きみが教えてくれた、世界で一番優しい青

翌日になっても、彼女の席は空席のままだった。
放課後のチャイムが、まるで終わりの合図のように耳に痛く響く。
僕は、彼女と一番仲の良かったクラスメイトの女子に、縋り付くような思いで声をかけた。


「……羽白さんから、何か連絡、あったりしないかな」


唐突な僕の問いに、彼女は困ったように眉を下げて首を振った。


「ううん、何もないよ。何回か連絡したんだけど、ずっと未読のままだし……。秋月くんなら何か知ってると思ってたんだけど。何かあったの?」

「……ううん。なんでもない。ありがとう」


心臓の奥が、氷のうを直接押し当てられたようにひりつく。
僕だけじゃない。
彼女は、自分の周りにあるすべての繋がりを断ち切って、一人で深い闇の中に消えてしまった。
僕があの時、彼女の「魔法」を暴いて、一人にしてしまったせいで。

気づけば、僕は職員室に駆け込んでいた。
放課後の静まり返った廊下に、僕の乱れた足音だけが響く。
担任の先生に事情を話し、なりふり構わず彼女の住所を教えてほしいと詰め寄った。
本当は教えられない決まりなのだと渋る先生を、必死の形相で説得して——。
メモに記された住所を頼りに、僕は必死に走った。
湿気を多く含んだ風を肺に吸い込み、視界が滲むのも構わず、ただ祈るように足を動かす。

(お願いだ、羽白さん。怒っていてもいい、僕を拒絶してもいい。だから、せめてそこにいて……)

反対方向の電車に乗り、辿り着いたのは、手入れの行き届いた小さな庭のある静かな一軒家だった。
僕は震える指先で、インターホンのボタンを押す。
永遠にも思える数秒の静寂の後、中からゆっくりと扉が開いた。


「……はい、どちら様でしょう」


出てきたのは、羽白さんによく似た面差しを持つ、彼女のお母さんだった。
けれど、その表情には隠しきれない疲労と、深い悲しみが沈んでいる。


「突然すみません。クラスメイトの、秋月です。羽白さんがずっと学校に来ていないので、その……」

「……秋月くん。紬から、聞いていたわ」


お母さんは僕の名前を聞くと、ふっと力なく微笑んだ。
けれど、その微笑みはすぐに、消え入りそうな吐息へと変わる。


「あの子、今は家にいないの。……市内の大学病院に、入院しているから」

「入院……?」


頭を鈍器で殴られたような衝撃に、僕は言葉を失った。
一週間、既読がつかなかった理由。学校に来られなかった理由。
それは僕への怒りなんかじゃなく、もっと残酷で、切迫した現実だった。


「目の病気がね、二年前から少しずつ進行していたんだけど。この一週間で、まるで坂道を転げ落ちるみたいに悪化してしまったの。今は強い点滴で炎症を抑えているけれど、それも今のあの子には気休めにしかならないかもしれない。手術をしない限り、もう光を繋ぎ止めることは難しいって、先生に言われてしまったわ……」


お母さんの声が、微かに震える。
門の横に植えられた植栽の影が、地面に濃く、どす黒い模様を描いている。
あの日屋上で見た銀鼠の空が、再び僕の視界を覆い尽くしていく。


「あの子、最後まで湊くんには言わないでって言ってたのよ。魔法使いのままでいたいからって。……あの子にとって、秋月くんと一緒に色の名前を数える時間は、自分の病気を忘れられる唯一の救いだったんでしょうね」


お母さんの言葉のひとつひとつが、鋭い破片となって僕の心に突き刺さる。

僕と一緒にいるために、消えゆく世界の中で、必死に「魔法」のフリをして自分を繋ぎ止めていてくれたんだ。
それなのに僕は、彼女の孤独に気づくどころか、自分のことばかり——。


「……病院を、教えてください」


掠れた声で、僕は言った。
もう一秒だって、彼女を一人にしてはいけない。
どんなに空が濁っていても、彼女の手だけは、今度こそ絶対に離してはいけないんだ。