きみが教えてくれた、世界で一番優しい青

図書室から教室へ戻る廊下で、僕は何度も足が止まりそうになった。
カバンの中には、昼休みに購買で買ったパンが手付かずのまま入っている。
けれど、今の僕の胃袋には、固形物を受け付ける余裕なんてどこにもなかった。

教室のドアを開けると、午後の柔らかな日差しの中で、彼女がクラスメイトと笑い合っていた。


「あ、秋月くん、おかえり! どこ行ってたの?」


屈託のない笑顔。
彼女の笑顔は、僕に見せるためのものではなく、自分自身を欺くための「仮面」なのかもしれない。

五時限目、六時限目。
先生の板書するチョークの音さえ、僕の神経を逆なでするノイズに聞こえた。

僕は教科書を開くふりをしながら、前の席に座る彼女の背中を、穴が開くほど見つめ続けた。
彼女は、時折ペンを置くと、掌で顔を覆ってじっと動かなくなる。
ノートを取るスピードが、午前中よりも明らかに落ちている。
隣の席の生徒がシャーペンを落としたとき、彼女はその音に過剰なほど肩を跳ねさせ、地面のどこにそれが落ちたのか、視線で追うことができずにいた。

(……助けなきゃ。でも、なんて言えばいい?)

医学書に書いてあった『進行性』という不吉な言葉が、脳内で反芻する。

今、僕がこの沈黙を破って「見えていないの?」と問い詰めれば、彼女の「魔法使い」としての誇りを殺してしまうことになる。
けれど、このまま黙って見過ごせば、彼女は永遠に暗闇の底へと一人で沈んでいってしまう。

正解のない問いが、僕の喉元を熱く焼き焦がした。


「……っ」


彼女が不意に、ノートを閉じた。
その指先が、机の端をなぞるようにして自分の筆箱の位置を確認している。
そのあまりに繊細で、危うい手つき。
僕は思わず手を伸ばしかけて、空中で握りしめた。
 
放課後を告げるチャイムが、終焉の合図のように鳴り響いた。
掃除の時間が終わり、教室に西日が差し込み始める。
いつもなら「今日は何を調べようか」とはしゃぐはずの彼女が、今日は少しだけ躊躇するように、ゆっくりと僕の方を振り返った。


「秋月くん……。今日は、いつもの色探し、どうする?」


その声は、微かに震えていた。
僕が気づいているのではないか、という不安。
あるいは、今日も「見えているふり」を完遂できるかという恐怖。

彼女の瞳の奥に潜む、悲鳴のような孤独を読み取ってしまった僕は、それでもなお、彼女のごまかしを暴くための「残酷な確証」を求めていた。


「……やろう、羽白さん。今日は屋上に行かないか」


僕は自分の声が、不自然なほど冷たく響くのを感じた。

思いついた、一つの賭け。
彼女を救うための、そして彼女を絶望の淵へ追い込むための、最悪の手段だと分かっていても。