放課後の静まり返った廊下を、僕はひとり足早に歩く。
窓から差し込む西日のせいで、自分の影がやけに長く伸びていて、なんだか追いかけられているみたいで落ち着かなかった。
早く帰りたい。
帰って、瞼を閉じて、暗闇の中へ閉じこもりたい。
昇降口へと続く渡り廊下を、足早に通り過ぎようとしたとき。
ふと、視界の端に違和感が走った。
屋上へと続く、普段は誰も使わない階段。
その途中の踊り場に、女の子が立っていた。
開けた窓から身を乗り出し、一生懸命に空を見上げている。
同じクラスの——羽白紬だ。
派手なグループにいるわけでもなく、かといって浮いているわけでもない。
教室ではいつも、穏やかな凪のような微笑みを浮かべている、そんな印象の女子。
僕にとっても、必要なときだけ話す、「ただのクラスメイト」。
けれど、今の彼女は僕が知っている羽白さんではなかった。
彼女は、夕焼けに染まりつつ空に向かって、何やら「色のカード」みたいなものをざしている。
(色見本帳…か?)
ページを行ったり来たり。
僕の目には同じに見える、何ページもの青色。
色の束たちが、西日を浴びて彼女の白い頬に、色鮮やかな影を落としていた。
「……ちがう。これじゃない。もっと、こう……」
独り言が、風に乗って僕の耳に届く。
彼女は必死な手つきでページをめくり、空の色と見比べていた。
その横顔は、まるで消えそうな何かを必死に繋ぎ止めようとしているみたいで——。
気づけば、僕は階段を一段、登っていた。
色を捨てたはずの僕が、色を貪欲に求める彼女を、放っておけなかった。
いや、放っておくのが怖かった。
「……何、してるの」
声をかけると、彼女の肩が小さく跳ねた。
束を抱きしめ振り返った彼女の瞳に、僕のモノクロの世界が映り込む。
「あ……。えっと、秋月くん?」
彼女は一瞬、戸惑ったような顔をしたが、すぐにいつもの凪のような微笑みを浮かべた。
けれど、その手は微かに震えている。
「見つかっちゃった。
……ねえ、秋月くん。あそこの空、何色に見える?」
また、色だ。
僕が一番聞きたくない質問を、彼女はあどけない声で投げかけてくる。
投げやりに、羽白さんが指差したほうの空を見上げる。
夕焼けのオレンジが迫り来る、反対側。
「何色って……。普通に、『ただの青』だろ」
「ふふ、やっぱりそう答えるよね」
彼女は立ち上がり、手にしていた色見本帳の1ページを僕の目の前にかざした。
明るく澄んだ青色。
夕焼け前の空の青さと、色見本帳の青が重なった瞬間、僕の視界の中で色が弾けた。
「これは——勿忘草色」
窓から差し込む西日のせいで、自分の影がやけに長く伸びていて、なんだか追いかけられているみたいで落ち着かなかった。
早く帰りたい。
帰って、瞼を閉じて、暗闇の中へ閉じこもりたい。
昇降口へと続く渡り廊下を、足早に通り過ぎようとしたとき。
ふと、視界の端に違和感が走った。
屋上へと続く、普段は誰も使わない階段。
その途中の踊り場に、女の子が立っていた。
開けた窓から身を乗り出し、一生懸命に空を見上げている。
同じクラスの——羽白紬だ。
派手なグループにいるわけでもなく、かといって浮いているわけでもない。
教室ではいつも、穏やかな凪のような微笑みを浮かべている、そんな印象の女子。
僕にとっても、必要なときだけ話す、「ただのクラスメイト」。
けれど、今の彼女は僕が知っている羽白さんではなかった。
彼女は、夕焼けに染まりつつ空に向かって、何やら「色のカード」みたいなものをざしている。
(色見本帳…か?)
ページを行ったり来たり。
僕の目には同じに見える、何ページもの青色。
色の束たちが、西日を浴びて彼女の白い頬に、色鮮やかな影を落としていた。
「……ちがう。これじゃない。もっと、こう……」
独り言が、風に乗って僕の耳に届く。
彼女は必死な手つきでページをめくり、空の色と見比べていた。
その横顔は、まるで消えそうな何かを必死に繋ぎ止めようとしているみたいで——。
気づけば、僕は階段を一段、登っていた。
色を捨てたはずの僕が、色を貪欲に求める彼女を、放っておけなかった。
いや、放っておくのが怖かった。
「……何、してるの」
声をかけると、彼女の肩が小さく跳ねた。
束を抱きしめ振り返った彼女の瞳に、僕のモノクロの世界が映り込む。
「あ……。えっと、秋月くん?」
彼女は一瞬、戸惑ったような顔をしたが、すぐにいつもの凪のような微笑みを浮かべた。
けれど、その手は微かに震えている。
「見つかっちゃった。
……ねえ、秋月くん。あそこの空、何色に見える?」
また、色だ。
僕が一番聞きたくない質問を、彼女はあどけない声で投げかけてくる。
投げやりに、羽白さんが指差したほうの空を見上げる。
夕焼けのオレンジが迫り来る、反対側。
「何色って……。普通に、『ただの青』だろ」
「ふふ、やっぱりそう答えるよね」
彼女は立ち上がり、手にしていた色見本帳の1ページを僕の目の前にかざした。
明るく澄んだ青色。
夕焼け前の空の青さと、色見本帳の青が重なった瞬間、僕の視界の中で色が弾けた。
「これは——勿忘草色」
