛い」
猫のクッションだった。
まさか、橘の家に猫のクッションがあるなんて。
「あ、猫のクッション?可愛いでしょ。妹がくれたんだ」
「うん、めっちゃ可愛い」
猫好きの俺は、そのクッションに夢中になってしまった。
すると橘が口を開いた。
「まだ早いけど、先ご飯にする?俺、お腹すいちゃった」
「うん、いいよ。俺もお腹すいた」
レポートを進める前に、先に夕食を取ることになった。
最初はハンバーガーとか、ピザとか、ジャンキーなものを話していたけれど
最終的には二人ともうどんを頼むことにした。ジャンキーさはどこに行ったのだろうか。
「よし、オッケー」
注文を終えたあと、ソファーに座ってる俺の隣に腰掛けてきた。
「橘の家って結構可愛い物あるね」
「そうかな?家族が好きだからかも。
でも猫は俺めっちゃ好きだよ」
「え、俺も猫好き」
そう言うと、橘がすごく嬉しそうに、スマホを取り出して、こちらに見せてきた。
「え、ほんと?!
あ、これ見てよ、この前おすすめに流れてきてさ…」
画面を覗くと、可愛らしい子猫が画面いっぱいに映し出されていた。
…少し、距離が近い。動いたら頭がくっついてしまいそうな距離。
「ここめっちゃ可愛くない?」
「うん、可愛い…」
子猫ってやっぱり癒されるなぁ、なんてことを考えていたら、インターホンが鳴った。
「あ、取ってくるね」
橘はさっと立ち上がって、玄関に向かおうとした、その時。
「あっ」
ドサッ、という音がした。一瞬で俺の視界は、橘の顔でいっぱいになった。
あまりにも一瞬すぎたので、何が起きたかすぐには理解できなかった。
「ご、めん…水野、とりあえず取ってくる、」
そう言って橘は、リビングを後にして行った。
顔が熱い。
頭は追いついていないけど、胸のあたりがバクバク言っているのは分かる。
まるで、俺の本心を煽るように。
「水野、さっきはごめん。」
「あいや、俺は大丈夫。橘は怪我とかない?」
「うん、大丈夫…飯食お」
少しの間沈黙が流れる。
気まずくないわけがない。俺の鼓動のスピードは遅くなるどころか早まっている。
「…さっきはほんとにごめん」
「本当に気にしてないから大丈夫だって。レポート終わらせちゃお」
気にしてないわけないんだけど。早くレポート終わらせて、早く家に帰りたい。というか、この場から逃げ出したい。
相変わらず距離は近い。これが橘のデフォなのか、なるほど…
でも、今は違う。あんなことがあったら誰でも意識してしまうものだろう。
「水野」
「…ん?」
「俺、水野と友達になりたい」
「と、友達…?」
橘の言葉を復唱した。
俺はてっきり、関わるのは今回だけだと思い込んでいたからだ。
でも、橘は俺と「友達」になりたい、と言っている。
そもそも友達って、どこからが友達なんだ?
「あ、その…嫌なら」
「嫌、じゃない…けど」
なんで俺なんだろう。
友達なんて他にたくさんいるはず。その人達と俺とでは天と地の差があるとも言えるのに
橘は……
「俺、水野と居ると楽しくて、素の俺で居れるって言うか…
だから、もっと一緒に遊んだりしたいと言うか…」
つまりは、俺と居ると楽しいから、もっと仲良くなりたいと……?
なるほど、頭がパンクしそうだ。
橘が、俺と?あんなキラキラ系じゃないんだけど、それでもいいのか。
地味だし、影が薄くて、友達も少ないのに。
「え…俺、でいいの?」
「うん、水野がいい」
「そっか…うん、友達、分かった」
大体は何も分かっていないけど、俺も橘と過ごしていて、嫌な感じはしなかったし
なんなら心地良く感じたくらいだ。
「ほんと?やった、嬉しい俺」
「ちょ、え」
橘が思いっきり抱きしめてきた。友達ってこういう事か。
橘と友達になった後、余計、鼓動の音がうるさく感じるような気がした。
