きみが教えてくれた、世界で一番優しい青

赤いランプが消えるまでの時間は、永遠という言葉が残酷に思えるほど、長く、静かだった。

病院特有の無機質な消毒液の匂い。
その中に、僕が持ち込んだ油絵具の濃密な香りが混ざり合い、そこだけが異質な空間を作り出している。

僕はただ、病室の隅に立てかけた「彼女の光」を見守りながら、止まったままのような時間を過ごした。
一晩が過ぎ、二日が過ぎ——。

手術を終えた羽白さんの瞳は、分厚い包帯に覆われていた。
彼女が眠っている間も、目が覚めて僕と震える声で言葉を交わす間も、その「白」は僕たちの間に横たわり続けていた。


「秋月くん……いる?」

「ああ、ここにいるよ」


病室のベッドの傍らで、僕は彼女の指先を握った。
窓の外では、夏の入道雲が日に日に高く積み上がっていく。
セミの声が、静まり返った病室にまで微かに染み込んできた。

手術後、彼女はほとんどの時間、横になって過ごしていた。
視覚という最大の情報を断たれた彼女にとって、僕の声と、僕が握る手の温度だけが、この世界と彼女を繋ぎ止める唯一の命綱だった。


「ねえ、秋月くん。……外は、どんな色をしてる?」


羽白さんが包帯の向こうから、僕の方を向く。
僕は窓の外に広がる、抜けるような夏の青空を見上げた。


「……すごく、鮮やかな青だよ。少しだけ湿った風が吹いてて、木々の緑が光に反射して、眩しいくらいだ」

「そうなんだ。……私の魔法がなくても、世界はちゃんと綺麗なんだね」


彼女は小さく笑った。
その声に悲しみはなく、どこか遠い場所を慈しむような響きがあった。

僕は、部屋の隅に置かれた、白い布を被せたままのキャンバスに目をやった。
あの日、ボロボロになりながら運び込んだ僕の「永遠」。
まだ誰にも、彼女にさえも見せていない、僕の魂のすべて。


「秋月くんが綴ってくれた、永遠の絵……見たいなぁ」


彼女は、僕の手をぎゅっと握り返した。


「正直に言うとね、少しだけ怖いんだ。もし、包帯を取ったときに、何も見えなかったら。……秋月くんが一生懸命描いてくれた光を、私が受け取れなかったらどうしようって」

「……その時は、僕が何度でも、言葉で君の心に色を塗るよ」


僕は努めて明るい声を出した。


「でも、信じて。僕が描いたのは、ただの絵じゃないんだ。君が教えてくれた『生きてる色』を、全部閉じ込めたんだ。だから、もしも瞳に映らなくても、君の心には絶対に届くはずだよ」

「……そうだね。秋月くんの魔法だもんね」


羽白さんは安心したように、深く息を吐いた。

包帯が取れるまで、あと三日。
僕たちは、暗闇の中で寄り添いながら、ゆっくりと進む時計の針の音を聞いていた。
二人で過ごす最後の「暗闇の時間」。
それは、新しい光が生まれる直前の、長く、けれど温かな夜明け前だった。