きみが教えてくれた、世界で一番優しい青

空を仰げば、そこには泣き出しそうなほど淡い「勿忘草色」が広がっている。
足元に目を落とせば、揺れる雑草たちが、どんな嵐にも屈しない「常磐色」を宿して私を励ましている。

私は、おじいちゃんから譲り受けた古びた色見本帳を肌身離さず持ち歩くようになった。
視界の端が少しずつ、砂嵐が混ざるように削られていく恐怖。
それを打ち消すために、私は必死に目の前の景色を「名前」という鎖で心に繋ぎ止めた。

(まだ、見える。まだ、覚えられる。私の世界は、まだこんなに美しい——)

ノートに書き留めた色彩の地図。
それは、残された時間の中で私が世界から零れ落ちないための、たった一つの、けれど誇り高い「戦い」だった。

けれど。
自分の絶望と戦う私に、追い打ちをかけるような、もう一つの絶望が降りかかる。
あんなに眩しく、太陽そのもののような絵を描いていた秋月くんが、ある日を境に、別人のように生気を失ってしまったのだ。


「……あ」


廊下ですれ違った彼の瞳を見て、私は息が止まりそうになった。
以前の彼が持っていた、世界を愛おしく射抜くようなあの強い光がない。
そこにいたのは、色彩をすべて剥ぎ取られ、ただの空箱になってしまったような、変わり果てた彼の姿だった。
彼は、あんなに大切にしていた筆を折った。
パレットに広がるはずだった夢を捨て、誰とも目を合わせず、ただモノクロの静寂の中に閉じこもってしまった。

噂では、弟さんの事故が原因だという。でも、本当の理由は彼にしかわからない。
クラスメイトというだけの、言葉も交わしたことのない私には、彼を呼び止める権利なんてどこにもなかった。
「どうしたの?」「またあの絵を見せて」——そんな、喉元まで出かかった言葉を、私は何度も何度も飲み込んだ。

(秋月くん……。ねえ、私の世界から光を奪わないで)

私にとって、彼は「世界の美しさ」の象徴だった。
私が視力を失っても、彼が描き続けてくれる限り、この世界はどこかで輝き続けているのだと信じることができたのに。
日に日に、彼の背中は小さくなっていく。
周囲に壁を作り、自分という存在を消し去るように歩くその姿。
モノクロの世界に独りで引きこもっていく彼を、私はただ、胸が引き千切れるような思いで見つめることしかできなかった。

私の目は、もうすぐ見えなくなる。
そして彼の心も、今、光を拒絶して死んでいこうとしている。
二つの「暗闇」が、私たちの未来を飲み込もうとしていた。
何もできないまま、ただ季節だけが無情に過ぎ去っていく。
それでも、私は祈るのをやめられなかった。
いつか、彼がもう一度色を愛せる日が来ることを。
そして、私の記憶の地図に、最後の一色を書き加えられる日が来ることを——。