校門を抜け、見慣れたはずの通学路に出る。
昨日までは、イヤホンで耳を塞ぎ、自分の足元だけを見て通り過ぎていた道だ。
けれど、すぐ隣には羽白さんがいる。
それだけのことが、僕にはひどく非現実的に思えた。
すれ違う他校の生徒や、買い物袋を下げた主婦。
彼らの目に、僕たちはどう映っているんだろう。
昨日まで一度もまともに話したことのない二人が、並んで歩幅を合わせている。
その事実が、なんだか悪いことでもしているみたいに、僕を落ち着かなくさせた。
「ねえ、秋月くん。あそこの自販機の横、何色に見える?」
駅へと続く細い路地裏。
羽白さんが足を止めて指差したのは、雨ざらしになって錆びついた、古い鉄格子のフェンスだった。
「何色って……ただの錆びた色だろ。茶色とか、灰色とか」
「ふふ、それじゃあ落第。……よく見て。日の光が斜めに当たって、少しだけ紫が混ざってるのがわからない?」
僕は言われるがまま、目を凝らした。
鉄格子の影、腐食した金属の表面。
そこには確かに、単純な「灰色」や「茶色」の一言では説明できない色が潜んでいた。
沈みかけた太陽の光を吸い込んで、じっとりとした湿り気を帯びた、複雑な暗がりの重なり。
「あれはね、『焦茶』に、ほんの少しの『滅紫』を混ぜた色だよ」
羽白さんは一歩踏み出し、その汚れたフェンスに、まるで壊れ物を扱うような手つきで指を這わせた。
「……君は、どうしてそんなに和色に詳しいんだ。普通、そんな名前知らないだろ」
僕の問いに、羽白さんは一瞬だけ指を止めた。
振り返った彼女の顔には、昨日と同じ凪のような微笑みが張り付いている。
「おじいちゃんがね、昔、着物を染める仕事をしていたの。……世界には八百万の色があって、その一つひとつに神様が名前をつけたんだよって、教えてくれた」
彼女の声は、どこまでも穏やかだった。
そしてそのまま、探るような視線で僕の顔をじっと見つめる。
「秋月くん。……君の目には今、この世界はどう映ってる?」
あまりに唐突な質問だった。
僕は言葉を失い、喉の奥が熱くなるのを感じた。
無機質な記号。明度だけの物質。
……そして、僕を責め続ける罪の象徴。
そんな重苦しい言葉たちを、僕は胃の奥へと無理やり飲み込んで、絞り出すように答えた。
「……うるさいよ。色も、音も。……全部が混ざり合って、僕に襲いかかってくるみたいだ。だから、俺はいつも見て見ぬふりをして、逃げてる」
正直すぎる自分の言葉に、自分でも驚く。
他人にこんな本音を漏らしたのは、いつ以来だろう。
羽白さんは、僕の情けない告白を笑ったりはしなかった。
「そっか。……じゃあ、今日は私の目を半分、貸してあげる。秋月くんが嫌いなその『うるささ』を、一つずつ静かな名前に変えていこう?」
彼女はそう言って、僕の目の前で手招きをした。
その仕草は、魔法使いが呪文を解くときのように、どこか神秘的で。
僕はただ、彼女の背中を追うことしかできなかった。
昨日までは、イヤホンで耳を塞ぎ、自分の足元だけを見て通り過ぎていた道だ。
けれど、すぐ隣には羽白さんがいる。
それだけのことが、僕にはひどく非現実的に思えた。
すれ違う他校の生徒や、買い物袋を下げた主婦。
彼らの目に、僕たちはどう映っているんだろう。
昨日まで一度もまともに話したことのない二人が、並んで歩幅を合わせている。
その事実が、なんだか悪いことでもしているみたいに、僕を落ち着かなくさせた。
「ねえ、秋月くん。あそこの自販機の横、何色に見える?」
駅へと続く細い路地裏。
羽白さんが足を止めて指差したのは、雨ざらしになって錆びついた、古い鉄格子のフェンスだった。
「何色って……ただの錆びた色だろ。茶色とか、灰色とか」
「ふふ、それじゃあ落第。……よく見て。日の光が斜めに当たって、少しだけ紫が混ざってるのがわからない?」
僕は言われるがまま、目を凝らした。
鉄格子の影、腐食した金属の表面。
そこには確かに、単純な「灰色」や「茶色」の一言では説明できない色が潜んでいた。
沈みかけた太陽の光を吸い込んで、じっとりとした湿り気を帯びた、複雑な暗がりの重なり。
「あれはね、『焦茶』に、ほんの少しの『滅紫』を混ぜた色だよ」
羽白さんは一歩踏み出し、その汚れたフェンスに、まるで壊れ物を扱うような手つきで指を這わせた。
「……君は、どうしてそんなに和色に詳しいんだ。普通、そんな名前知らないだろ」
僕の問いに、羽白さんは一瞬だけ指を止めた。
振り返った彼女の顔には、昨日と同じ凪のような微笑みが張り付いている。
「おじいちゃんがね、昔、着物を染める仕事をしていたの。……世界には八百万の色があって、その一つひとつに神様が名前をつけたんだよって、教えてくれた」
彼女の声は、どこまでも穏やかだった。
そしてそのまま、探るような視線で僕の顔をじっと見つめる。
「秋月くん。……君の目には今、この世界はどう映ってる?」
あまりに唐突な質問だった。
僕は言葉を失い、喉の奥が熱くなるのを感じた。
無機質な記号。明度だけの物質。
……そして、僕を責め続ける罪の象徴。
そんな重苦しい言葉たちを、僕は胃の奥へと無理やり飲み込んで、絞り出すように答えた。
「……うるさいよ。色も、音も。……全部が混ざり合って、僕に襲いかかってくるみたいだ。だから、俺はいつも見て見ぬふりをして、逃げてる」
正直すぎる自分の言葉に、自分でも驚く。
他人にこんな本音を漏らしたのは、いつ以来だろう。
羽白さんは、僕の情けない告白を笑ったりはしなかった。
「そっか。……じゃあ、今日は私の目を半分、貸してあげる。秋月くんが嫌いなその『うるささ』を、一つずつ静かな名前に変えていこう?」
彼女はそう言って、僕の目の前で手招きをした。
その仕草は、魔法使いが呪文を解くときのように、どこか神秘的で。
僕はただ、彼女の背中を追うことしかできなかった。
