「あ、水野」
自動販売機の前で、列に並ぶ飲み物をじっと見つめていると、背後から声が聞こえてきた。
「橘?」
後ろを振り向くと、そこには両手に袋を掲げた橘が立っていた。
「何してたの?」
「え、俺?喉乾いて…何飲むか悩んでた」
「ブラックコーヒーは?」
「いつも飲んでるから違うの飲みたくて」
「うーん…じゃあ甘いの飲んでみようよ」
無難にお茶、水のどっちかを勧めてくるかと思っていたら、まさかの提案をされた。
甘いのがとても苦手、という訳でもないので、橘がよく飲んでいるらしいカフェオレの、あたたか〜い方のボタンを押した。
「…あまっ!」
「美味しいでしょ」
「うん、たまには良いかも」
「…一口欲しいな〜」
「いいよ」
そういえば、橘は何を買いに行っていたんだろう。
「橘はなんか買い出し?」
「あぁ、うん。友達と家で遊んでてさ」
「そうなんだ…こんな寒いのに」
「ううん、これのおかげで少し温まった」
そう言って、カフェオレを持っている方の手に、そっと橘が手を重ねてきた。
「あ、うん…そ、それならよかった」
人と触れ合う、なんてことは何年ぶりだろうか。友達はいるけど、こんな距離初めて。ましてや相手はイケメン。
少しだけ高鳴る鼓動を、気付かないふりをして平然を装う。
「…あ、そうだ、レポート。あと一日あれば終わるけど、いつにする?」
「え、ほんと?俺は…」
俺は大学以外には特に予定がない。
のに対して、きっと橘はそんなことないだろう。今もパーティーの最中だし。
そう思うと、肩を並べて歩いていても、やっぱり遠い存在に感じてしまう。
「俺は…大学以外特に予定ないから、橘に合わせるよ」
「ありがとう。じゃあ…」
そういえば、まだ重なった手はそのままだったな。
カフェオレを挟んで、手を繋いでる感じ。
「…水野?」
「あ、ごめん、いつだっけ」
「明日の夕方。17時くらいに大学前ね
あ、場所は俺の家でもいい?」
「え、うん…いいよ」
橘…の家、ね。
想像したらなんだか心臓がバクバクしてきた。足を踏み入れるすらちょっと怖い。完全防御服で行った方がいいか…?家を汚す訳には……
「そんな緊張しないでよ。俺まで緊張してきた」
「いや、そんなことないよ」
「じゃ、俺ここで。なんかあったら連絡して」
「あ、うん。また明日」
何事もなかったかのように手を離した橘。
少しだけ、手が冷えるような感覚。
それと、行き場のない感情が芽生えたような気がした。
この約束が、橘深月との距離を変化させるきっかけになるなんて、その時の俺は思ってもみなかった。
