きみが教えてくれた、世界で一番優しい青


「……羽白さん、あれ、白磁色……なの?」


僕の声は、自分でも驚くほど掠れていた。

聞き間違いであってほしい。
彼女の気まぐれな冗談であってほしい。

けれど、僕を振り返った彼女の瞳には、一切の迷いもなかった。
それどころか、その瞳は僕の瞳を捉えきれず、ほんのわずかに右側を見つめているように見えた。


「え? ……うん。わずかに青みがかかった、透き通る白。……秋月くんには、違う色に見えてる?」


彼女は、まるで不思議なものを見るような、無垢な笑みを浮かべている。
その笑顔が、今の僕にはどんな刃よりも鋭く、深く、僕の中の「勿忘草色」を切り裂いていく。

戸惑い。驚き。そして、喉元までせり上がってくる底知れない恐怖。
 
知識を間違えているんじゃない。
彼女の目は、今、この瞬間に世界から届けられているはずの『色彩』を、正しく受け取ることができていないのだ。
あんなに雄弁に色の歴史を語り、凍りついていた僕の心を溶かし、色彩という杖をくれた彼女が。
今、僕の目の前で、大切にしていたはずの『勿忘草色』を失っている。


「……羽白さん。あれは、青だよ。……君が最初に教えてくれた、勿忘草の青じゃないか」


震える声でその事実を突きつけると、彼女の表情が、一瞬だけ氷のように硬く凍りついた。

彼女はもう一度空を見ようとして、ひどく強く、何度も、何度も瞬きを繰り返す。
焦点を探すように左右に泳ぐ瞳。
光を必死に捉えようと何度も目を擦り、無理やり「正しいはずの色」を手繰り寄せようとするその仕草は、まるで壊れかけた精密機械のようで、見ていられなかった。


「……あ、あはは。……本当だ。……そうだったね。西日が強すぎて、ちょっと目が眩んじゃったみたい」


彼女は無理やり笑った。
けれど、その頬は夕焼けの熱とは裏腹に、病的なまでに白く強張っている。
彼女は逃げるように視線を逸らすと、僕から一歩、大きく後ずさった。


「……ごめんね、秋月くん。私、ちょっと疲れちゃった。……今日のクイズ、私の負けでいいよ」


別れを告げる彼女の足取りは、いつもの軽やかさを失っていた。
校門のわずかな段差に、彼女の靴が引っかかる。
危ない、と声を出すことさえできなかった。

西日が沈み、あたりは急速に深い闇に染まっていく。
僕が選んだ『藤鼠』の紫さえ、今の彼女にとっては、ただの「光の欠片」でしかないのかもしれない。

——どういうことなのだろう。

彼女が僕にくれた、世界を繋ぎ止めるための「杖」が。
僕の手の中で、今はひどく冷たく、そして逃れようのない予感を伴って重く沈んでいた。